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勇者ですけど、魔王討伐前にいい宿探します。  作者: あなき


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8/8

7章 港町 セイル

魔王城。


玉座の間。


リゼは新しい報告書を机へ置いた。


「勇者一行の続報です」


ヴァルドが静かに目を向ける。


「……今度はどこだ」


「港町セイルです」


沈黙。


ヴァルドが少し眉を寄せた。


「逆方向だな」


魔王城は北。


だが。


港町セイルは、

大陸南西部最大の貿易都市だった。


完全に寄り道である。


ガルドが笑う。


「観光してんだろ」


セレスが静かに額を押さえる。


「なぜ勇者が海側へ向かってるんですか……」


リゼが報告書をめくる。


「黒鋼号を利用したそうです」


「特等寝台で」


ヴァルドが紙へ目を落とす。


『バー車両を利用』


『朝食を完食』


『静かな個室を高評価』


長い沈黙。


やがて。


小さく笑った。


「……勇者の報告書には見えんな」


リゼも少し困った顔をする。


「私もそう思います」


ガルドは楽しそうだった。


「でも強ぇぞ」


空気が少し変わる。


ヴァルドが静かに視線を向ける。


「お前がそこまで言うか」


ガルドの笑みが少し薄くなる。


「何したか分かんねぇんだよ」


「気づいたら終わっていた」


珍しく真面目だった。


玉座の間が静かになる。


セレスは考え込んでいた。


未知。


それが一番厄介だった。


能力。


思考。


底。


何も見えない。


ヴァルドはしばらく黙っていた。


やがて。


肘をつき、

静かに口を開く。


「……セレス」


「はい」


「見極めろ」


短かった。


セレスが少し止まる。


「何をでしょう」


ヴァルドは静かに言った。


「全部だ」


「強さ」


「目的」


「性格」


「なぜ魔王城と逆方向へ進んでいるのか」


数秒。


「……ついでに、宿への異常な執着もな」


最後だけ、

少し呆れていた。


リゼが小さく頷く。


「それは私も気になります」


「リゼまで言いますか……」


セレスは珍しく疲れた顔をする。


長くため息を吐いた。


ヴァルドは窓の外を見る。



数秒。


「……気味が悪いな」


静かな声だった。


「勇者らしくない」


玉座の間が少し静かになる。


セレスも小さく頷いた。


それが、

一番厄介だった。


潮風が吹き抜ける。


港町セイル。


白い石畳の通りを、

三人は歩いていた。


空は青い。


遠くではカモメが鳴いている。


港からは、

絶えず人の声が聞こえてきた。


「セイル名物!海鮮串ー!」


「南方香辛料あるよ!」


「今日のおすすめ宿だよー!」


街そのものが騒がしい。


だが。


工業都市の音とは違った。


広く散る音。


風に流れる声。


レインは静かに周囲を見る。


数秒。


「……悪くないですね」


かなり珍しく、

到着直後から評価が高かった。


ミリアが笑う。


「気に入りました?」


「少し」


その時。


強い潮風が吹く。


通り沿いに並んでいた旗が一斉に揺れた。


レインは少しだけ目を細める。


風の音。


波。


遠くの船の汽笛。


数秒。


「……音が広いです」


ミリアが笑った。


港沿いへ出る。


巨大な帆船が並んでいた。


白い船。


黒い貨物船。


異国の紋章が描かれた大型船まである。


船員たちが忙しそうに動いていた。


荷物。


木箱。


魚。


酒樽。


全部が混ざっている。


ミリアは完全にきょろきょろしていた。


「すごいですねぇ……」


クラリスも少し感心している。


「王都より活気あるかもしれませんね」


その時。


ジュゥゥゥ……


香ばしい匂いが漂った。


ミリアが止まる。


「焼いてます」


「見れば分かります」


クラリスが即答する。


屋台だった。


串に刺さった魚介が、

炭火で焼かれている。


殻付きの貝。


大きな海老。


白身魚。


油が炭へ落ち、

小さく火が弾ける。


店主が笑った。


「兄ちゃんたち食ってくか!」


ミリアは完全に揺れていた。


「……どうします?」


クラリスがレインを見る。


レインは静かに焼き台を見ていた。


パチパチと鳴る火。


