方針変更? 3
無理やり通された個室で出されたコーヒーを飲んでいると、ドアをノックして入って来たのは見るからに人好きのする顔立ちの男の人だった。
温和そうなニコニコ顔が糸目気味な目を少し強調しているが、葵はそんな事より眼鏡が似合い過ぎる知的な雰囲気にドキッとする。
葵は眼鏡必須の知的イケメンが大好物なのだ。
次に垂れ目でロン毛だったら言う事はないのだが残念なことに彼はロン毛だが垂れ目という感じではなかった。
しかし是非白衣やスーツなんかを着せたいと内心で妄想を炸裂させていた。
「これから担当をさせていただきます。レグリスと申します。どうぞお見知りおきを」
驚いた事に日本の営業マンスタイルの挨拶で名刺を差し出された。
「すみません。私は名刺なんて持ち合わせて無くて…」
「おや、名刺をご存じでしたか」
レグリスは大袈裟に驚いた様子を見せた。
(えっ、常識じゃないの?)
葵は何だか試されたような気がして少し面白くなかったが、顔には出さないように努めた。
さっきまで妄想を炸裂させていた後ろめたさがあったからだ。
葵は名刺を受け取りソファーに座り直し平常心を装いながら出されていたコーヒーを飲む。
現代日本で飲みなれたコーヒより濃く苦い感じがするのは淹れ方の問題だろうが、葵はもともとコーヒーはブラック派なので問題ない。
カフェオレも好きだが勿論砂糖抜きで、紅茶ならロイヤルミルクティー派だ。
「コーヒーがお好きですか?」
葵が表情も変えずに飲むのが珍しいのか、それともまた何か試されているのかそんな事を聞かれた。
「好きですよ。でも淹れ方を変えていただければもっと美味しくなるんですよね」
「淹れ方ですか?」
「これは砕いた豆を煮出した上澄みですよね。他にもドリップ式と言う方法もあるんですよ。知りませんでしたか?」
試されてばかりは面白くないので少し挑発的に言ってみた。
「ドリップ式ですか。私は知りませんがどうしてご存じで?」
「フフ、私の故郷では常識です」
レグリスのプライドを刺激できたらしい事に葵は満足してついニヤケてしまう。
眼鏡の奥で笑っている筈の糸目が一瞬鋭くなったような気がしたが葵はまったく気にしない。
売られた喧嘩は勿論買うし、やられた事は三倍で返すようにしている。
優しさには優しさを、恩には恩を、悪意には悪意をだ。
そうやって今までどんないじめに合おうと乗り切って来た。
とは言えこの場は一応交渉の場だ。商業ギルドの会員になったつもりはないが、このまま喧嘩腰というのもマズいだろう。
「挨拶はこの位にして商談に入って貰えませんか。私は素材が現金になればそれで良いので」
敢えて商業ギルドの会員になる気は無いと含みを入れた。
「失礼しました。あなたがどんな方か少し探りを入れさせていただきました。私の担当する方がどんな方かは知っておきたいですからね」
レグリスは葵を試していた事をあっさりと認めた。
「それで私はお眼鏡にかないましたか?」
「少なくとも盗品を扱うような方で無いのは確かですね」
「何それ。私って盗品を持ち込んだと思われてたの?」
「ええ、ロック鳥にワイバーンにソウルドレイクなどそうそう出回る魔物ではありませんし、若い女性が持ち込む素材とも思えませんからね」
「はぁ…。ここでもかぁ…」
葵は女という立場で判断された発言につくづく落胆した。
「しかしご安心ください、盗品で無いのなら勿論査定はさせていただきますし適正価格での買取も可能です」
人好きのするニコニコ顔で言うレグリスの本心が見えず葵はイラっとした。
やはり別にここで買い取って貰わなくても良いかとも考えたが、それでは結果的にこれからの異世界での冒険を断念するようなものだ。
普段というか現実世界ではそうでもないのに、最近この異世界では細かい事でイライラし過ぎる自分に気付き抑えなくてはと思い直す。
こんなにもイライラするのはこの異世界の何かの影響を受けているのだろうか?
