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正法眼蔵随聞記 第六巻

 正法眼蔵随聞記 第六巻


 侍者 懐奘 編





 第百二十一章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 他人に恥じ入るのであれば、明らかに見る目が有る人に恥じ入るべきである。


 私、道元が宋の時代の中国にいた時、天童山の如浄 和尚は、(私、道元を)そばに仕える侍者に要請して、次のように、話した。

「あなた、道元は、外国人であるが、器量が有る人である」


 私、道元は、堅く、それを辞退した。


 なぜなら、「日本に善行を聞かせるためにも、仏道を学び修行する稽古のためにも、大切であるが、僧達の中には見る目を備えている人がいて、外国人なのに大いなる寺の侍者に成ってしまったら、『大国である中国に善い人がいないと思われてしまう』と非難されてしまう事も有るかもしれないので、最も申し訳ない」と思ったからで、書状で、この旨を述べたら、如浄 和尚も、読んで、「中国といった国家を重んじているし、他人に恥じ入っている」と感心して、許してくれて、更に要請して来なかったのである。





 第百二十二章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 ある人が、次のように、話した。


 私は、病人です。

 器ではありません。

 仏道を学び修行するのに耐える事ができません。

 「仏法で最重要な事を聞いて、独りで俗世から隠れて住んで、身を養い病気を自助して、一生を終えよう」と思います。


 この言葉は、とても善くないのである。

 先人の聖人は、必ずしも、健康で強くはなかったのである。

 古代の先人は、ことごとく皆が、上等な器ではなかった!

 釈迦牟尼仏の(肉体の)死後からを考えると、たいして長い時間が経っていない。

 釈迦牟尼仏の存命時を考えると、人々は皆、俊才ではなかった。

 善人もいたし、悪人もいた。

 「比丘衆」、「僧達」の中に、不可思議な悪行をする僧もいたし、最も下品な器量の僧もいた。

 けれども、卑下して「やめよう」と話してしまったり、悟りを求める心を起こさないで「器ではない」と話してしまったりして、仏道修行しなかった僧はいなかった。

 今の生で、もし、仏道を学び修行しなければ、いつの生で、器量の人と成り、病気しない者と成って、仏道を学び修行する、というのか?!

 ただ、身の命を顧みず、悟りを求める事を思い立って心して、修行する事こそ、仏道を学び修行する上で最も重要なのである。





 第百二十三章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 仏道を学び修行する人は、衣服や食糧を貪るなかれ。

