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悪役令嬢二人・7

これにて完結します。

何が言いたいのかよく判らない、そんな話になったと思います。

「もっとも、そんな事があった家に生まれたわたくしが父から愛情を受け取る事もなく。まあ、貴族である以上は感情にて物事を判断する事がいかに愚かであるかは歴史書を紐解く必要もない周知の事実であるわけですが。

 お祖父様からいただいた厳しい愛情故に、今はデュオニュソス様の婚約と言う事でありますし……ですから、わたくしお願い申し上げましたの」


 やり手の侯爵家の掌中の珠……そう評される事の多いアリアドネではあるが、侯爵家代行を担っているだけあって政治的手腕は女性であると言う一点を除けば素晴らしいの一言に尽きるのだ。本当に。

 けれど、そこには愛情の方向性を見失った父親が使い物にならないと言う事実を踏まえているからだと言う事もある。

 更にやり手の祖父に実質的に育てられたアリアドネにとって、使い物にならない父親など名前さえ忘れる存在だ。すでに祖父はアリアドネに全権を譲っているので父であろうと隠居同然で、当然の事ながら周囲には接触などさせる事もない……爵位を継いだ当初は顔を見せていた知り合い達も、次第に社交界から遠のいた父の事は遠巻きに見る様にもなった。


「大した事ではありませんのよ……『血縁上の姉の生殺与奪権を得る為に、その子をわたくしの養子にしてください』と申し上げただけですわ」


 ですので、わたくしは己よりも年上の子供がいますのよ。

 そう言ったアリアドネの顔は、晴れやかだった。

 己よりも年上の、しかも実母を不幸に陥れた象徴たる存在を我が子とすると言うのも、よく判らない感情だ。


「ですが、家庭環境が急に変わっても問題ですから。名前を変えずにわたくしの子と言うだけの存在……侯爵家の継承権も持たぬ存在ですわ。

 とは言うものの、その子の言動が我が侯爵家の名前に傷をつける事になるのに変わりはありませんもの。

 何より、サーディン殿下も仰いましたでしょう?」

「な……何をだ……」

「あら、もうお忘れになりましたの? わたくしは、きちんと覚えておりますわ……。

 『それは御母上譲りですか? あの親の子だけはありますね!』

 間違えておりますかしら?」


 突然、割って入って来た声にサーディンは震える。

 その声は、とても。

 場にそぐわぬ程にとても、冷静な声だった。


「お、王妃様……」

「あら、申し訳ありませんわね。ここはアリアドネの見せ場だと言うのに……。

 けれど、わたくしもとても我慢出来なくて……何しろ、今は亡きわたくしの親友に対して。サーディン殿下が……あの様な、言葉を、投げられるなど……」


 視線だけが、じろりとサーディンに向けられた。

 内心で「ひいっ!」とサーディンは思っていたが、それよりも気になる所があった様だ。


「し、親友ですか……王妃様と、きぐ……侯爵夫人が?」

「ええ、その通り。わたくしにとって、換えがたい存在であると言うべきでしょう……今でも心の底より、同じ女性として敬愛するに相応しい人物です。

 まだわたくしも王家に嫁ぐ直前、まさしく今のアリアドネとは……立場こそ逆ではありますけれど婚姻前と言う意味では、そうですわね。

 お互いが嫁ぐと言う事、上位の家へ嫁ぎ先と言う事、そこに抱える不安がないと言う事は決してありません。ましてや……親友は己の妹と夫となるべき相手が不義密通を交わし、それを実の両親が後押しをしているなどと、どれだけの事でしたでしょう?

