【第1話①】勇者の名前は「ああああ」
ピロリロリン――♪
安っぽい電子音とともに、画面いっぱいへ目に痛いピンクのロゴが躍り出た。
『❤ラブゼククエスト❤ ~恋と冒険のファンタジーRPG~』
商店街のリサイクルショップ、ワゴンの底に転がっていた一本だ。値札は百円。半分はがれかけたシールの下から、「恋と冒険の」という妙に不穏な売り文句が覗いていた。
完全に、ネタ枠だった。
「はじめる」を選ぶと、画面が切り替わった。
『名前を入力してください。』
背景は、なぜか酒場だった。鎧を着た腹の出たおっさんが、大あくびをしながらカウンターのキーボードへ指を置いている。横にはビールジョッキ。背後の壁には「GAME OVER」の看板。
……名前入力画面に、なぜ酔っ払いがいる。それ以前に、剣と魔法の世界に、なぜキーボードがある。
まあいい。百円に多くを求めるほうが悪い。
ゲームは、ほとんどやらない。それでも、名前欄に「ああああ」と入れる悪ふざけくらいは知っていた。知っているだけで、やったことは一度もない。俺はゲームの名前欄にすら無難な文字を選ぶ種類の人間で、そしてその生き方は、これまで特に楽しい結果を生んでこなかった。
カーソルが、点滅している。入力欄は空白。誰も見ていない。百円だ。セーブデータの寿命なんて、知ったことか。
指が、動いた。
あ。
あ。
あ。
あ。
決定。
勇者ああああ。誰もが一度は通るという、伝統と様式美の産物。
人生でただ一度、叩くことすら忘れた橋が、この四文字だった。
――次の瞬間、画面が真っ白に発光し、俺の意識はぷつりと刈り取られた。
気がつくと、雷鳴の轟く神殿にいた。
崩れかけた石柱。頭上で渦を巻く紫紺の雲。祭壇の上には、白いトーガをまとった金髪の大男が仁王立ちしていた。
筋肉。とにかく筋肉。トーガの縫い目が、今にも悲鳴を上げそうだった。そして頭のてっぺんには、もふもふとした獣の耳が生えている。
男は杖を高々と掲げ、俺をビシリと指差して、やけにいい声で言い放った。
「うむ。よりにもよって、こんな適当な名の者に世界の運命を託すことになろうとはな……。さあ、行くがよい、勇者ああああ!」
「……いや、待ってくれ。名前を変えさせろ。イニシャルのAとか、それっぽいやつでいいから」
「ならん。神聖なる契約は、すでに結ばれた。汝の魂には『ああああ』の名が刻まれておる」
「魂に刻むな。どうやって消すんだ、それ」
「消えぬ。魂であるからな。ぬはは」
笑い事ではない。