 人々には皆、(神による運命による)食糧の分け前が有るし、(神による運命による)寿命の分け前が有る。

 過分な食糧や寿命を求めても、得る事はできない。

 まして、仏道を学んでいる人には、自然と、信者による捧げものが有るのである。

 常に乞食する慣習も絶えていない。

 また、寺の共有物も有り、私的に歪曲した営みではないのである。

 果実と乞食と信心による布施という三種類の食糧は皆、「清浄食」なのである。

 その他の、農業や商業や公務や工業による四種類の食糧は皆、清浄ではない「邪命食」なのである。

 出家者の食糧の分け前ではない。



 昔、一人の僧がいて、死んで、冥界へ行った。


 閻魔大王は、次のように、話した。

「この人の寿命の分け前は未だ尽きていない。

(この世へ)帰すべきである」


 冥界の役人は、次のように、話した。

「寿命の分け前は尽きていませんが、食糧の分け前が既に尽きています」


 閻魔大王は、次のように、話した。

(ハス)の葉を食べさせよう」


 そのため、その僧は、蘇った後、通常の人の食べ物を食べる事ができ得ず、ただ、(ハス)の葉だけを食べて、余生を過ごした。



 出家者は、仏教を学んでいる力によって食糧の分け前も尽きないのである。

 白毫という一つの相を持っていた釈迦牟尼仏による、二十年間分の、残してくれている原因によって、(僧は、)多数の劫を経ながら受け入れて使用しても、尽きないのである。

 ただ、仏道修行に専念して、衣服や食糧を求めるなかれ。



 「身体、血肉さえ良く保持すれば、心も従って良く成る」という記述が医術などの書物にも見られる。


 まして、仏道を学び修行する人が、戒を守って清浄に修行して、仏や祖師達の日常の所作に任せて身を統治していれば、心も従って整うのである。


 仏道を学び修行する人は、「言葉を発しよう」とする時は、三度、顧みて、自身の利益や他者の利益のために(真の)利益が有れば、その言葉を話すべきなのである。

 (真の)利益が無い言葉は、やめるべきなのである。


 このような事も、一度では会得し難い。

 心に気にかけて、徐々に、習うべきなのである。





 第百二十四章


 道元は、雑談のついでに、僧達に示して、次のように、話した。



 仏道を学び修行する人は、衣服や食糧について悩むなかれ。

 この国は、辺境の小国であるが、昔も、今も、密教以外と、密教という二つの宗派が名声を得ていて、後世で人々に知られている人達も多い。

 また、詩歌や、管弦楽器や、学問や武術や学芸の道を嗜む人々も多い。

 このような人々のうち、一人も、「衣服や食糧に豊かであった」と言われているのを未だ聞いた事が無い。

 皆、貧しさを忍耐して、他の事を忘れて、専念して、自分の道を好んだのである。

 そのため、その名声を得ているのである。

 まして、祖師達の仏門、仏道を学び修行する人は、処世術を捨てて、一切、名声や利益に走らない。

 どうして、財産に豊かに成れるであろうか? いいえ!



 宋の時代の中国の寺では、末法の時代でも、仏道を学び修行する人が何千、何万人もいる中に、あるいは、遠方から来ている人や、あるいは、故郷を出ている人もいるのである。

 どちらも、多分、貧しいのである。

 けれども、未だ、貧しさを憂いとしない。

 ただ、真理を未だ悟れない事だけを憂えて、あるいは、建物の上部や、あるいは、建物の下で坐禅して、死亡した父母のために喪に服すかのようにして、専念して、仏道を修行するのである。



 私、道元が、まのあたりにして見た物事では、

西川からの僧は、遠方より来ているので、所持している物が無かった。

 わずかに、墨を二、三丁、持っているだけであった。

 その価値は二、三百文で、この国の二、三十文に相当するのを持って、中国の紙のうち下等な品質で極めて弱い紙を買い取って、(紙を)上半身や下半身の衣服などに作って着ていたので、立ったり座ったりする時に破れる音がして浅ましいのをも顧みず、憂えなかったのである。


 ある人が、次のように、話した。

「あなたは、故郷に帰って、道具や衣装を整えなさい」


 西川からの、その僧は、

「故郷は遠方なのです。

帰る途中、時間を(むな)しく過ごしてしまって、仏道を学び修行する時間を失ってしまう事を憂えているのです」

と答えて、更に寒さも憂えず、仏道を学び修行したのである。


 このため、宋の時代の中国という大国には、善い人も出て来るのである。





 第百二十五章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 次のように、伝え聞いている。


 昔、雪峰山の寺が開山した時は、寺が貧困で、あるいは、料理する火の煙が絶えたり、あるいは、緑豆飯を蒸して食べたりして日々を送って、仏道を学び修行していたが、後には、千五百人の僧がいて、常に絶えなかった。


 昔の人達は、このようであったのである。

 今も、このようであるべきである。



 僧への損害は、多くが、富んだり高貴に成ったりする事によって起こるのである。


 釈迦牟尼仏が存命時、調達(デーヴァダッタ)が嫉妬を起こしてしまったのも、一日あたり車、五百台分の捧げものによって起こったのである。


 ただ、自身に損害を与えるだけではなく、他者に悪行をさせる原因と成ってしまうのである。

 真実の、仏道を学び修行する人は、どうして、富んだり、高貴に成ったりできるであろうか? いいえ!