 わたくしが、その事実を知ったのは先の侯爵が次の侯爵へ爵位を譲られる時でしたが……その時に、子まで設けていると侯爵から伺った言葉を耳にしても信じる事は、とてもではありませんが出来ぬ事でした。単なる『遊び』とは事情が異なります。

 だと言うのに、王子たるサーディン殿下が市井のつまらない噂に踊らされるなど……」


 けれど、と王妃は続けた。

 その後で見た現侯爵を見て、納得がいったと。

 妻の妹を亡くしたと言うだけの理由では説明がつかない顔は、果たして初恋の女を亡くした顔だと言われれば納得が出来た。


「サーディン殿下、わたくしは記録上の母として我が子への教育をする必要はあると思いますの」


 一人の女が、いた。

 その女は、己の不遇を泣いていた。

 女は、己がいかに大事にされているのかを知らなかった。

 例えば、それが首に真綿で絞める様な愛情であるとした所で。それが幸せなのか不幸なのか、女には気が付く事も無ければ教える者さえなかった。

 恐らくは、それが最大の不幸なのだろう。


「何しろ、突然環境が変わればよろしくはないかと思いますのよ」


 一人の女が、いた。

 その女は、世界の全てを諦めていたから傷つく事は無かった。

 だけど、ただ一度だけ期待をして裏切られ絶望した。

 勝手に期待した己を責めた、羨ましいあまりに妬まれた己を責めた、顧みられる事がない己を責めて、案じる人々がある事とその思いに応えられない己を責めた。

 寄りかかる事を、誰も彼女に教えなかった。


「己の我儘で自らを不幸だと嘆き、口では隠して平気だと言うのに態度が裏切り。誰もかれもに同情を集めさせ、それでいて姉の夫を寝取る女。恐らく、叔母がもし己の真実を知れば間違いなく姉の夫を寝取る真似をしなかったでしょう……己の命を賭けにする程の強靭な精神があれば、異なったかも知れませんが……」


 けれど、アリアドネには誰かが「あの妹はそんな事はしない」と言われても信じきれる自信はない。

 母にしてもアリアドネの知識から判断するだけでも「何で捨てなかったのだろう?」と思う程度に普通過ぎて呆れる伯爵家ご一行様だ。だとしても、叔母であろうと母であろうと会った記憶はないから判断は永遠につかないし、必要もない。


「その、子供。

 ましてや、実母と異なり丈夫に生まれ、貴族としての教育を受けた筈だと言うのに平民の様な方ですもの。

 自分が侯爵家に引き取られた、などと思いこんでしまったら……一体どうなるのかしら?」


 ある所に、二人の女がいた。

 一人は幸せを知らない己を隠している女で、もう一人は己が望みが叶えられない事を知っていた女だった。

 彼女は、自らが動く事を知る事は無かったし。知っていても認識していなかったから動かなかった。

 彼女は、自らが声を上げても動いても届かない事を知っていたし。けれど、そこに至る道順を知らなかった。


「しかも、本人は初めてお会いする目上の貴族を前に、許しも得ていない下級貴族の娘が。自分から相手のお名前を呼ぶような、礼儀も作法もなっていない娘ですのよ」


 望む「幸せ」は、目の届く「そこ」には無かった。


「生殺与奪権を持つ当侯爵家としては、お召しとあらば恥を忍んで差し出すことも致し方ないとする事もありますが……。

 客観的に見て、実の姉の夫を寝取り亡くなった女の子供ですわ。

 男爵家の娘であると言うだけで、何の後ろ楯も持たない娘が過ごす事に是非は問いませぬが……何しろ、わたくしが持っているのは生殺与奪権のみですもの。母としての申し出も拒絶すると言うのであれば、侯爵家として関わる必要もございません。

 貴族として用いて当然である全ては、当の本人とサーディン殿下には不要と取られておりますし。デュオニュソス様や王妃様や王太子殿下にも是、といただいておりますの。

 本当に、サーディン殿下は自らのお立場の元に王太子殿下の側室に勧められますの?」


 でも、その二人の女はいない。

 あるのは、その子供達だけだ。



終り

さて、ここで問題です。


「悪役令嬢は誰でしょう?」

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