潮風。


魚の焼ける匂い。


数秒。


「……音がいいですね」


「そこなんですねぇ……」


結局。


三人は買った。


焼きたての貝は熱かった。


噛むと、

潮の香りと汁が広がる。


ミリアが目を丸くする。


「おいしい……!」


クラリスも少し驚いていた。


「港町って感じですね」


レインは静かに食べていた。


波の音。


カモメ。


港のざわめき。


広い風。


数秒。


「……列車より好きかもしれません」


クラリスとミリアが止まる。


「えっ」


かなり高評価だった。


小さな雑貨通りへ入る。


白い建物が並び、

海風で店先の布が揺れていた。


ミリアが最初に止まる。


「うわぁぁ……!」


ガラス細工の店だった。


青い瓶。


貝殻の飾り。


海色の小さなランプ。


陽の光を受けて、

店内が淡く光っている。


クラリスも少し感心した。


「綺麗ですね」


ミリアは完全に目移りしていた。


「あれもかわいいですぅ!」


「買いすぎないでくださいね」


レインは店の奥を見る。


風鈴みたいな飾りが揺れていた。


小さく、

澄んだ音が鳴る。


チリン。


数秒。


「……うるさくないですね」


「風鈴の感想ですか?」


「はい」


かなり珍しく、

少し興味を持っていた。


次に入ったのは、

船乗り向けの装備店だった。


ロープ。


防水マント。


航海用ランタン。


見慣れない道具まで並んでいる。


クラリスが少し真面目な顔になる。


「港町って感じですね」


ミリアは変な道具を持ち上げた。


「これなんですぅ?」


店主が笑う。


「船酔い防止のお守りだよ」


レインが小さく反応した。


「……船、揺れますよね」


「そこ気になるんですねぇ……」


ミリアが笑う。


店主も吹き出した。


「兄ちゃん船苦手か?」


数秒。


「静かじゃなさそうなので」


歩き疲れた頃。


三人は海沿いのカフェへ入った。


白いテラス席。


海へ向いた大きな窓。


薄いレースの布が、

潮風で静かに揺れている。


遠くでは、

船がゆっくり港へ入っていた。


波の音。


カモメ。


食器の触れる小さな音。


港町なのに、

ここだけ妙に落ち着いている。


ミリアが席へ座った瞬間、

少し声を漏らす。


「うわぁ……」


クラリスも海を見る。


陽の光が水面へ反射していた。


白い波。


青い海。


「これは人気ありますね」


店内には、

焼き魚と香草の匂いが漂っていた。


潮の香りと混ざって、

どこか心地いい。


レインは静かに周囲を見る。


風。


波。


遠くの船の汽笛。


数秒。


「……かなりいいですね」


今日一番くらい高評価だった。


しばらくして、

飲み物が運ばれてくる。


クラリスは紅茶だった。


透明なガラスの器。


薄い琥珀色。


湯気と一緒に、

柑橘系の香りが少し広がる。


クラリスが少し驚く。


「いい香りですね」


ミリアの前には、

果実入りのジュースが置かれた。


青と橙の果実。


細かい氷。


炭酸が小さく弾けている。


ミリアが目を輝かせた。


「うわ、きれいですぅ!」


レインの前へ置かれたのは、

冷たい珈琲だった。


黒に近い深い色。


氷が静かに揺れている。


表面には薄く水滴。


レインは少し止まった。


「……静かですね」


「飲み物の感想じゃないですよね?」


クラリスが笑う。


レインは小さく頷いた。


「氷の音が」


カラン。


小さく鳴る。


かなり気に入っていた。


軽食も運ばれてきた。


白い皿。


焼かれた白身魚。


皮だけが少し香ばしい。


横には薄く切られた柑橘。


香草。


小さな海老の入ったサラダ。


焼きたての丸パン。


ミリアが完全に止まる。


「おいしそぉ……」


クラリスも少し感心していた。


「港町っぽいですね」


レインは静かに魚へナイフを入れる。


白い身がほろりと崩れた。


湯気。


バターの香り。


少し遅れて、

潮っぽい香りが広がる。


一口。


外は少しだけ香ばしい。


中は柔らかい。


柑橘の酸味で、

後味だけ少し軽くなる。


波の音。


潮風。


広い空。


数秒。


「……海の音に合いますね」


クラリスとミリアが止まる。


「えっ」


食事と景色を一緒に見ていた。


その時。


ミリアがふと外を見る。


「あっ」


海沿いの少し高い場所。