 たとえ、清浄な信心による捧げものが多量に積み重なっても、恩を思って、恩に報いる事を思うべきなのである。

 この国の人々は、自身のための利益を思って、布施をしてしまう。

 笑って歓迎する者どもに、よく与えてしまうのは、お決まりの、世俗の道理なのである。

 ただ、他者の心に従おうとして、笑って歓迎してしまえば、仏道を学び修行する障害と成ってしまう。

 ただ、飢えを忍耐し、寒さを忍耐して、専念して、仏道を学び修行するべきなのである。





 第百二十六章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 古代の先人は、次のように、話している。

「聞きなさい。

見なさい。

得なさい」


 また、(古代の先人は、)次のように、話している。

「得る事ができなければ、見なさい。

見る事ができなければ、聞きなさい」


 これらの言葉の意味は、

「聞くよりも、見るべきである。

見るよりも、得るべきである」、

「未だ得る事ができなければ、見なさい。

未だ見る事ができなければ、聞きなさい」

という事なのである。





 第百二十七章


 道元は、また、次のように、話した。



 仏道を学び修行する上での用心は、ただ、(もと)からの執着を捨てる事なのである。

 まず、身の所作を優先して改めれば、心も従って改まるのである。

 まず、戒律を守れば、心も従って改まるのである。


 中国では、俗世の人々などの日常の習慣で、(死んだ)父母への親孝行のために、宗廟で各々集会して泣くまねをするが、そのうちに、終には、本当に泣くのである。


 初心者の、仏道を学び修行する人は、ただ、僧達に従って仏道修行するべきなのである。

 「早く、用心や先例などを学び知ろう」と思うなかれ。

 用心や先例などは、ただ、独り、山に入ったり、市場から隠れて修行する時に、誤り無く知る事ができていたら、善い、という事だけなのである。

 僧達に従って修行すれば、真理を会得できるのである。

 例えば、船に乗って行く時には、自分は船を漕ぐ様子を知らなくても、良い船長に任せていけば、知っている者も、知らない者も、彼岸に至るような物なのである。

 善知識を持つ人々に従って、僧達と共に修行して、私的な歪曲が無ければ、自然と、悟りを求める心が有る人と成るのである。

 仏道を学び修行する人は、たとえ、悟りを会得しても、「今が究極なのである」と思ってしまって、仏道修行をやめるなかれ。

 仏への道は、果てしないのである。

 悟っても、なお、仏道修行するべきである。

 昔、良遂 座主が、麻谷の所へ参った逸話を思うべきである。





 第百二十八章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 仏道を学び修行する人は、「後日を待って仏道修行しよう」と思うなかれ。

 ただ、今日、今を(むな)しく過ごさず、日々、刻々と勤めるべきなのである。


 ある在家信者が、長く病気に成っていたが、去年の春頃、私、道元に会って、誓って、次のように、話した。

「今の病気が治療できたら、必ず、妻子を(泣く泣く)捨てて、寺の近くに(いおり)を結んで構えて、一月に二度有る『布薩』という儀式に参加し、日々、仏道修行し、仏法談義を見聞きして、分相応に、戒を守って、生涯を送ります」

 その後、種々に治療した事によって、少し快方に向かった。

 けれども、また、病気の再発が有って、月日を(むな)しく過ごした。

 今年の正月から、突然、病状が重く成ってしまって、次第に苦痛に責められる間、日頃、支度する予定であった(いおり)のための道具を運んで(いおり)を作る暇も無かったので、他人の(いおり)を借りて住んだが、わずか、一両日中に死去した。

 死ぬ前夜に、菩薩戒を受け入れて、仏と仏法と僧に帰依して、臨終を善くして命を終えたので、家にいて妻子への恩愛を惜しんで狂乱して死ぬよりは善かったが、「去年、思い立った時に、家を離れて、寺に近づき、僧に成って仏道修行して、命を終えたら、優れていたのに」と思うにつけても、「仏道修行は、後日を待ってはいけない」と思うのである。

 「身が病人なので、病気を治した後で、修行しよう」と思ってしまうのは、悟りを求める心の無さの仕業なのである。

 四大元素が和合している身なので、誰もが病気が有る!

