悪役令嬢二人・5
放って置いても大丈夫だと思われた姉は、育児放棄をされていました。
放って置けないと思われた妹の方は、消極的な虐待をされていました。
伯爵夫婦は、悪人ではありません。ただ、善人では無かったのです。
誰かが言えば変わったでしょうか?
誰が言う事が出来たでしょう?
結婚までに日数が差し迫って来た頃、妹は姉に「侯爵様は次にいついらして下さるのかしら?」と問いかけた。
令嬢は、結婚の支度が忙しくてなかなか会えないのだと言えば「そうね、お姉様はいつもお忙しくていらっしゃるから。わたくしも申し訳なくて……」と言う言葉に目を見張った。
どう言う事かと、令嬢は両親に尋ねると「お前の事を心配して来て下さっているのだが、お前が忙しいので代わりに相手をして貰っている」のだと言う答えが返って来た。
令嬢の心の中に、不安が過った。
けれど、何かをする事は無かったのは令嬢が結婚して侯爵家に入った後。子供を二人以上産めば一人は体の弱い妹の代わりに伯爵家を継がせる事が取り決めとして交わされていたからで、流石に長男は侯爵家で引き取る事になるだろうが二人以上の男子を産めば次代の事は何とかなる。
その筈だった。
結婚をして、一年程が立った。
新婚だと言う事であからさまに言って来る事はないし、数か月前に兆候はあったものの妻は何も夫には言わなかった……ある懸念を胸に抱えていたからだ。もし、その懸念が事実となってしまった時の事を思えば、己が何をするか判らないと思う程度に妻は聡明だった。
ある日、寝起きの妻の所に侍女が手紙を届けた。
どうやら、以前より少しばかり動きが怪しい夫の子飼いの侍従が何やらこそこそと動いている様なので見張っていた所。妻の実家から届いた手紙を慌てて城に居る夫の所に届ける手はずを整えようとしている所を抑えて手紙を取り上げたと言う……侍従は主の意向だと言い放ったそうだが、妻の実家から届いた手紙を妻が手にする事の問題点を問いかけると泣き落としにかかろうとしてきたので他の者に任せたと言う。
己の侍女を褒めた妻は、そこにある事が書いてあるのを知った。
「……支度をして頂戴、実家に帰ります」
「畏まりました」
「黒いドレスにして頂戴、化粧も控え目にして。夜会や舞踏会いに行くのではないのだから……」
◇◇◇
ある、一人の女が死んだ。
その女は、生まれた時から体が弱く箱入り娘で。自宅の庭を散策する程度で翌日には熱を出して寝込むような、そんな娘だった。
両親の愛情を一身に受けた女は、己が恵まれている事を知らなかった。知る必要もないとばかりに隔離されていたと言うのが、本当は正しいのだろう。
けれど、最後に女は己が決して幸せでもなく周囲を幸せにする事も無いのだと思い知った。
己の最後の時、そこに望む者は現れなかったからだ。
そこで、初めて女は知る事になる。
ああ、自分はしてはいけない事をしたのだと。
ある、貴族の夫婦が居た。
階級的には中級で、上過ぎず下過ぎず、腹黒い所を見る事はあるけれど、あくまでも自分達は善良なのだと信じて疑う事も無かった。
貴族階級的には上位で、親友の男に殴られるまで。
二人の娘のうち、上の娘は手が掛からなかったから何をしても大丈夫だと心のどこかで思っていた。実際、長女は難なくうまい事をやって生きていたと思っていた……そこに、苦しみや努力がある事を夫婦は知らなかった。知ろうともしなかった。ただ、下の体の弱い娘を守りたい、それしか意識は無くて。その為に上の娘を蔑ろにしていた事さえ気づく事は無かった。
下の娘が死ぬ時に、上の娘が行った事は貴族と言うより普通の家では当たり前の事だ。妻の実家の妹が死に掛けた程度で嫁入りした先の夫が時間も弁えずに登城している所を放り出してくるわけにも行かない事、義理の息子であり義理の兄よりも実の娘であり実の姉が訪れる事は、当然の事だった。
なのに、両親は嫁に行った長女を罵った。最後になると判っていたのに妹は何度も呼んでいた相手を決して呼びに行く事は許さなかった……いかに両親と実の娘であろうと伯爵夫妻と侯爵夫人が確定してある者であれば意向に逆らう事は許されなかった。決して、許しはしなかった。
身分とは、そう言うものであり親子の枠組みよりも優先される。
だからこそ、伯爵夫妻は今まで逆らう事なく過ごしてきた筈の現実を受け入れる事が出来なかったのだろう。思いもかけず想像もつかない言葉に対して、口走るのだ。
お前はは丈夫に生まれて上級貴族に嫁に行く事も出来た、幸せな姉だと言うのに妹の最後の望みを叶えないとは何て言う事だ、それでもお前はあの子の姉なのかと。
長女は、口角を上げ微笑みを浮かべて「わたくしは伯爵家令嬢ではなく、未来の侯爵夫人ですが何か?」と。