白いテラス席のある店が見えた。


海へ突き出すような席。


昼なのに、

どこか特別な空気がある。


入口横には、

黒板が置かれていた。


《本日 夜景席空きあり》

《港夜景特別コース》


クラリスが少し目を細める。


「夜とか綺麗そうですね」


白い布が風で静かに揺れていた。


レインも少しだけ見る。


夕方の海。


夜景。


波の音。


数秒。


「……夜も静かそうです」


「そこなんですね」


ミリアが吹き出した。


カフェを出る頃には、

少しだけ日が傾き始めていた。


潮風が、

昼より少し涼しくなっている。


ミリアが伸びをする。


「そろそろ宿探します?」


「ですね」


クラリスも頷く。


レインは静かに海沿いを見る。


遠くには、

白い宿泊街が並んでいた。


海へ向いた建物。


大きな窓。


テラス席。


波の見える立地。


数秒。


「……あっちですね」


かなり早かった。


宿泊街へ入る。


海沿いに、

白い建物が並んでいた。


潮風で揺れる青い布。


石畳へ反射する夕陽。


どこを見ても、

港町らしい明るさがある。


その中でも。


一軒の宿が、

少しだけ目を引いた。


《潮風亭》


白を基調にした三階建て。


壁には、

薄い青の模様が細く入っている。


波を描くような装飾だった。


夕陽を受けると、

青がうっすら金色にも見える。


入口には白い花。


磨かれたガラス扉。


海風で、

青い布が静かに揺れていた。


ミリアが止まる。


「うわぁ……」


クラリスも少し見上げる。


「綺麗ですね」


レインは静かに宿を見る。


風。


波の音。


広い海の空気。


数秒。


「……いいです」


即評価だった。


扉を開ける。


小さな鈴が鳴った。


エントランスは、

外よりさらに綺麗だった。


白い床。


柔らかな金色の照明。


壁には、

海を思わせる薄青の模様が続いている。


天井には、

波を模した装飾。


奥には大きな窓があり、

夕陽に染まる海が見えた。


潮風が少しだけ入り込む。


空気には、

香草と海の匂いが薄く混ざっていた。


ミリアが小声になる。


「なんか高そうです……」


クラリスも少し緊張している。


「場違いじゃないですか私たち」


受付の女性は穏やかに微笑んだ。


「ようこそ《潮風亭》へ」


声まで静かだった。


レインは周囲を見ていた。


床。


壁。


窓。


空気。



部屋へ案内される。


廊下まで綺麗だった。


白い壁。


淡い青の装飾。


足音を吸う柔らかい絨毯。


窓からは、

夕暮れの海が見える。


ミリアが小さく感動する。


「すごいですねぇ……」


クラリスも少し笑った。


「当たりかもしれませんね」


部屋の扉が開く。


その瞬間。


ミリアが止まった。


「うわぁぁ……!」


海が見えた。


大きな窓。


白いカーテン。


青い海。


夕陽が、

部屋の床を淡く照らしている。


白いシーツ。


木の床。


貝殻を使った小さな照明。


海風で、

カーテンがゆっくり揺れていた。


遠くでは、

波の音が静かに聞こえる。


クラリスも少し見入っていた。


「これは当たりですね……」


レインは窓へ近づく。


海を見る。


夕焼け。


港の灯り。


広い空。


数秒。


「……かなりいいですね」


今日一番くらい、

素直な高評価だった。


ミリアが笑う。


荷物を置いたあと。


レインは一人でベランダへ出ていた。


潮風が吹く。


白い柵。


遠くに広がる海。


夕陽はもう半分ほど沈みかけていた。


港には、

少しずつ灯りが増えている。


船の明かり。


街灯。


海へ反射する金色の光。


波の音は穏やかだった。


ザァァ……


遠くで、

小さく汽笛が鳴る。


ボォォ……


工業都市とは違う。


音が柔らかい。


風に溶けていくようだった。


レインは静かに海を見る。


素直に満足していた。


その時。


後ろで窓が開く音がした。


ミリアが顔を出す。


「あ、いました」


クラリスも後ろから出てくる。


「景色見てたんですか?」


レインは小さく頷いた。


ミリアが隣まで来る。


「うわぁー……」


ベランダから見える景色は、

部屋の中よりさらに綺麗だった。


夕焼けの海。


白い波。


港の灯り。


遠くを進む船。


クラリスも少し目を細める。


「夜景も綺麗そうですね」


