第30話 うわごと。
「モニカは?どうなんだ?」
もっと早く来たかったが、あの後の後片付けをしていたので、軍の病院に着いたのは、もう深夜と言ってもいいほどの時間になってしまった。護衛で連れてきたカミルは部屋の外に待たせてある。
「ああ、殿下。縫うところは縫いましたよ。毒の血清もありましたから、腫れもそのうち引くでしょう。」
「…毒…」
「ええ、あの華国風の髪飾りに微量ですが毒が残っていましたので、特定が早くてよかった。あの手の暗器には必ず毒が塗ってありますからね」
「……」
軍医の説明を聞きながら、エリーアスはあの後ぐったりとしてしまったモニカを思い出していた。
「殿下、護衛の心配をしている場合ではございません」
モニカを担ぎ上げながら、アシルが僕を諭す。
僕は後をアシルに任せて、王城に戻った。
地下道を探索させると、何体か死体が転がっていた。古いものは白骨化していたようだ。共通点はどれも金髪。今、身元の特定をさせている。徹底的に調べた後に、出入り口を塞ぐように伝える。どちらにしろ、もう使用できない。
ドドーン、と二度ほど爆発音がしたので、アシルが森の出口を塞いだのだろう。
女の死体は、離宮の警備に当たっていた兵士に監視させていたが、仲間が回収に来る様子はなかった。
全くの単独犯なのか?
控室から出たイザベルに確認すると、
「仲間がいると足手まといになるからと言って、常に一人で軍一つ分ぐらいの仕事をしていたわ」
そう言うので…イザベルを客間に移して、ラルフを警備に付けた。
迎賓館に待機しているイザベルの使用人たちは<丁寧に>王城に呼び出して、地下牢にいれた。
長い一日だった。
「…あと、左腕は折れていますね。剣が刺さるより前に折れていたようです。普通のお嬢さんなら気絶していましたがね。」
「……」
「アダンの娘と聞いて、納得しましたよ。あははっ。夕方目が覚めて、腹が減ったと大盛りを食べましたからね。今は薬で眠らせています。」
軍医は一通りの説明を終えて、仕切られたカーテンを開ける。
「起きないとは思いますが…起きても少し朦朧とするかもしれません。あまりしゃべらせないようにお願いします。」
軍医は僕が直々に取り調べに来たとでも思ったのか、そう言って、カーテンを閉める。
「…モニカ?」
モニカの寝かされているベッドのわきの椅子に座って、小声で呼びかける。
病室は小さなランプが一つ点けられているだけで、薄暗い。その中で、モニカの左腕の肩から指先まで巻かれた白い包帯が白くぼんやりと見える。頭もケガをしたのだろう、頭から右目まで包帯が巻かれている。頭を撫でたかったが、触っていいかどうかわからずに、やはり包帯が巻かれた右手をそっと撫でる。
「エリク君?」
「……」
「来てくれたんだ。」
「…うん。」
モニカは薄っすらと左目を開けた。
「…エリク君が、タダの平民ならいいな。」
半分…夢の中なのか、モニカがそう言いだした。
「……」
「…ねえ、エリク君。エリク君の髪色とか、瞳の色とか…身分とか…。何にも気にしないから、いつか私と一緒に私の自領に帰ってくれないかなあ?」
「……」
すうっ、と、寝息が聞こえる。
寝言か?
「……」
エリーアスは眠ってしまったモニカに、触れるだけのキスをする。
*****
「それで?どうするつもりなの?」
王太后陛下が、ため息交じりにそう言うと、見ていた一連の報告書を閉じた。
「エリーアス、あなた本当にイザベル王女を娶るつもりなの?」
「イザベル王女を娶ったところで、あの第三王子が王位に就いたら結局、戦争になりそうですよね?」
フリッツがそう言うと、皆押し黙った。
驚いたことに、モニカは3日で復帰してきて、今、会議の行われている執務室に控えている。右手は支障がございませんので、と言って。
左手はまだ吊っているし、おでこに切り傷があるらしく、頭の包帯も取れていない。
見えないが…足も何か所か、縫ってあると聞いた。
着替えはイルマに手伝ってもらってきたらしい。彼女の叔父貴に当たるアシルは止めるどころか、当たり前のように接している。
…オレリー辺境伯家の常識を疑うな。
イザベルの護衛にはカミルが付けてある。
「地下牢に入れておいたイザベル様の側近の取り調べも行いましたが、どうも、その第3王子に忠誠を誓っているというよりは、恐怖、に近いですね。」
アシルがそう報告する。
「お気に入りの花畑を焼かれて頭に来ているところに、お気に入りの恋人まで無くしましたからね…」
そう言ってラルフも腕を組みながら考え込む。
何をどう考えても、何をどう進めても、行き詰ってしまう。
…だが、戦争は避けたい。
イルマがみんなにお茶を配る。
ほんの少し、場が和む。
「ねえ、モニカちゃんなら、どうしたらいいと思う?」
冗談のようにフリッツが、壁に立っているモニカに質問を投げかけた。
…さすがに、無理だろう。そう思いながら、エリーアスはモニカに言った。
「自由に、言ってみろ」
モニカがいつも結い上げていた黒髪は、あの女に掴まれていたところを切ってしまったので、イルマがその長さに揃えて切ったらしい。随分短くなった。
ほんの少し考えていたモニカが、
「では、イザベル様が王になられればよいのでは?」
そう言った。




