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第二部一章『デスゲームはラブコメの予感』1-1


 深夜。廃ビルの上層階。


 割れた窓から差し込む月明りだけが、フロアをひっそり照らし出していた。


 暗がりから聞こえる悲鳴。絶叫。


 この場所では、それが当たり前の光景だった。


 床を濡らす赤。


 それが誰のものなのかは分からない。前を行くゲームプレイヤーのものなのか、それともプレイヤーを狩る“鬼”のものなのか……


 視線の端で点々と落ちた赤を辿ると、その先には――――って、これ俺の血じゃねぇか。うわー、買ったばっかの服もボロボロだし! ダメージジーンズが過ぎるわ!


「あーあ……」


 と、自分の現状を客観的に見て、俺――犬丸一斗いぬまるいちとは軽く絶望を感じていた。


 今は例によって、デスゲームの真っ最中である。

 この廃ビルを使った“宝探しゲーム”に挑んでいたのだが……、途中で凶器を持った“鬼”との交戦になり、おかげで新品の服がボロ雑巾のようになってしまった。と、まあ、そんな現状だった。


 え? 身体は大丈夫なのかって? そりゃもちろんゾンビですから。

 どんだけ血が出ようと切られようと、放っておけば勝手に再生するのである。まったく便利な身体だ。


 当然、この身体には既に加子の魂は存在しない。以前のデスゲームでペンダントの資金は貯まり、今は元の身体で生活している。


 あれから一ヶ月くらい経ったかな。今は大学も夏休みに突入していた。

 まあ、慣れれば加子と身体のシェアハウスも悪くは無かったのだが、やっぱり普通に一人暮らしの方が気楽でいい。やっぱり、魂は一人に一つがちょうど良いよな。


 っと、そうだ。慣れで思い出したのだが、このデスゲームも――


『ッ……! ミツ、ケタ……!』

「んぁ……?」


 見ると、俺を追ってきたらしい“鬼”がにじり寄ってくるのが分かった。

 その名の通り、鬼の仮面を付けた筋骨隆々の筋肉ダルマ男だ。ふむ、今回はハンマーの武器を持っているな。


 昔の記憶で言えば、“船上鬼ごっこ”の時と同じようなやつだ。

 『迷宮』のデスゲームには、だいたい似たようなこいつらが出てくるのがスタンダードらしい。前回のデスゲームもそうだったし。


『ウオオオオオオオオオオォォォ!!!!』


 ハンマーを振りかぶり、一気に肉薄してくる鬼。

 ……まあいいか。この攻撃は避けなくても。

 目と鼻の先に迫る大槌を見て、俺はそんなことを考えていた。


 瞬間、大きな衝撃が額を貫通して全身を貫く。為す術なく、ぐにゃりと身体が後方に吹っ飛ばされた。


 もしかしたら、正月の餅はこんな気分なんだろうか。などというバカな思考が出来るくらいには、俺には余裕があった。

 尻餅をついて(お、上手いこと言ったな。餅だけに)床に叩きつけられる俺。


 しかし、直ぐにゾンビの能力で身体が修復され始める。

 このように、ゾンビな俺はデスゲームという場において、まさに狂人・無敵・最恐なのである。なにせ、俺は既に死んでいるわけだからな。


 唯一、身体の切断には弱いのだが……、逆に言えば斬撃以外の攻撃は貰ってもいいということでもある。なにそのチート。

 まあ、身体が丸ごと欠損しても、一応くっ付くから致命傷というわけでもないけどな。


「よいしょ、っと!」


 身体の再生を確認して勢いよく立ち上がる俺。そのまま鬼に目掛けて拳を振り上げる。

 およそ人間のパンチとは思えない威力の打撃が、鬼の厚い胸板を貫く。


「喰らえぇ、おらぁあああッ!!!!」

『グフウウウウウゥ!?』


 一歩二歩と後ろによろけてから、ばたんと倒れてそこにダウンする鬼。

 ま、あのガタイだ。死んではいないだろう。


 さて、何故俺はこんな人間離れしたパンチで殴ることが出来たのか?