海風が、

三人の髪を揺らした。


レインは静かに港を見る。


ゆっくり動く船。


波。


広い音。


数秒。


「……落ち着きますね」


クラリスが少し笑う。


「かなり気に入ってません?」


「少し」


今回は否定しなかった。


ミリアが吹き出す。


その時。


海沿いの少し高い場所に、

灯りがつき始めた。


昼に見た、

白いテラス席の店だった。


海へ突き出した席。


白い布。


暖かな灯り。


夕暮れの海を見下ろしている。


ミリアがすぐ気づく。


「あっ」


「昼のレストランじゃないです?」


クラリスも見る。


「本当ですね」


夕暮れの灯りを受けて、

昼よりさらに綺麗に見えた。


レインも静かに眺めている。


波の音。


風。


遠くの話し声。


数秒。


「……悪くなさそうです」


かなり行く気だった。


夜。


三人は海沿いの道を歩いていた。


昼より人が多い。


港の灯り。


店から漏れる音楽。


潮風に混ざる料理の匂い。


セイルの夜は、

昼より少しだけ大人っぽかった。


ミリアは周囲を見回している。


「夜もすごいですねぇ……」


クラリスも海を見る。


港には、

灯りをつけた船が並んでいた。


水面へ光が揺れている。


その先。


昼に見た、

白いテラス席の店が見えてきた。


海へ突き出すような席。


暖かな灯り。


白い布が夜風で揺れている。


ミリアが少し嬉しそうだった。


「ほんとに来ましたね」


レインは静かに店を見る。


波の音。


人の声。


風。


数秒。


「……悪くないですね」


かなり期待していた。


だが。


入口には人が並んでいた。


「本日は少々お待ちいただいております」


店員が申し訳なさそうに頭を下げる。


クラリスが少し驚く。


「人気なんですね」


「夜景席は特にですね」


店員が笑う。


ミリアは少しそわそわしていた。


「どれくらいですぅ?」


「少しだけですよ」


三人は外で待つことになった。


海沿いの柵へ寄りかかる。


潮風が気持ちいい。


夜の海は昼と違った。


静かで、

灯りだけが揺れている。


レインは海を見ていた。


波。


船の灯り。


広い音。


数秒。


「……待つのは嫌じゃないです」


しばらくして。


「お待たせしました」


店員に案内され、

三人はテラス席へ通された。


海が近い。


白い丸テーブル。


暖かな灯り。


周囲では、

小さな笑い声と食器の音だけが響いている。


高級すぎる感じではなかった。


どちらかと言えば、

港町のおしゃれな酒場みたいな空気だった。


ミリアが少し安心したように息を吐く。


「入りやすいですね」


クラリスも頷く。


「思ったより落ち着いてます」


波の音が近い。


潮風で、

テーブルの灯りが少し揺れている。


レインは静かに海を見ていた。


数秒。


「……静かですね」


かなり機嫌が良かった。


最初に運ばれてきたのは、

魚介の前菜盛りだった。


薄く切られた白身魚。


小さな海老。


貝の酢漬け。


氷の上へ綺麗に並べられている。


ミリアが目を輝かせる。


「うわぁ……!」


クラリスも少し驚く。


「おしゃれですね」


レインは白身魚を一口食べる。


冷たい。


少し弾力がある。


柑橘の酸味が、

後からゆっくり広がった。


波の音。


夜風。


数秒。


「……冷たいですね」


「感想それなんですか?」


クラリスが笑う。


次は大皿だった。


海老の香草焼き。


殻ごと焼かれている。


香ばしい匂いが、

潮風と混ざって広がった。


ミリアはすぐ手を伸ばす。


「おいしいぃ……!」


クラリスも少し笑う。


「こういうの港町って感じですね」


レインは静かに海老を見る。


殻を剥く。


湯気。


香草。


少しだけ焦げた匂い。


一口。


数秒。


「……音がいいですね」


「食べる音ですか?」


「殻」


パキッ。


小さく鳴る。


魚介のパスタも運ばれてきた。


細い麺。


貝。


小さな魚。


赤いソース。


皿から湯気が立ち上っている。


ミリアが少し驚く。


「魚いっぱいですね」


クラリスも少し笑った。


「完全に港料理ですね」


レインは静かに麺を巻く。


香草。


魚介の塩気。


少し遅れて、

トマトの酸味。


数秒。


「……海の味ですね」


