悪役令嬢二人・6
時間軸が元に戻ります。
「これが、我が家と母の実家で起きた事の全てですわ」
「……それが、何だというのだ?」
少しだけ長い話を終えて、アリアドネは冷めたお茶を口にした。
時間が経ってしまったのだから、仕方がない。それに、入れ直す事を待つよりも喉の渇きを癒す方が先にしなければならない事なのだと言う事は体が訴えていた。
「わたくしの母の死因は、正直判りかねますの。
雪解けの冷たい湖で、まるで女神か精霊の様な姿で発見されたと言う事。雪解けの湖であるならば、足元がぬかるんでいてもおかしくはございません。ですので、国は母が足元を取られた事故として処理されています……サーディン殿下の仰りようでは、まるで自国の調査機関を信用していないと言う風に受け止められますが……宜しいのでしょうか?
それと、もう一つ」
この国では、どんな階級の者であっても死体が発見されると国から調査機関が向けられる事が多い。
何故なら、数年ほど前に他国から流れて来た者が路上で死亡しているのを発見されたが放置していた所。最初は判らなかったが死体の側にいたものや触れた者から爆発的に病人が増えて国内が病人だらけになったことがある。不幸中の幸いにも、この国で最初に死亡していた者と同じ国の出身者がいた事で治療方法が確認できたわけだが、もしその人物がいなかったら今頃は国の何パーセントかの生き物……恐ろしい事に、人だけではなく動物にも感染する事が後に判明して、これはこれでまた大騒ぎになった。
「サーディン殿下、貴方は連れて来た女が男爵家の養子だとご存知ですか?」
「……あ、いや? そうなのか?」
言われて、サーディンは慌ててアラクネに問いかける。
アラクネは少し困った様に首を傾げるだけで、肯定も否定もしない……この場合、知らないと言う意味なのだろうか?
「知らない筈はありあせんわ、男爵夫婦には確認を取っておりますもの。
ただ……その際に『お前の本当のご両親はとても高貴な方だ』なんて仰っていたそうですけど」
ある意味では間違いではありませんけれど、大袈裟ですわよね。
そう言ったアリアドネが、僅かに震えているのを知っているのは。
手を握り続けている、そうして強く握り返されているデュオニュソスただ一人だけだった。
「叔母の死因は何だと思います?」
人差し指を立てて、いっそ楽しげにくるくると回したアリアドネはつまらなさそうに口にする。
ここまで言うのも己の家の醜聞であるし、他人事ならばともかく決して面白い話ではないのだが……王妃の許しがある以上はアリアドネに拒絶する権利はない。
「は? なんだいきなり? 体が弱かったと言うのだから……」
「ええ、耐えきれなかったのですよ、出産に」
回していた指を、降ろした。
何人かが、ひゅっと息をのむ声が聞こえた。
そのうちの一人は、サーディンだったけれど。
「子供を作る事は出来ないだろう、そう言われていた叔母は。己が妊娠していると言う意味さえ知らずに、出産に耐えきれずに亡くなったのです」
伯爵家の次女は、大事に育てられた。
いっそ、大事にしすぎて呼吸さえまともに出来ないくらいに。そうして、恐らくは必要ないと思われた知識を何一つ知らせる事なく綺麗なままで死なせたかったのだろう。全てを長女に押し付けて。
例え、それが無意識だったとしても。
「それでは……その子は、どこへ行ったのでしょうね?」
ちらりと、初めてアリアドネがアラクネの姿を横目で見た。
アラクネは、びくりと体を震わせたけれど。もう、サーディンは先ほどの様に動くことは無かった。
「わたくしの父……侯爵は、先の侯爵であられるお祖父様のご意向に従い侯爵位を継承致しました。己の妻より先に孕ませた義妹に一度も会う事は許されずに……母は決して許さなかったと言います。母の両親である伯爵夫婦は母の「伯爵家の醜聞」と言う言葉に逆らえなかった様で、どれだけ父が懇願しても言う事は出来なかった様ですね……『お前の妹の子は私の子だから会わせて欲しい』なんて、普通は言えませんもの。ましてや、初恋を拗らせた上で己の無知な行いの為に相手を間接的に殺してしまった自分自身に酔っている、そんな理由で憔悴する男の為には会わせない事こそが慈悲と言うものですわね。所詮は妻との間に生まれた我が子ですら見向きもしないのと同じ程度に、飽きれば腹違いの子も見向きもしなくなった事でしょう……今でもその子の事を調べる事もせずに放置しているのが何よりの証ですわ」
竹を真っ二つに割ったかの様な、まるで躊躇う事のなく吐かれた言葉に一部の貴族達は更に心臓をきりきりと突き刺されているかの様な痛みを覚える……何故かは不明と言う事にしておこう。
現侯爵は、確かに恋した女を失った。それが浮気であるくらいならば……と思う事も珍しくはないだろう、それでも職務を途中放棄して死に目に会いに行けば無駄に高い地位から余計な事を社交界での噂として広めてしまう確率は高い。確かに恋に狂っている男ではあったが、同時に社交界に流す噂の質によっては己の名声を高める事に使えると言う事も先刻承知する程度には非道だった。