 古代の先人は、必ずしも、健康で強くは無かった。

 ただ、志さえ有れば、他の事を忘れて、修行するのである。

 一大事が、身の上に出て来たら、必ず、些細な事は忘れてしまう習いなのである。

 「仏道は一大事なので、一生のうちに極めよう」と思い、「日々、刻々と時間を(むな)しく過ごさない」と思うべきなのである。

 古代の先人は、「時間を(むな)しく過ごすなかれ」と話している。

 「病気を治そう」と営んでも、治らず、重病化して、ますます苦痛に責められたら、「少しでも苦痛の軽い時に、仏道修行しよう」と思うべきなのである。

 強い苦痛を感じたら、「まだ、なお、重く成るよりも前に、仏道修行しよう」と思うべきなのである。

 重病化したら、「死ぬよりも前に、仏道修行しよう」と思うべきなのである。

 病気の治療では、快方に向かう場合も有るし、重病化する場合も有る。

 また、治療しなくても快方に向かう場合も有るし、治療しても重病化する場合も有る。

 これらをよくよく思考して、知るべきなのである。

 仏道を学び修行する人は、「居所などを支度して、僧衣や器を整えた後に、仏道修行しよう」と思うなかれ。

 貧困の人は、僧衣や器や道具に(とぼ)しくて、整うのを待っている間、次第に死が近寄るのを、どうするのか?

 そのため、「居所の用意を待ち、僧衣や器を整えた後に、仏道修行しよう」と欲したら、一生を(むな)しく過ごしてしまうであろう。

 ただ、僧衣や器などが無くても、「在家信者も仏道は修行しているのである」と思って、修行するべきなのである。

 また、僧衣や器などは、ただ、有るべき僧の姿の飾りに過ぎないのである。

 真実の、仏道修行者は、それらに依存せず、(入手の)機会が来たら所有するように(運命に)任せるべきなのである。

 ()いて求めるなかれ。

 無いのを「持っていない」とも思うなかれ。

 病気は治すべきであるのに、「わざと死のう」と思ってしまって、治さないのは、外道の見解なのである。

 仏道のためならば、命を惜しむなかれ。

 また、(仏道以外のために、)命を惜しまない事なかれ。

 (治療の)機会が来たら、一箇所の灸や、一種類の煎薬などを用いるのは、仏道修行の障害とは成らない。

 「仏道修行をさしおいて、病気の治療を優先して、その後、修行しよう」と思ってしまうのは、善くないのである。





 第百二十九章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 海中に、「竜の門」と言う場所が有って、頻繁に大波が立つのである。

