第33話 城と、二つの首
討伐軍三千を率いて、伯爵領へ入った。
といっても、軍を動かしてるのは俺じゃない。俺は戦の素人だからな。大軍の指揮なんかできない。全部、ニールド侯爵に任せてある。
その侯爵が、本当に強かった。
伯爵軍の残党、千五百ほどが、国境の手前で迎え撃ってきた。数で押されてるくせに、横隊を組んで、必死に陣を張ってる。
侯爵は、丘の上から一度戦場を見渡しただけで、迷いなく軍を動かした。
「左翼、押せ。右は引いて誘え。中央は動くな」
短い下知が、伝令を通じて各家の将に飛んでいく。北部の家の兵が、きれいに左へ回り込んで、伯爵軍の脇腹を突いた。釣られて前に出た伯爵軍の右翼を、引いて見せた侯爵の右翼が、横から刈る。中央は、びくともしない。
伯爵軍の陣が、面白いように崩れていく。
長年、北の帝国を相手に国境を守ってきた武門だ。兵の練度も、将の呼吸も、寄せ集めの伯爵軍とは、まるで違う。俺の小細工とは、別の種類の強さだった。
「……なるほどな。戦ってのは、こうやるのか」
丘の上で見てて、素直に感心した。俺なら、魔法で片っ端から薙ぎ倒すか、搦め手で頭を潰すかしか思いつかない。でも侯爵のは、ちゃんと「軍」で「軍」を崩してる。
隣で馬を並べてるダリルが、あくびをしてから言った。
「侯爵んとこの兵、動きが違うな。うちの領兵とは別物だ」
「だな。年季が違う」
一刻もしないうちに、伯爵軍の野戦部隊は崩れて、残りは本拠の城へ逃げ込んだ。
石造りの古い城だ。堀があって、城壁に弓兵が並んでる。千五百のうち、城に入れたのは半分ほどか。それでも、まともに攻めれば、こっちもそれなりに死ぬ。
侯爵が、馬を寄せてきた。
「ここからだ、小僧。攻城となれば、城壁を落とすのに梯子と破城槌がいる。日数もかかるし、兵も死ぬ。……が、お前なら、何か考えがあるのだろう?」
全部見透かした顔で、口の端を上げてる。食えない人だ。
「ありますよ。みんな、ここで待っててください」
俺は、城から二百メートルほど離れた丘に馬を進めた。
収納を開く。奥に、一つだけ特別なのがしまってある。
全長一メートル、重さ一トンの、でかいフレシェットだ。
先を尖らせて、後ろに羽をつけてある。
胴体には、量産してる火薬が、ぱんぱんに詰まってる。
崖の上から何十回も落として、勢いを貯め続けたやつだ。
羽のおかげで、空気の抵抗に負けずに、どこまでも速くなった。もう音なんか置き去りだ。
城を一つ崩すために作った。
決闘のときは使えなかった。
観客はどうでもいいけど、デルやホール、ダリル、あの変な王女もいたからな。
威力がありすぎる兵器は、味方のいる場所じゃ使いづらい。
それは前世でもそうだった。
でも、今は違う。城の中にいるのは、伯爵と一族と近衛だけだ。遠慮する相手が、一人もいない。
俺の魔法は、前方十メートルの空中に物を出せる。
貯めた勢いも、出した瞬間にそのまま乗っていく。
つまり、ここで前に出した弾は、出た瞬間からマッハで、まっすぐ城へ飛ぶわけだ。
あとは慣性と羽根が、残りの二百メートルを運んでくれる。
天守の一番奥。
伯爵がいるだろう辺りに狙いを定めて、そいつを出す。
出た瞬間、もう音より速い。
轟音は、あとから追いついていく。
二百メートル先の天守が、内側から膨れ上がった。
石壁が吹き飛んで、火薬が炸裂して、火の玉が天守を食い破る。
衝撃波が地面を伝ってきて、足の裏がびりびり震えた。
城が崩れていく。
天守が傾いて、城壁が落ちて、兵ごと、瓦礫の下に消えた。
「……は?」
ダリルが、間抜けな声を出した。
「おい、城が……城が消えたぞ! 何だ今の!?」
後ろの三千も、声もなく固まってる。
あれだけ統制の取れた動きをしてた諸侯の兵が、全員、口を開けたまま崩れた城を見てた。
ただ一人、侯爵だけが、腕を組んだまま、低く唸った。
「……化け物め。王都の連中が、こいつを飼い殺しにしようとしたのが、つくづく分からんな」
まあ、理解されても困るしな。俺は聞こえないふりをした。
丘を下りて、崩れた城に歩いていく。
瓦礫を土魔法でどけて、邪魔な石は収納していく。
探してるのは一つだけだ。
金色の鎧が、瓦礫の隙間に見えた。
半分埋まって、焼けて黒くなってる。その首を掘り出す。
伯爵の首だった。
驚いたような顔のまま固まってる。
最後に何が起きたか、分からなかったんだろう。
息子のアレキサンドルと、同じ顔だな。
首を収納にしまった。あとで使うからな。
「焼け」
領兵に合図を送ると、焼夷弾の迫撃砲が城跡に撃ち込まれた。
油と火薬を混ぜた弾が瓦礫の上で炸裂して、城跡を舐めるように燃やしていく。
石の城が、黒い煙を上げて燃えた。
これで、ベルンハルト伯爵家は終わりだ。
しばらく眺めてたけど、別に、何も感じないな。
クラウスを斬ったときみたいに胸の奥が動く感じは、まるでなかった。
伯爵は、俺にとっては「約定を破った、片付けるべき家」でしかない。それだけなんだろう。
空を見上げると、ずっと垂れこめてた雲が切れて、晴れ間が出てきてた。でも、まだすっきりとは晴れない。
当然だな。
本当に片をつけなきゃいけないのは、この城に立てこもってた伯爵や兵たちじゃない。
この討伐を、俺に丸投げした連中だ。
兵も兵糧も馬も出さず、昇爵もさせず、男爵のまま戦場に送り出して、勝手に潰れろと思ってた、あの王城の連中。
収納の中には、二つの首がある。
伯爵の首と、ずっと返せずにいたアレキサンドルの首。
王都に持って帰って、二つまとめて、叩き返きつけてやる。
……腐りかけだからな喜ぶだろうさ
「面白い」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマーク登録】や【いいね】、【ポイント評価(下部の★★★★★)】で応援をいただけますと、執筆の大きな励みになります。