 音黒せんせーに聞いてみたところ、俺の脳のリミッターがゾンビ化の影響で鈍化してしまったのが原因だと話していた。


 聞いたことがあるかもしれないが、人の脳は自分の身体が最大の力を出せないように制限を掛けているらしい。


 力の最大出力を出すことで、自分自身の身体を破壊しないようにする為だ。そのリミッターが外れるのは、切羽詰まり追いつめられた状況のみ。それが所謂、火事場の馬鹿力というやつだ。


 しかし、俺の身体は破壊されようが直ぐに修復されてしまう。つまり、力を制限する意味があまりないのである。

 結果、脳のリミッターが鈍化し、常に火事場の馬鹿力が出せてしまうと。そういう理屈らしい。


「うーん。とりあえず、鬼の人は邪魔にならない所に置いておくか……」


 無駄にデカくクソ重い鬼の身体を引き摺って、廃ビルの空いている部屋に転がしておくことにした。

 その部屋には、既に気絶している鬼が三人……、つまり、これで四人目だな。その身体を床に寝かせておく。


「やれやれ、慣れたもんだなぁ。嫌なことに」


 誰に聞かせるでもなく、呟く俺。


 ――そう。このデスゲームとやらは……、俺にとって実際に“慣れた”ものだった。


 加子が元の身体に戻ってからというもの、俺たちは音黒せんせーの分のペンダントの費用、一億円を稼ぐべく、こうしてデスゲームに参加しているわけだが、それももう何度目か分からないくらいに参加しまくっていた。


 音黒せんせーの分はタイムリミットも無いし、種銭が必要だったり過酷だったりする高レートデスゲームには参加せず、ゾンビなら安心安全に稼げる低レートデスゲームの数をこなす日々。


 その結果、今では加子や白華のサポートなど無くてもチート無双出来るくらいにデスゲームに慣れてしまっていたのである。新品の服はまだ守れなかったけどな。ちくせう。


 それとまあ、チート無双に関しては他の大きな要因もあるのだが……


 と、それはそれとして、そろそろ本格的に“宝探し”の方を進めねぇとだよなぁ。

 この廃ビルのどこかに、現金一〇〇〇万円が入ったアタッシュケースが置いてあるらしい。

 それを見つけて持ち帰るというのが、今回のゲーム内容だった。


「さて、行くかぁー」


 俺は部屋を後にして、近くにあった階段を上がる。

 加子や白華が一緒に居ないのは、二人に危害が及ぶこともなく安心なのだが、ちょっとだけ寂しいなと思ったり……


 よし! さっさとクリアして、二人の居る音黒せんせーの研究室に帰るとしようじゃないか!


 俺は気合を入れ直して、足早に廃ビルの探索を再開することに。やってやるぜい!

 そんな感じで意気揚々と探索を続けていると、最上階で何やら空気が変わるのを肌で感じられた。


 まず、鬼の数が異常に多い。見た限り、六人も居るな。

 俺は階段の影に身を潜ませていたので、まだ存在はバレていないが、正面からやり合うのは骨が折れそうだ。文字通りに。


 仕方ない。奇襲を仕掛けてアドバンテージを取るか。

 それに、まだ奥の手も残ってるしな。いや、正確には手の奥か? これとゾンビの力を使えば、たぶん何とかなるだろう。


「さてと!」


 一気に廊下を駆け抜け、思い切り床を蹴って跳躍。鬼たちの中心に躍り出る。


『――ッ!?』

『……ッ、……!?』

『――、――ッ!!!!』


 突然のことに、鬼たちの行動が追い付いていない。咄嗟に武器を構えるが、ガードは間に合わないだろうな。ククク。だが、このままやってやるか。


 まず、斬撃系の刀と斧はマズいな。それ以外の武器は問題無しだ。

 つまり、実質的な敵は二人のみ。あとは時間を掛ければ倒せる相手だった。




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