 諸々の魚達は、その場所を通過したら、必ず、竜と成れるのである。

 そのため、「竜の門」と言うのである。


 今、考えてみると、その場所は、大波も、他の場所と同じなのである。

 水も、同じく塩辛い水なのである。

 けれども、神が定めた不思議で、魚達は、その場所を渡れば、必ず、竜と成るのである。

 魚は、鱗も改変されず、身も同じ身のまま、突然に、竜と成るのである。


 僧の所作も、このような物なのである。

 場所も、他の場所と変わらないが、寺に入門すれば、必ず、仏と成り、祖師と成るのである。

 食べ物も、他の人々と同じく食べるし、

衣服も、同じく着るし、

飢えを除くのも、寒さを防ぐ事も、同じであるが、

ただ、髪を剃り、僧衣を来て、食べ物を僧の食べ物にすれば、突然に、僧と成るのである。

 仏や祖師に成る事を、遠くに求めるなかれ(。近くの日常の所作に有るのである)。

 ただ、寺に入門するか、入門しないかは、その「竜の門」を通過するか、通過しないかが違うような物なのである。


 また、俗世の人は、「私は、黄金を売っているが、他人が買ってくれない、ような物なのである」と話している。


 仏や祖師達の真理も、このような物なのである。

 真理を惜しんではいない。

 常に与えているが、人が会得してくれないのである。

 真理の会得は、才能が利発か、愚鈍かには左右されない。

 人々は皆、仏法を悟る事ができるのである。

 精進するか、怠惰であるかによって、真理の会得の遅い、速いが有るのである。

 精進するか、怠惰であるかの違いは、志の有無による物なのである。

 志が無いのは、この世のものの常の変化を思わないからなのである。

 思考のたびに死が近づいている。

 結局、一時も、時間を留められない。

 短時間、存命の間に、時間を(むな)しく過ごすなかれ。


 古代の言葉で、「倉に住むネズミは食べ物に飢えてしまい、田を耕す牛は草が十分ではない」と言われている。


 この言葉の意味は、「食べ物の中にいながら食べ物に飢えてしまい、草の中にいながら草に乏しい」という事なのである。


 人も、このような者なのである。

 仏道の中にいながら、仏道に(かな)わない物なのである。

 名声や利益を希望し求める心が止まれば、一生、安楽に成れるのである。





 第百三十章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 達道者の行いは、善行にも、悪行に見える行いにも、皆、意図が有るのである。

 凡人には量る事ができない。



 昔、慧心 僧都が、ある日、庭の前で草を食べている鹿を、他人に打たせて、追い払った。


 ある人が、その時、次のように、質問した。

「師には、慈悲が無いかのように見えます。

草を惜しんで、動物を悩ますのですか?」


 慧心 僧都は、次のように、話した。

「そうではない。

私、慧心 僧都が、もし、鹿を打って追い払わなかったら、あの鹿は、終には、人に慣れてしまって、悪人が近づいた時は必ず殺されてしまうであろう。

このため、打って、追い払ったのである」


 鹿を打って、追い払うのは、慈悲が無いかのように見えるが、内心では慈悲が深い道理とは、このような物なのである。





 第百三十一章


 道元は、ある日、僧達に示して、次のように、話した。



 ある人がいて、仏法を質問して来たり、あるいは、修行での仏法の重要な事を質問して来たりしたら、僧は、必ず、真実を答えるべきなのである。

 あるいは、他人が「器ではない」と顧みてしまって、あるいは、「初心者や、後進者の人なので、心得る事ができないであろう」と思ってしまって、便宜的な方法によって、真実ではない事を答えるなかれ。

 菩薩戒の意味とは、たとえ、小乗の矮小な段階の器で、小乗の矮小な段階の真理を質問して来ても、ただ、大乗の大いなる段階の真理を答えるべきなのである、という事なのである。

 釈迦牟尼仏の一生による教化も、同じなのである。

 便宜的な方法による仮の教えは、実に、無益なのである。

 ただ、(法華経という)最後の真実の教えだけが、実に、利益が有るのである。

 そのため、他者が会得できるか、できないかを論じず、ただ、真実を答えるべきなのである。

 もし、渦中の、仏法を質問して来た人を見て判断するのであれば、真実の「徳」、「善行」によって人を見て判断するべきである。

 外見の仮初の「徳」、「善行」によって人を見て判断するなかれ。



 昔、孔子の所に、一人の人が来て、帰属した。


 孔子は、次のように、質問した。

「あなたは、何によって、来て、私、孔子に帰属したのか?」


 その人は、次のように、話した。

「王者である、あなたが朝廷に参った時、それを見たら、顒々とした威厳が有ったし、威勢が有った。

そのため、帰属しました」


 孔子は、その時、弟子に命じて、乗り物、衣装、金銀、財宝などを取り出して、これらを与えて、「あなたは、私、孔子に帰属した訳ではない(。車や衣服や宝や金銭に帰属しただけである)」と話して、帰させた。





