絡まる
久しぶりの投稿です。
書き溜めていた金縛りの話を、再編集してみました。
やれバブルだの好景気だと、浮かれていた九十年代前半、その裏で休む間も無く働き、会社のソファと移動時の車両が、ベッド代わりだった日々を送っている人間達がいた事は、ほとんど知られていないだろう。
早朝の東京駅、この日も会社のソファーで朝を迎えた。
新幹線に乗り込み、新大阪で一旦下車して乗り換え、目的地の新神戸に到着する。
現場入りして、約六時間で仕事を済ませると、午後二時を過ぎたばかりだった。
何時もなら、このまま次の移動先に直行が当たり前に、予定を組まれるのが日常化していたが、次の現場は週明け移動で十分間に合う場所だった。
「これなら、出社は明日でも良さそうだな」
新神戸を、三時過ぎに出発の新幹線に乗り終点の新大阪で下車する。
普段なら、新幹線ひかりに乗り換え会社に帰るのだが、今日くらいは、ゆっくり帰っても良いのではと、新幹線こだまに乗り込んだ。
駅の売店で見つけた読んだ事のない推理小説と駅弁を買って、進行方向右側の自由席に座る。
新大阪発の為、自由席でも座り放題だ。
席に着いて、弁当を食べ終わると小説を広げて読み始める。
通りかかった車内販売で、ビールと少しのつまみを購入して、また小説の続きを読んだ。
「ここは…あぁ、新幹線の中だった」
朝が早かった事もあり、ビールを飲んだ事で、いつの間にか寝てしまった様だった。
右腕を枕にして寝ていた為に、腕が痺れて動かし辛かったが、体を起こそうとした時、キーンと耳鳴りがした。
「あれ?体が動かない…」
どうやら、新幹線の中で金縛りに罹ったようだった。
「うわぁ、最悪だ。新幹線で金縛りってありえねぇ」
どう足掻いても、解けない金縛りに困り果ていると、窓枠に置かれたビール缶が、カタカタと音を発している事に気付く。
「新幹線が、揺れている?」
そう思ったが、揺れているのはビール缶だけだった。
何とか音のするビール缶に、視線を向ける事に成功すると、そのビール缶に何やら草の蔓らしき物が巻き付いているのが見えた。
「新幹線の中に何故こんな物が…」
次の瞬間、細い草の蔓が太い蔦となり、私の右腕に絡み付く。
そして、あろう事か、その蔦は私を新幹線の車外へ引き摺り出そうと、強い力で引っ張り始めた。
『今、新幹線の外にでたら死ぬ』
私は必死に抗ったが、徐々に体は外へと引き摺り出される。
右腕の殆どが車外へと出て、頭が出そうになった時だった。
『カラン、カラン、カラン』
耳を劈く大音量の鐘の音に、金縛りから解放され覚醒すると、しかっり絡まっていた蔦が瞬時に消えて無くなった。
「助かった…」
実際は、車外に出ていないはずだが、何故だか助かったと、そう思ってしまった。
足元を見ると空のビール缶が転がっている。
そのビール缶を拾おうと、右手を伸ばし取ろうしたが、肩から先が痺れて、力が入らずダラリと垂れた。
ジンジンと痺れた右手を諦め、左手でビール缶を掴みながら思った。
『働き過ぎなのだろうか?』
新幹線で眠る時は、引き摺り出されない様に、窓際では無く通路側で寝ようと…。
そう固く誓った。
そして1年後、バブル景気は見事に弾け、私は無職となるのだった。
働き過ぎと思いながらも、身を守る為に座席の位置を変えるくらいしか思いつかない…そんな時代の話です。
バブルが弾けなければ過労死していたかもですね(笑)




