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第13話 小物。

「いやいや…昨晩はとんでもない騒ぎになりましたね?」

しれっと自分の秘書官が紅茶を飲みながら他人事みたいに言うのをマテーウスは笑いながら聞いていた。


「そうだなあ」


銀縁の眼鏡に薄い唇。侯爵家の三男坊だった。なかなか優秀な奴だった。


「でも、これで王太后陛下の懸案事項だった、あの薄汚い貧民街が片付いたと思うと、手っ取り早かったですよね?思ったより火も燃え広がらなかったし。」

「そうだなあ。放火犯も捕まったようだしなあ。」


(こいつはワシが耄碌した爺だと思ってるんだろうなあ…。)


小ばかにした顔で、座っている私を見下ろしている秘書官。陛下の意図するところも分からずに、次期宰相になれるとでも思っていたんだろうなあ。貧民街の住民の安否なんかどうでもいいと思っているんだろう。


「そう言うお前も、あそこが片付いちゃったら、王太后陛下からお預かりしている貧民街への寄付金の着服も出来なくなるな?」

「え?」


ぎょっとした顔で私を見る男。どこまでも小物だったなあ…。


「そうそう、北部開拓移民の募集に掛かる経費のピンハネもできないぞ?くくくっ。まあいいのか?幸せワインでがっぽり稼いだみたいだしな?」


「え?」


おや?顔色が悪いよ?


「お前と近衛第二師団の副団長が絡んでるんだもの…情報は筒抜けだし、摘発前に回収もしやすかっただろうなあ。しかも、急な火事…いや、お前たちが起こした火事で、慌てて第二師団の人間を使ってワインを回収させるなんてなぁ…まあ、常識では考えられないことだもんな?すごいねえ。」


ガタガタと、そいつの持ったカップが揺れる。


「な…いったい何を言い出すんですか?へへっ、ついに耄碌しましたか?」

震える声で、そいつが精いっぱいの虚勢を張る。


「おやおや。お前の相棒がもう全部しゃべったんだよ?」

「は?」

「もう今頃はお前とお前の相棒の屋敷も生家も役人が押さえている。あ、お前たちの銀行口座もね?」


「…ひっ…」


「しかも、火付けは死罪だヨ?知っててやったんだよね?お前、優秀だから、知らないわけないもんね?」


わらわらと入ってきた衛兵に両脇を抱え込まれるようにそいつが連れていかれる。面白いことに…手が強張って動かなくなったのだろう、今しがた飲んでいたカップを持ったまま。


(まあ、後は取り調べで…黒幕まではたどり着けないだろうけどな…)


そんなことを考えながら、マテーウスが冷めきった紅茶を飲んだ。



*****


ここ半月ほど、寝る暇もなく忙しかった。


エリーアスは寝不足の目を、中庭に向ける。もう、夏だな。

木の葉の色がすっかり濃くなって、日陰を作っている。寝不足の目には眩しすぎる。


マテーウス卿の言う、小物達の取り調べも済んだ。


いつも行く居酒屋で、上司の愚痴をこぼし合っていたら、フードを目深にかぶった見知らぬ金髪の少年に声を掛けられたらしい。

フルールのワインの中継ぎ業者にならないか?と話しかけられた。いいワインで、一本10万ガルドぐらいで売れるぞ?…初めは小遣い稼ぎのつもりで闇ルートで卸したところ、一度買った客から、どうしても欲しいとリクエストが来るようになった。


1本10万ガルドだったそのワインは、20万になり…終いには50万ガルド出しても欲しいと言われるようになった。取り分は半分。なかなか割のいい商売になったわけだ。

小物の、小物たるところは、扱っていた本人たちはそのワインを飲まなかったところだ。自分たちで飲むなら高値で売った方がいいと思ったのだろう。


堂々と副業をするわけにもいかず、ちょうどそのころから人が増えだした貧民街の教会に目を付けた。外からの人の出入りもないし。なんだかんだと理由をつけて、教会の物置に運び込んだ。

取り締まりが始まって、自分たちの流しているワインがやばいものだとわかっても、もうその頃は、1本100万ガルドで取引されるようになっていて…やめる選択がなかったんだろう。


「フルールのワインを東部で留めてすべて検品させましたが、普通のワインでした。フルールから苦情が上がっています」

フリッツがフルール国と国境を接する東部卿からの報告書を読み上げる。


「と、いうことは、ブリア国内で薬物を混入されているってことか?」

ラルフがため息交じりに言う。

「しかも、華国の薬物ですよね?うちは国交がありませんので、薬物は薬物としてフルール国から別のルートで入ってくるんでしょうかね?」

「いや、待て待て。入り口は東部卿がすべて検問している。薬物は特に厳しいから、難しくないか?」

フリッツの言葉に、アシルが反論する。


イリア国と接するところに辺境伯家が構え、フルール国との国境は東部卿が守っている。


貧民街の大規模火災以降、幸せワインは流通が止まった。根絶ではないだろう。様子を見ている、というところか。

薬物の禁断症状が増えるのを見越して、医師と地下牢を確保した。今、残念なことに30名ほど入っている。個人宅で隔離している場合もあるだろうが…。思ったより被害者が少ないのは、そんな高価なワインを買える人は限られているからだろう。裕福な貴族層、新興商人。そのために借金を重ねてしまった奴もいるが。


会議が行われている執務室の隅で、モニカが直立不動で立っている。


堂々巡りのような会議に退屈していたマテーウス卿が、モニカに話しかけた。


「ねえねえ?モニカちゃんはどう思う?」


まさか声を掛けられるとは思っていなかったらしいモニカは、はっ。と返事をした後…とんでもないことを言い出した。


「ドラゴンの仕業ではないでしょうか?」


「え?」







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