 第百三十二章


 道元は、また、次のように、話した。



 宇治の関白が、ある時、鼎殿に到って、火を焚く所を見ていたら、鼎殿の役人が、それを見て、「案内が無いのに、御所の鼎殿へ入るのは、何者ですか?!」と言って追い出されたので、その後、宇治の関白は、粗悪な衣服などを脱いで着替えて、顒々とした威厳の有る衣装で出て来たら、先ほどの鼎殿の役人は、遠くから見て、恐れ入って、逃げた。


 その時、宇治の関白は、衣装を竿の先端にかけて、礼拝した。


 ある人が、その事について質問すると、宇治の関白は、次のように、答えた。

「私が他人に敬われる理由は、私の『徳』、『善行』ではない。

ただ、この衣装のためなのである」


 愚かな者が他人を敬う理由は、このような物なのである。



 仏経の文字などが敬礼される理由も、このような物なのである。


 古代の先人は、次のように、話している。

「言葉が、天下に満ちても、失言は無い。

行いが、天下に(あまね)く満ちても、怨まれて危害を加えられる事は無い」


 この言葉の意味は、「言うべき言葉を言っているし、行うべき事を(おこな)っているからである」という事なのである。


 これは、至高の「徳」、「善行」であり最重要の道理である言行なのである。

 世間の人々の言行でも、私的な歪曲によって、はからって行うと、恐らくは、過失だけであろう。

 僧の言行は、先例の証拠によって、定められている。

 私的な歪曲が有るなかれ。

 仏や祖師達が(おこな)って来ている道なのである。

 仏道を学び修行する人は、各々、自ら、自身を顧みるべきである。

 「自身を顧みる」とは、「私の、この心身を、どのように保持するべきなのか?」と顧みる事なのである。

 僧は、既に、釈迦牟尼仏の子、釈迦牟尼仏の弟子なのである。

 釈迦牟尼仏の家風や所作を習うべきなのである。

 身口意の所作は、過去の仏が(おこな)って来ている所作が有るのである。

 各々、その所作に従うべきである。


 俗世の人ですらなお、「衣服は法に従うし、言葉は行動に従うのである」と話している。


 まして、僧は、一切、私的な歪曲を用いるなかれ。





 第百三十三章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 今の、仏道を学び修行する人は、多分、法を聞いている時、まず、「理解できている様子を他人に知られよう」と思ってしまい、善い解答の言葉を考えている間に、聞いている言葉が耳を通過して聞き逃してしまうのである。

 総じて、その原因は、悟りを求める心が無く、自身への執着が有るからなのである。

 ただ、まず、自身を忘れて、他人の言おうとしている真意をよく聞いて、後に、静かに思案して、理解し難い所が有ったり疑問点が有ったりすれば、追ってでも問いただし、心得たら、何度でも、師に提示するべきなのである。

 「即座に理解している様子を他人に見せよう」とする者は、仏法をよく聞く事ができ得ないのである。





 第百三十四章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 唐の太宗の時、外国から「千里の馬」を献上された。


 太宗は、それを得ても喜ばず、自ら、次のように、思った。

「たとえ、私、太宗、独りが『千里の馬』に乗って千里を走れても、従う臣下がいなければ、意味が無い」


 太宗は、そのため、魏徴を呼び寄せて、このように質問したら、魏徴も、次のように、話した。

「皇帝と心は同じで、同じ意見です」


 そのため、その「千里の馬」に黄金と絹を負わせて返却した。



 世間の皇帝ですら、役に立たないものを蓄えず、返却したのである。


 まして、僧には、僧衣と器以外は、絶対に、役に立たないのである。

 役に立たない物を蓄えて、どうするのか?