だから、妻は……アリアドネの母と先の侯爵は現侯爵に可能な限り情報を与えぬようにして。仮に情報が知れた時にはそれ以上の情報が渡らぬ様に虚偽を混ぜて、尚も引き下がらぬ時には「契約」を持ちだした。
爵位継承に辺り、妻からの要望を一つだけ織り込む事が出来る魔法の契約だ。もちろん、大した内容を盛り込む事も代償となるものも大きなものではないし両者合意である事が基本だ。
内容としては大した事ではなく「自領から出る為には王の承認があろうと一日限定とする」と言うもの。己の手足として人を使えばある程度は探す事も出来たかも知れないが、侯爵はそこまでしなかった。幸い、王都と自領は「頑張れば」一日で往復出来る。回避手段は先の侯爵である父と、妻と、正式に侯爵家の子と認知されている我が子及び、そのうちの誰か許した者が認めれば追加で半日を許可すると言うものだった。
契約を破ればどうなるのか……侯爵は、挑戦した事がないので未だに判らない。
「ですから、父はわたくしの腹違いの子の事は存在は知っていても見た事も名前も知らない筈ですわ……当然、侯爵家の者として認められていない。どこかの男爵家の養女の事なんて欠片もご存じない事でしょう。あの地方は、元々伯爵家と同じ祖とする方が多くある土地でしたから、似た様な顔つきの方は沢山いらっしゃいますし?」
どこにでもある話、そう言ってしまえばそうだろう。
貴族と言う社会にあって、浮気の話はそこいらじゅうにある……しかも、死ぬまでの間でどこからを浮気と言うのか区分けが難しいものだとてあるのだ。心当たりのある人達の心臓はきりきり痛みを覚えた。
とは言っても、生まれて来た子供がどうなったのか、正直な話として気にならないと言えば嘘になる。
「お祖父様……先代侯爵様はあの様な跡取りにしてしまった事を母に頭を下げ謝罪し、伯爵夫妻を実質的に隠居させ、父に爵位を譲り叔母の産んだ子を取り上げ伯爵家とは直接関係のない家に差し上げました。決して伯爵家に関わる事なく、他領や他国にでも……と言う気もあったのでしょうが、父が失意のままに後を追っても困るので領内に留めたそうです。もっとも、その為に伯爵家は事実上引退して実権は侯爵家が握っているわけですから伯爵領と侯爵領は曖昧になっておりますが……幾ら侯爵領より広さがないとは言っても、事実上で二つの領を治めるのは骨が折れると言うものだと言うのに……確かに、監視目的も含めれば侯爵家が取り込んでおいて正解だった様な、わたくし個人が一人で泥を被っている様な気も致しましたけれど」
当時の事を思い出した人の何人が、「そう言えば」と思っただろうかと言えば「そうだったかも知れない」程度の事は薄らぼんやり思う事はあっても、実際には「侯爵位を継いだ見目麗しい男性」に目がくらんでいた人達なので思い出せないだろう。
爵位を継いだにしては、とても喜んでいるとは言えない。今にも死にそうな顔をしていた事実など、誰の脳裏にも残る事は無かった……せいぜい、これからのしかかるだろう重圧に気後れしている様に見えただろう。
同時に、伯爵領は上の娘が嫁に出て下の娘を無くし、養子を取る前に直系が絶えてしまったので侯爵領に事実上で併合された理由がよく判った。
「父は、己の罪を詳らかにし須らく償うつもりだと公言していたようですが……この国の法では父を裁くどころか伯爵家の単なる醜聞に過ぎませんもの、その様な詰まらない事をしているくらいならば死んだつもりになって働くようにとお祖父様は告げられたそうですわ」
溜息を吐く様子は、何について思ったのだろう?
アリアドネは「亡き母は家族についぞ恵まれ無かった様ですわ……」とため息交じりに呟く。
ぎゅうぎゅうに締め付けて、締め付けられた手から痛みを覚えて、ふと頭の中で「わたくしは母よりマシですけれど」とつぶやく。
後を継いだ侯爵は、妹から生まれた子供の顔を知りません。どこにいるのかも知りません。
先代侯爵から拳で説教されたからです。伯爵も拳で説教されました。が、流石に伯爵夫人は女性なので拳ではなく石の上で拳も交えて二人まとめて説教されてる間に正座させられました。
でも、後継の侯爵は妻の子供であるアリアドネが生まれる時に「可哀想な自分自身」に酔っていたので側に居ませんでした。これは実父と義父のダブルで拳の説教を食らいました。ただし、常に狙うのは腹で顔ではない辺りが黒いですが騎士でも武官でもないし武器も無いのでやった本人達は「大した怪我じゃないから」と言っているそうです。
ついでに言えば、その三人が無駄に暴れたので静かに大人しく正座をさせて伯爵夫人から数時間説教されたのは裏話です。出産時に何やってるんでしょうね?
次で終わります。




