最終話 白天使になるか、黒天使になるか
相沢からメッセージが届いていた。
⸻
嫌がらせか。
⸻
それとも――
⸻
私は恐る恐る画面を開いた。
⸻
「お疲れ様です。
最近、元気がないように見えたので連絡しました。
もしよければ、一度師長を交えて話し合いをしませんか。
お互い、少しギクシャクしたまま仕事をするのも疲れると思うので。
師長に相談したところ、明日の14時から30分だけ会議室を取ってくれました。
無理のない範囲で大丈夫です。
お身体、お大事にしてください」
⸻
文章は完璧だった。
⸻
誰が見ても、
体調を気遣う優しい先輩にしか見えない。
⸻
これは踏み絵だ。
⸻
私が、
どちらを選ぶか。
⸻
白天使になるか。
黒天使になるか。
⸻
明日、
相沢は最終的な判断を下す。
⸻
私を排除するのか。
⸻
それとも、
利用するのか。
⸻
もう白石には相談できない。
⸻
自分で考えるしかなかった。
⸻
そうして、
朝を迎えた。
⸻
出勤すると、
相沢は珍しく上機嫌だった。
⸻
「おはよう」
⸻
「今日はよろしくね」
⸻
そう言って笑う。
⸻
そのあとすぐに、
高橋のところへ向かった。
⸻
「高橋さん、行動制限委員会って経験ある?」
⸻
「最初の配属先でやってました」
⸻
「そうなんだ」
⸻
「ちょうど人が足りなくて困ってたんだよね」
⸻
「代わりに入ってもらっていい?」
⸻
「はい、喜んでやります」
⸻
「助かる」
⸻
相変わらずだった。
⸻
十四時。
⸻
私は会議室へ向かった。
⸻
中には、
師長と相沢がすでに座っていた。
⸻
二人は談笑していた。
⸻
「お待たせしました」
⸻
「いや、まだ五分前だよ」
⸻
「座って」
⸻
「そんなに固くならなくていい」
⸻
「雑談の延長みたいなものだから」
⸻
師長はそう言って、
相沢に目配せした。
⸻
「単刀直入に聞くけど」
⸻
「神谷さんは、この病院のことどう思ってる?」
⸻
私は一瞬、言葉に詰まった。
⸻
「どう思う、というのは……」
⸻
「もう、これだから」
⸻
相沢は小さく笑った。
⸻
「好きか嫌いかってこと」
⸻
私は面食らった。
⸻
業務や人間関係の話をされると思っていた。
⸻
答えられずにいると、
師長が静かに言った。
⸻
「まあ、簡単には答えられないよね」
⸻
「嫌いだったら特に」
⸻
「答えないっていう選択肢もあるよ」
⸻
まるで、
取り調べみたいだった。
⸻
「じゃあ質問を変えよう」
⸻
「神谷さんは、これからもここで働きたいと思ってる?」
⸻
「病院のために働く意思はある?」
⸻
その瞬間、
全てを理解した。
⸻
相沢は、
私が辞めたがっていると師長に話したのだ。
⸻
眠れないことも、
体調が悪いことも、
⸻
全部、
離職の前兆だと思われている。
⸻
——ここで、選ぶのか。
⸻
「私は辞めるつもりはありません」
⸻
「患者さんが安心して、安全に暮らせるように支援したいと思っています」
⸻
一瞬だけ、
別の考えがよぎった。
⸻
相沢の側に回れば、
楽になる。
⸻
苦しまなくていい。
⸻
でも——
⸻
それは、
私が目指したものじゃない。
⸻
白石の言葉を思い出していた。
⸻
「へえ」
⸻
相沢は笑った。
⸻
「立派なこと言うね」
⸻
「誰かの受け売りかな」
⸻
胸がざわつく。
⸻
けれど、
顔には出さなかった。
⸻
「でもさ」
⸻
「具体的に、どうすれば患者さんの安心と安全が守れるの?」
⸻
「それは……」
⸻
「話を聞いて」
⸻
「納得してもらって」
⸻
「信頼関係を作ることだと思います」
⸻
相沢は小さくため息をついた。
⸻
「理想論だね」
⸻
「そんなことしてたら、病院は回らない」
⸻
「患者が納得するまで付き合うの?」
⸻
「その間、他の仕事は全部誰かに押しつけるの?」
⸻
「今のシステムじゃ無理なんだよ」
⸻
「理想と現実は違う」
⸻
相沢の口調は、
どんどん強くなっていく。
⸻
「病院を運営するには効率が必要なんだ」
⸻
「患者の安心・安全なんて建前だよ」
⸻
「それを分かってない病院は潰れる」
⸻
私は言葉を失った。
⸻
師長は否定しなかった。
⸻
おそらく、
それがこの病院の本音なのだ。
⸻
「……分かりました」
⸻
「病院に効率が必要なのは理解しています」
⸻
「でも、患者さんとの関わり方まで変える必要はないと思っています」
⸻
それだけ言うのが精一杯だった。
⸻
少しの沈黙が流れた。
⸻
そして、
師長が口を開いた。
⸻
「いいんだよ」
⸻
「神谷さんは、そのままで」
⸻
「私たちがやることに、いちいち口を出さなければいい」
⸻
「私たちは効率化のために動く」
⸻
「神谷さんは、患者の安心と安全を考える」
⸻
「適材適所だよ」
⸻
私は黙って聞いていた。
⸻
「神谷さんは働く意思もあるみたいだし、その考え方も尊重する」
⸻
「だから、来週から開放病棟へ行ってもらう」
⸻
「軽度の患者さんが多いし、社会復帰を目指す人も多い」
⸻
「神谷さんには、その方が向いてると思う」
⸻
「……分かりました」
⸻
「ご配慮、ありがとうございます」
⸻
相沢は笑った。
⸻
「神谷さんと働けなくなるのは寂しいけど」
⸻
「また一緒になったらよろしくね」
⸻
「お元気で」
⸻
「じゃあ、話はこれで終わりにしようか」
⸻
そうして、
私は会議室を後にした。
⸻
これでよかったのだろうか。
⸻
分からない。
⸻
でも、
⸻
少なくとも一つだけ、
はっきりしたことがある。
⸻
私は、
⸻
一度だけ、
⸻
黒天使になる道を考えた。
⸻
それでも——
⸻
私は、
⸻
白天使になりたい。
⸻
まだ、
壊れてはいなかった。
⸻
廊下の窓から差し込む夕陽が、
白く光っていた。
⸻
その光が、
どちら側のものなのかは、まだ分からなかった。
「最後まで読あんでいただき、ありがとうございました。」