「じゃあお願いします。言っておきますがすべて私が一人で倒して手に入れた素材です」
「そうなんですか?」
まったく信じていないだろう態度を気にしないように努め、葵はアイテムボックスから素材を取り出して行く。
「もしかしてアイテムボックス持ちですか?」
アイテムボックスについて初めて言及されたが葵は今さら気にしない。
アイテムボックスの存在が知られているという事は、当然葵の他にも持っている人が居るのだろう。
「ええ、全部はこの場に出しきれないので一体分ずつで良いですか?」
「結構ですよ」
「それじゃあまずこのロック鳥が全部で三頭分あります」
葵は一頭分のロック鳥の素材をテーブルの上に出し終わると他にも二頭分ある事を告げる。
「……本当にロック鳥で間違いありませんね。それにしても…」
(盗品疑惑の次は偽物疑惑かぁ…)
葵は自分がこれ程までに信用されていないのかと自分の立場を思い知る。
念入りに素材を見定めようとしているのか慎重に素材を手に取るレグリスを黙って見詰めていると、カーン! カーン! カーン! と街中に響き渡るように急に打ち鳴らされる鐘の音。
「これは…」
「何事ですか?」
「この鳴り方は魔物の襲撃の合図ですね。いったん避難いたしましょう」
急に慌てだしたレグリスにつられ、葵は出してあったロック鳥の素材をアイテムボックスに急いで収納しレグリスの後を追った。
個室を出るとギルドに居た人々が我先にと階段を駆け上がって行くのが見える。
「扉を閉めまーす。急いでくださーい」
ギルド職員が周囲に居る人達を誘導している声が葵を急かす。
訳も分からず葵は人の波に乗り上階を目指し急いだ。
そして三階まで辿り着くと何やらあれこれと職員に指示を出しているレグリスを見つけた。
葵は人の波をかき分け窓辺から外の様子を伺い始めたレグリスの傍へ行き声を掛ける。
「いったい何があったんですか?」
「時々あの森から魔物が溢れて来るのですよ」
レグリスが顎で指した方を見ると、森で葵に絡んで来た冒険者がトレイン状態で街を目指し走っているのが見えた。
「あっ…」
集まって来た魔物を捌ききれず助けを求めて街に逃げ込もうとしているのだろう。
それにしても引き連れている魔物の数が多い。
先程の警鐘は石壁の上にあった櫓で危険が察知され鳴らされたのだとレグリスが説明してくれる。
そしてこの領都の衛兵だろう人達と冒険者だろう人達が街から助けに向かうのも見が見えた。
「あれじゃまるでスタンピードだ。早いところ討伐してくれないとこの街に重大な被害が出てしまう」
レグリスが険しい顔で焦るように呟くのを聞き葵は少し責任を感じていた。
かなり偉そうな態度だったので疲れ果ててボロボロになれば良いとは思っていたが、まさかあの程度の魔物も捌けない等考えてもいなかった。
初見の魔物で大型犬並みの大きさのネコみたいな見た目だが、多分ブラックウルフよりは弱い魔物だろう。
トレインはだいぶ街に近づいていたが、衛兵と冒険者が合流し魔物の討伐を始めたので葵は少しホッとする。
カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン!!
突然さっきとは鳴らし方の違う警鐘がまたまた激しく鳴り響き葵は一瞬身を硬くする。
「!?」
見ると森からワイバーンが二頭姿を現した。
「ワイバーンだと!」
レグリスが声に出したワイバーンの言葉に反応して周りに居た人々のざわめきが大きくなる。
「もうダメかもしれないな…」
レグリスの溜息交じりの呟きに葵は何を大袈裟にと思う。
「あのワイバーンを倒せばいいのよね?」
多分あの山にあったワイバーンの巣から逃げ出したワイバーンなのだろうが、トレインの原因の一端を作った自覚がある葵はその後ろめたさもあってワイバーン討伐を買って出た。
「倒せるのか!?」
「だから倒したって言ったよね。信じられないならその目で見てるといいわ。どこから出れば良いの?」
葵は商業ギルドの閉じられた扉を開けて貰い、急いでワイバーンの居る場所へと向かった。