下の娘を失った両親は、初めて上の娘を見た様な気がした。
そこには、まるで知らない女がいる気がした。
だから本当に判らなかったのだ、下の娘を愛するあまり他の何もかもを視界から追い出した事で何が起きていたのか。その為に自分達がどんな罪を犯しているのか、親友たる上級貴族の男に殴られるまで夫は気づかなかった……気づかぬ「フリ」をしていた事を暴かれた。妻を言い訳にして。
ある、貴族の男が居た。
上級の階級で幼い時分から定められていた令嬢が事故で亡くなった為に、酔っぱらった父親が勢いで結んできた婚約については何とも思わなかった。出来れば、顔とか身分とかに囚われるなと言うのも無理な話なので、まともな話が出来て金遣いの荒くない女であれば……出来れば浮気性では無い方が良いと思った。女性不信な気がある自分に浮気は無理だろうと言う気はしたからだ。
しかし、出会った女性は思ったよりも高物件だった……自分もそう思われているけれど、ネックは階級ではあるが努力家の彼女は未来の侯爵に恋をしていると言うよりも未来の侯爵夫人として立ち回っている姿に好感を持てた。父親の勢いはたまに拾い物をする……と思っていた。
あの日までは。
妻となるべき女性に紹介された、今にも儚く消えゆきそうな。まだ少女と呼ぶべき硬い蕾。
それが、義妹となる女性だった。
お互いが、それは一目で落ちた恋だと言えただろう。もし、選ぶことが出来たのならば……実際、それと無く父である侯爵に水を向けてみたが、流石に自宅の庭を散策した程度で寝込む女性を妻に添える事など出来ない。添え物程度の扱いしかされないこの国ではあるが、かと言って女性の担っている役割が思いのほか大きく重く問題である事を侯爵父子は数少ないながらも知っていた。
本来なら、それは淡い初恋で終わる筈だった。
だが、長女に会いに来たけれど不在だと言われた中で次女との距離が急速に狭まれて行く事が判った。仕事と偽り朝まで自宅に帰らぬ日に、何度か伯爵家に泊った事はある……伯爵夫人は知らなかったかも知れないが、伯爵には秘密裏に次女に女としての喜びを教えて欲しいとまで言われた。
男は、それに喜んで応えた。義父となる男の頼みだからと言う偽りの言葉で己に酔った。
そこに、妻となるべき女性の事は欠片も入り込む余地は無かった。
ましてや、知られている事なんて想像も出来なかった。
ある、貴族の女が死んだ。
平凡な女だと、彼女は自分をそう評した。
親達の暴走と運命の巡り合わせ……それだけが、彼女の人生で平凡では無かった。ただ、それだけの事だった。
でも、その巡り合わせが彼女の人生を大いに狂わせたと言えるだろう。
別に良かったのだ、生まれた妹の体が弱くて両親の気持ちが自分に向けられなくても。
使用人達に、両親からの愛情を受けられない可哀想な子だと言う目を向けられても。
普段滅多に会わない為に、何度妹に会っても「誰だったかしら?」と言われても。
恐らく、彼女は妹がいずれ先に死ぬだろう事が判っていたから。そんな浅ましい自分自身だけは、少しだけ好きではなかった。
腹心の侍女親子だけが、彼女に本当の「愛情」を恐らくくれたのだろう。自分の為に用意された筈の全てのもの……領地、夫人と言う立場、たった一人になる娘と言う立場は待っていれば転がり込んで来る……彼女が何かをするまでも無く、大人しくしない妹はいずれ先に逝く……。
けれど、運命は変わった。
本来受け取るべき筈だったものは全て取り上げられ、でも代わりに自分だけのものが与えられた。
そこに宿った思いを、何と言うべきだろうかと考えて彼女はどんな思いも当てはまらないと即座に判断した。こう言った素早い判断力は嫁入り先だけではなく実家でも必要とされていたのは知っていたから、苦も無く受け止めた……ただ、妹を紹介した事が失敗だった。
二つの懸念があったが、それは腹心の侍女の他には唯一心から信頼出来る相手に全てを打ち明け。腹心の侍女がすべての証拠を持って示した事で涙ながらに泣いてくれた事が嬉しくて、その瞬間に夫がいない事が少しだけ寂しかった。
でも良いのだ、それだけの事を自分はしたのだから。同じ事を夫がした程度で何を思う事があるだろう?
この世で何一つとして、結果的に手に入らなかった自分自身を嘆いた所で時が巻き戻る事はないのだから気にする必要はないのだ。
それが、思った事だった。
◇◇◇
伯爵家で箱入り娘の葬儀が行われた際に、ひっそりと起きた事がある。
それは、伯爵令嬢が輿入れした先の侯爵が代替わりした時と同じくして行われた事だ。
伯爵家の葬儀が過ぎた後、侯爵は次代へと後を譲り自領と親友の領地とのほぼ境目に余生を過ごす為の家を作らせたと言う。
続きます。