 俗世の者ですらなお、唯一の道に専念して嗜む者は、田園や荘園などの財産を保持する事を重要としない。


 (僧は、)ただ、一切の国土の人を国民や眷属とするのである。


 地相法橋は、息子に遺言して、次のように、話した。

「ただ、この道に専念して、励むべきである」


 まして、仏の子である仏の弟子である僧は、万事を捨てて、唯一の一大事に専念して嗜むべきなのである。

 これは、第一の用心なのである。





 第百三十五章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 仏道を学び修行する人は、師の所へ参って仏法を聞く時に、よくよく、極めて、重ねて聞いて、確定するべきである。

 問うべきを問わず、言うべきを言わずして、過ごしてしまったら、必ず、自身にとって損と成るのである。

 師は、必ず、弟子からの質問を待って、言葉を発するのである。

 心得ている事でも、何度も質問して、確定するべきなのである。

 師も、弟子に「良く心得たか?」と質問して、言い聞かせるべきなのである。





 第百三十六章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 達道者の用心は、通常の人と異なる事が有る。



 故人である建仁寺の栄西 僧正が存命の時に、寺中から食べ物が絶えて無くなってしまった事が有った。


 その時、一人の在家信者が、栄西 僧正を呼んで、絹を一疋、布施した。


 栄西 僧正は、喜んで、他人に持たせず、自ら受け取って、懐の中に入れて、寺に帰って、「知事」を務めている僧に与えて、次のように、話した。

「明朝の粥などにしなさい」


 すると、ある俗世の人の所から、所望が有って、次のように、話していた。

「面目に関わる事が有って、絹が二、三疋、必要なのです。

少しでも有れば、欲しいです」


 栄西 僧正は、先ほどの絹を取り返すと、この俗世の人に与えた。


 「知事」を務めている僧も、僧達も、その時、意外だったので、疑問に思った。


 栄西 僧正は、後に、次のように、話した。

「僧達は、各々、『間違っている』と思っているであろう。

けれども、私、栄西が思うに、

僧達は、各々、仏道への志が有って集まっている。

ある日、食べ物が絶えて無くなってしまって餓死しても、苦しくないであろう。

世俗に交ざっている人が、さしあたって、物事に欠いている苦悩を助ければ、僧達、各々のためにも、利益は優れているであろう」



 真実の、達道者の思案とは、このような物なのである。





 第百三十七章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 仏から仏まで、祖師から祖師まで、皆、(もと)は、凡人なのである。

 凡人である時は、きっと、悪業も有るし、悪い心も有るし、愚鈍さも有る。

 けれども、ことごとく、これらを改めて、善知識を持つ人々に従って修行したので、皆、仏や祖師と成ったのである。

 今の人も、このようであるべきである。

 「自身は、愚鈍なので」と思ってしまって、卑下するなかれ。

 今の生で、悟りを求める事を思い立って心しなければ、どんな時機を待って仏道修行するのか?!

 今、()いて、修行すれば、必ず、真理を会得できるのである。





 第百三十八章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。



 政治の道の先例のことわざでは、「謙虚でなければ、忠告や助言を聞き入れる事ができない」と話している。


 この言葉の意味は、「自分の見解を保持せず、忠臣の言葉に従って、道理に任せて、政治を行う」という事なのである。


 僧が仏道を学び修行する時の用心や先例も、このような物なのである。

 わずかでも、自分の見解を保持していたら、師の言葉が耳に入らないのである。

 師の言葉が耳に入らなければ、師の仏法を会得できないのである。

 ただ、仏法上の異なる見解を忘れるだけではなく、世俗の事や、飢えや寒さ等を忘れて、専念して心身を清めて聞く時、親しく聞き入れる事ができ得るのである。

 このようにして聞く時は、道理も、疑問も、明らめる事ができるのである。

 真実の、真理の会得とは、従来の心身を捨てて、ただ、直に、他の僧達に従っていけば、真実の達道者と成れる、という事なのである。

 これは、第一の先例なのである。

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