五章『決戦』5-4
「でも、ゴメン。動かないで」
振り返る白華。
全身を半回転させ、真っ直ぐに腕を伸ばす。
――その手にはハンドガンが握られ、その銃口は間違いなく俺に向いていた。
白華は、俺を撃つ気なのだ。
本気で、それを実行しようとしているのが、雰囲気から伝わってきた。
「白華……、これは、どういう……」
「恨みとかじゃないんだ。ただ、タイムリミットが来ちゃっただけ」
タイムリミット……?
ゲームが終わるまで、まだ時間は残っている。なら、違う。じゃあ、白華は何のことを指しているんだ?
【何となく、そうなんじゃないかと途中で気づきました】
そう、加子が俺に言ってくる。
少しばかり、しんみりした口調で。でも、納得したような様子で。
【足りないんですよ。ペンダントの代金一億円を引いて、残った五〇〇〇万円じゃ、必要な医療費に届かないんだと思います】
っ…………!?
そうか、そういう意味か。だから、あんな態度を……!
「五〇〇〇万じゃ足りないんじゃないかって、加子が言ってる。タイムリミットってのは、母親の寿命のことか?」
俺が問うと、強い意志を携えた口調で、白華が答える。
「そう。一斗に助けてもらう、ちょっと前。病院からメールが来てたみたいでさ。縛り付けられてたけど、その画面だけ確認させてもらったんだ。……母親は、もう長くないみたいなんだよね」
そう、だったのか。それで、銃口を俺に向ける必要があったのか。
「この連絡さえ無ければ、とりあえず五〇〇〇万円でもいいと思ってた。でも、命のタイムリミットは直ぐそこまで来ちゃったんだ。……だから、私は二人を裏切る。ここで一斗を撃って、私が賞金を全額得る。そうするしか、ないじゃん……」
声は震えていた。
それでも、銃口はぶれない。その意思も。
「白華、一つ聞かせてくれ。どうせ撃つくらいなら、俺を噛んで復帰させなければ良かったんじゃないか? そうすれば、賞金は全額お前のものだったはずだろ」
「そ、それは……、何か狡いなって思って。これはケジメなの。私が私の意思で、友達を裏切るんだって。そうでなきゃいけないんだよ……!」
白華の意思は強い。それを感じさせる迫力があった。
誰かの為に戦う。その背負っているものを、俺は否定できない。
俺が同じ立場だったなら……、いや、それに意味は無いか。
どちらにせよ後悔は残る。
でも、それは自分で決めた後悔でないと、納得なんて出来ない。
言い訳や逃げ道を作ってしまう苦しさなんて、俺だって味わいたくはない。
だったら、俺は白華の意思を尊重したい。
加子は……、加子はどうだ? 俺とは違う考えなのだろうか。
【きっと、一斗くんと同じ気持ちですよ。私も白華ちゃんが大好きです。きっと、どんな決断をされても嫌いになることなんてありませんよ】
そっか。それを聞けて安心した。
だったら、最後は俺もカッコつけさせてもらおうか。
「白華、どんと来い! 俺はゾンビだ! 痛みなんてないからな!」
「っ……!」
両手を精一杯、大きく広げる。
痛みなどない。
肉体的な話をしているわけじゃない。
心だって痛むことは無い。……相手が白華なら。
白華に信念をもって撃たれるのであれば、俺に痛みも後悔も無い。ま、加子とは仲良くやっていくさ。永遠に。
【そうですね。白華ちゃんには悪いですけど、私が一斗くんとよろしくすることにしましょう、なんて】
じっと銃口を見つめる。
しかし、銃弾が発射されることはない。
「…………ッ!」
やがて、その銃口はしょんぼりと下を向く。
廊下に落ちる。
無機質な音が反響した。
「撃てるわけ……ない、じゃん……、撃てるわけ無いじゃん! 友達なんだよ!? 私を助けてくれた恩人だよっ!? ……大好きな人たちな、んだよ! ……っ……、ぐ……、ぅ…… なのに、裏切るなんて……、したく、ないよ……! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
涙が頬を伝い、力なく床にへたり込む白華。
もう、さっきまでの強さは感じられない。
そこには、泣きじゃくる弱い女の子が居るだけだった。
俺は白華を責められない。責められるものか。
違うんだよ。根本から。
俺は決断を白華に押し付けているだけじゃないのか? ただ逃げてるだけだろ……!
それなら……
白華の負担は俺が持つ。抱え込んでいるもんは俺が奪い取る。勝手に後悔なんてさせてやるものか。俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。
「加子! 聞いてくれ!」
声に出し、加子に俺の揺るがない意思を伝える。
これは俺の意思だと見せつけてやる。
【わざわざ声に出して言わなくても、聞こえますってば…… で、どうしたんですか?】
少しばかり呆れたような声。
この能天気な声に、どれだけ救われたことか。
だから、俺は声に出す。
しっかり、聞いていてほしいからな。
「俺は加子のことが好きだ! ずっと一緒に居てくれ!」
っしゃあ! 言ってやったぞ!
同情なんかじゃない、これは俺の本心からの言葉だ!
俺は自分のハンドガンを取り出し、自分の側頭部に銃口を向ける。
【え、ええ!? どうしたんですか、一斗くん! きゅ、急に告白だなんて!? しかも、急に銃を自分に向けて……!?】
驚きの声を上げる加子。
「え……!? ええ!?」
そしてまた、白華も涙を浮かべながら困惑の表情まで浮かべていた。
まあ、俺なりに前々から考えていたことでもある。
この数日間、色々とあったが楽しかった。
加子と居る日常は不便なこともあったけど、悪い時間じゃなかったんだ。
好きな人と、ずっと一緒に居たいと考えることは普通だろ。
だから、
「返事を聞かせてほしい。強く念じれば、加子が俺の身体を動かせることは実証済みだ。もし、加子がいいのであれば……、その引き金を引いてくれ」
【…………!】
これが俺なりの告白だ。
いや、告白と言うよりはプロポーズまでぶっ飛んでいる気もするが、とにかくそういうことだ。
俺は加子とずっと一緒で居たい。ペンダントなんぞ必要ない。
これが……、ゾンビなりの幸せなんだよ。
俺と加子が結ばれて、白華の母親も助かる。
もしそうなれば、それはこれ以上ないハッピーエンドじゃねぇか。まあ、エンドではないか。エンドしてるのは俺と加子の人生だけだ。
ま、とにかく、そういうことだ。
【あはは。もう、一斗くんはバカですね……】
バカで結構だっつーの。それが俺だ。しっかり自覚もある。
そんなバカゾンビと一緒に居てくれる気があるのなら、撃鉄のファンファーレを聞かせてほしい。
【そうですか。……では、返事をしますね】
引き金に掛かった人差し指が緊張で震える。
その緊張は、俺のものなのか、はたまた加子のものなのか。それは分からない。
だけど、どちらにせよ返事はくれるんだ。なら、どうでもいいか。
目を瞑り、その瞬間を待つ。
――やがて、銃声が響き渡った。