「ふわっとしてますねぇ……」


ミリアが笑う。


途中で、

揚げた白身魚まで追加された。


衣が薄い。


熱い。


噛むと、

中から湯気が広がる。


横には、

香辛料の効いた白いソース。


ミリアは完全に幸せそうだった。


「セイル好きです……」


クラリスも頷く。


「ご飯はかなり当たりですね」


レインは静かに海を見る。


夜の港。


船の灯り。


広い波音。


そのあと、

揚げ魚を一口食べる。


サクッ。


小さく音が鳴った。


数秒。


「……夜の海に合いますね」


また珍しく、

景色込みで楽しんでいた。


レストランを出る頃には、

港の灯りがさらに増えていた。


夜の海が揺れている。


白い波。


遠くの船。


テラス席の灯りが、

海へ細く反射していた。


ミリアはかなり満足そうだった。


「おいしかったですねぇ……」


クラリスも少し笑う。


「セイル、かなり当たりかもしれませんね」


夜風が気持ちいい。


昼より静かだった。


港町独特のざわめきだけが、

遠くに聞こえている。


レインは歩きながら海を見る。


波。


風。


船の灯り。


数秒。


「……夜はかなり好きかもしれません」


クラリスとミリアが止まる。


「えっ」


かなり珍しい、

ほぼ最上級評価だった。


ミリアが吹き出す。


「めちゃくちゃ気に入ってるじゃないですかぁ」


「別に」


否定はした。


だが、

少し遅かった。


宿へ戻る。


《潮風亭》は、

夜になると昼より綺麗だった。


白い壁。


淡い金色の灯り。


波を模した青い装飾。


静かな音楽。


エントランスには、

夜の潮風が少し入り込んでいる。


ミリアが小さく感動する。


「夜も綺麗ですねぇ……」


クラリスも頷いた。


「かなり雰囲気いいですね」


レインは静かに周囲を見る。


柔らかい灯り。


静かな空気。


遠い波音。


数秒。


「……かなりいい宿です」


今日はもう、

否定しなかった。


《潮風亭》の廊下は静かだった。


柔らかい絨毯。


淡い金色の照明。


海を模した青い装飾。


昼より少し暗い分、

落ち着いた空気になっている。


隣の部屋から、

ミリアの声が少し聞こえた。


「ベッドふかふかですよぉ!」


「飛び跳ねないでください」


クラリスの呆れた声まで聞こえる。


レインは小さく扉を開けた。


白いカーテン。


夜の海。


遠くの港。


部屋の中は静かだった。


レインは自然に窓際へ向かう。


波。


船の灯り。


広い夜の海。


しばらく、

そのまま景色を見ていた。


遠くから、

小さく汽笛が鳴る。


ボォォ……


港の灯りが、

海へ細く反射していた。


数秒。


レインは静かにカーテンを閉める。


そのままベッドへ横になった。


しばらくして。


ガラガラ……


遠くで荷物を運ぶ音が聞こえる。


ボォォ……


また汽笛。


レインは薄く目を開けた。


港は夜でも動いているらしい。


波の音に混ざって、

小さく人の声まで聞こえてくる。


数秒。


レインは目を閉じた。


まだ耐えられる。


そう思った。


――そして朝。


ギャアアア!!


カモメの鳴き声が響く。


「魚追加だァ!!」


「そっち運べ!!」


港の声まで聞こえてきた。


レインは静かに目を開ける。


朝だった。


窓の外。


港はもう動いている。


魚。


船。


人。


全部が騒がしかった。


少し遅れて、

潮風が部屋へ入り込む。


海。


魚。


港。


朝の匂いが混ざっている。


数秒。


レインは静かに窓を見る。


「……朝はだめですね」


かなり珍しく、

はっきり感想が出た。


食堂へ向かう途中。


隣の部屋から、

クラリスとミリアが出てくる。


ミリアは少し眠そうだった。


「おはようございますぅ……」


クラリスも軽く髪を整えている。


「よく眠れましたね」


レインは少しだけ二人を見る。


数秒。


「……うるさくなかったですか」


クラリスとミリアが止まる。


「?」


ミリアが首を傾げた。


「そんなに気にならなかったですよぉ?」


「昨日かなり歩きましたからね」


クラリスも頷く。


「しいて言えば、ちょっと潮風でべたつくくらいです」


ミリアも自分の髪を触る。


「なんか海の感じ残りますねぇ……」


レインは少しだけ黙った。


遠くでまた、

カモメが鳴く。


ギャアアア!!


