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ぼっち勇者『ああああ』  作者: あいうえお


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【第10話①】餞別は送る側が渡すもの

 その夜、俺の部屋の台所には、女が二人立っていた。


 みかんさんが手際よく包丁を振るい、その隣で、りんごがぎこちない手つきで野菜を切っている。


「み、みかん師匠っ! こ、これで、いいですか!?」


「はい。上手ですよ。……りんご、火加減。あと、ああああさんの好みは、薄味です」


「は、はいっ! しっかり、覚えますっ!」


 なぜ俺の宿で、料理の師弟修行が始まっているのか。


 聞けば、先日の帰り際、りんごがみかんさんに深々と頭を下げたらしい。「ご指名第一号のお客様に、いつか、おいしいものを作れるようになりたいんです」と。みかんさんは頬を染めて、二つ返事で弟子入りを受け入れた。かくして、休みの日の台所は、二人になった。


 そして食卓の椅子には。


「ひひっ。今日は弟子まで増えてんのか。賑やかでいいな。――おい、アタシの分も忘れんなよ」


 緑髪のメイドエルフが、当然の顔で足を組んで座っていた。


「……いつの間にいたんだ?」


「彼女(仮)だからに決まってんだろ。彼氏の宿に女が二人も通い始めたとなりゃ、目を光らせるのが筋ってもんだ。アタシは筆頭彼女(仮)、序列一位サマだぜ」


「筆頭彼女(仮)。序列一位。……いつの間に、そんなものまで決まってるんだ」


「ああああさーんっ! できましたよー! 今日はわたしも、ちょっとだけ作ったんですよっ!」


 りんごが、得意げにお盆を運んでくる。その後ろで、みかんさんが、ほんの少しだけ不安そうに見守っている。


 ひと口、すする。


「……甘い」


「えっ」


「味噌汁が……甘い」


「ああああっ、塩と、砂糖……!」


 りんごが頭を抱え、みかんさんが「だから、味見をしてからって、言ったのに……」と猫耳を伏せ、メロンが腹を抱えて、げらげら笑った。



 翌朝は、癪なくらい、いい天気だった。


 窓の隙間から差し込む光が、床板に細い白の筋を引いて、埃をきらきらと照らしている。事件を抱えた男の部屋に差し込んでいい光量ではない。


 昨夜の賑やかさは、まだ部屋のどこかに、湯気みたいに残っていた。


 ……平和だった。平和すぎて、逆に落ち着かないくらいに。


「よー、ああああ」


 ほら来た。


 ノックの文化がない緑頭が、扉の隙間から、ひょこりと顔を出す。


「朝から人の部屋に、何の用だ」


「決まってんだろ。モーニングタイムだ。話はそれからだ」


「宿の朝食プラン、もう平らげてきた顔してるだろうが」


「食った。食ったが、別腹だ」


「話の前に飯を要求するやつが、話を持ってきた試しがあるか」


「ひひっ」


 笑ってごまかすな。


 追い返す理由も特にないので、俺は鍋に残っていた昨日の味噌汁を火にかけ直した。弱火。焦がすと、作った本人よりみかんさんが悲しむ。


 ひと口すすって、メロンが、ぴたりと止まる。


「……甘っ」


「昨日の、りんご作だ」


「ぶはっ」


 二日連続で同じネタで笑えるやつは、ある意味、幸せ者だと思う。


 しばらくは、他愛のない飯だった。パンをちぎり、甘い味噌汁で流し込む。行儀もへったくれもない。窓の外では、市場へ向かう荷車の音が、のんびりと転がっていく。


 その途中で、俺は箸を置いた。


 昨日から、聞こうと思っていたことがある。


「なあ、メロン。お前――」


「あー、それとな」


 人の質問に、話をかぶせるな。


「野暮用だ。しばらく留守にする」


「……は?」


「だから――留守。留守にすんだよ」


「聞こえてる。どこへ行くんだ」


「野暮用っつってんだろ」


「期間は」


「しばらく」


「理由は」


「彼女(仮)が彼氏に全部報告する義理はねぇんだよ」


 都合のいいときだけ(仮)を外すな。……いや、外してないな。ついてたな、(仮)。ついてるのに堂々と彼女面をするのが、逆にこいつの強さだと思う。


 メロンは残りの味噌汁を一気に飲み干すと、俺のパンの残りを、当然のようにかっさらった。


「おい、それは俺の」


「餞別だ。ありがたく受け取っといてやる」


「餞別は送る側が渡すものだが!?」


 止める間もなかった。緑の頭が、ひらりと身をひるがえして、扉へ向かう。


 その扉が閉まる、半歩手前。


 メロンは振り向かずに、ぽつりと言った。


「……戻るまでに、答えへもう一歩くらい進んどきな」


 ぱたん。


 扉が閉まって、部屋が、静かになった。


 卓の上には、空になった椀がひとつ。飲み干し方だけは、いつも見事に綺麗だ。


 結局、聞きたいことは、ひとつも聞けなかった。


 ただ、ほんの少しだけ。喉の奥に、小骨みたいな引っかかりが残った。


 ――答えへ、もう一歩。


 あいつはそれを、知っている側の言い方をした。


 それに、時期だ。


 俺が頭巾の話をしたのが、昨日。野暮用とやらが決まったのが、今朝。……順番として、できすぎている。


 偶然かもしれない。偶然じゃないかもしれない。どちらとも決められないものは、決めずに、棚へ載せる。


 この棚も、ずいぶん重くなってきた。


 空の椀を、俺は黙って洗った。

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