数秒。


「……そうですか」


少しだけ納得いってなさそうだった。


朝食を食べ終えた頃。


クラリスが小さく財布を確認していた。


数秒。


「……減りましたね」


ミリアが首を傾げる。


「そんなにです?」


「《潮風亭》そこそこ高いですからね」


クラリスは小さくため息を吐く。


夜景レストランも、

観光地価格だった。


ミリアが少し困ったように笑う。


「でも楽しかったですよぉ?」


クラリスはじとっと見る。


「そもそも、港町まで来た理由覚えてます?」


ミリアとレインが止まる。


数秒。


「……?」


ミリアが首を傾げた。


レインは静かに珈琲を飲んでいる。


クラリスが少し眉を寄せる。


「黒鋼号乗りたいって言ったの私なんですけど」


ミリアがぱちぱち瞬きをする。


「観光の流れかと……」


レインは少し考える。


数秒。


「……泊まってみたかったので」


真顔だった。


クラリスが止まる。


「……私だけなんですか?」


かなり気まずそうだった。


ミリアが慌てる。


「い、いやでもすごかったじゃないですかぁ!」


「慰めになってません」


即答だった。


クラリスは小さく机へ突っ伏す。


「私だけ誘惑に負けて遠回りした人みたいじゃないですか……」


レインは静かにパンを食べていた。


否定はしなかった。


「否定してくださいよ……」


「……楽しかったですね」


「そういう問題じゃないです」


ミリアが吹き出す。


「でもお金なくなったら、道中で依頼こなしながら行けばいいんじゃないですかぁ?」


クラリスが少し顔を上げる。


「……まあ、それはそうですね」


冒険者向けの依頼。


護衛。


魔物討伐。


荷運び。


移動しながら稼ぐ方法はいくらでもある。


クラリスは小さく息を吐いた。


「次の街までは、依頼こなしながら行きましょう」


レインは静かに窓の外を見る。


港。


白い街並み。


遠くの海。


数秒。


「……次の宿次第です」


クラリスが頭を抱えた。


「だからその基準やめてください……」


ミリアが笑う。


「もうレインさんはそういう生き物なんですよぉ」


「勇者なんですけどね……」


かなり今さらだった。


朝食を終えたあと。


三人は港町の依頼掲示板へ向かった。


港近くだからか、

内容も少し変わっている。


《荷物護衛》


《港周辺の魔物駆除》


《船員募集》


《夜間見張り》


ミリアが掲示板を見上げる。


「港って感じですねぇ……」


クラリスは現実的に紙を見ていた。


「次の街まで向かう商隊護衛が良さそうですね」


貿易都市へ向かう荷馬車。


道も同じ方向だった。


レインは別の紙を見ている。


クラリスが少し嫌な顔をする。


「……何見てるんですか」


「宿割引券付きです」


「やめてください」


即答だった。


結局。


三人は、

魔王城方面への護衛依頼を受けることになった。


出発は昼。


少しだけ時間が余る。


宿を出る前。


レインはロビーの端にある小さな机へ座っていた。


白い紙。


黒いペン。


窓の外には、

昼の海が見える。


波。


白い街並み。


遠くの港。


レインは少し考えてから、

静かに書き始めた。


クラリスとミリアは少し離れた場所で見ている。


「ほんとに書くんですねぇ……」


「かなり真面目ですよね」


やがて。


レインは静かにペンを置いた。


《潮風亭》


・景色 ★★★★★

海がかなり近い。夕方が綺麗。


・料理 ★★★★☆

魚料理が多い。夜の海に合う。


・接客 ★★★★☆

静か。対応も丁寧。


・防音 ★★☆☆☆

夜は港の音が少し聞こえる。


・朝 ★☆☆☆☆

カモメが近い。かなり近い。


・空気 ★★★☆☆

潮風で少しべたつく。魚の匂いあり。


・総合 ★★★★☆

海を見るならかなり良い。静けさ重視なら山側推奨。


ミリアが読み終わる。


「朝だけ評価めちゃくちゃ低いですねぇ……」


クラリスも少し吹き出した。


「根に持ってません?」


レインは静かに立ち上がる。


荷物を持つ。


最後にもう一度だけ、

窓の外の海を見た。


白い波。


港の灯り。


広い空。


数秒。


「……行きましょう」


三人はそのまま、

港町セイルをあとにした。


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