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年上の彼女と、年下の彼氏になる日

翌日、クライアントからの返事は、昼前に届いた。


修正案をベースに進行。

スケジュールも現実的な線で再調整。

責任の所在について触れた一文は、消えていた。


「……通った」


思わず、声が漏れる。

肩から力が抜けて、椅子に深く座り直した。


真由が振り返る。


「佐倉さん、今の顔、久しぶりに見た」


「どんな顔?」


「ちゃんと、安心してる顔」


紗季は、苦笑しながら頷いた。

昨日、自分がどれだけ張りつめていたのか、今になって分かる。


スマホが震えた。


【律】

『通りましたね』


すぐに返信。


『ありがとう。助けられました』


少し迷ってから、続ける。


『今夜、少し時間ある?』


既読。

数秒後。


『もちろん』

『お祝い、ですね』


仕事を定時で切り上げる。

それだけで、胸が軽い。


待ち合わせは、あのカフェの近くのレストランだった。

落ち着いた照明、静かな音楽。


「定時、珍しいですね」


「昨日までが嘘みたい」


席に着くと、ワインを頼む。

グラスが運ばれてきて、二人で軽く合わせた。


「お疲れさまでした」


「律くんも」


一口飲んで、紗季は息をつく。


「ねえ」


「はい」


「昨日、私……だいぶ情けなかったよね」


「思ってません」


即答。


「弱音、いっぱい吐いたし」


「弱音じゃないです。信頼です」


その言葉に、胸がじんとする。


料理が進み、会話も自然に流れる。

ふと、紗季は真剣な顔になった。


「……私さ」


「はい」


「年下ってだけで、壁作ってた」


律は黙って聞いている。


「自分がちゃんとしてないと、ダメだと思ってた。年上なんだから、余裕があるべきだって」


「でも」


律が、優しく言葉を繋ぐ。


「紗季さん、余裕ないときほど、魅力的でした」


「それ、褒めてる?」


「本気です」


紗季は、少しだけ視線を逸らす。

照れるなんて、何年ぶりだろう。


「……律くんは」


「はい」


「年下で、嫌じゃない?」


「嫌だったら、ここにいません」


きっぱりとした答え。


「紗季さんが年上なの、僕にとっては誇らしいです」


「誇らしい?」


「ちゃんと積み上げてきた人だって、分かるから」


その言葉に、紗季の目が熱くなる。


「……ずるいな」


「年下の特権です」


ふっと、二人で笑った。


沈黙が落ちる。

でも、逃げたくなる沈黙じゃない。


紗季は、意を決して言った。


「私ね、恋愛、怖くなってた」


「……はい」


「仕事も、年齢も、全部失う気がして」


律は、少しだけ考えてから答えた。


「失わないです。僕が、減らさせません」


「なにそれ」


「守るとか、支えるとかじゃなくて。一緒に持ちます」


紗季は、胸がいっぱいになるのを感じた。


「……私、甘えていい?」


「もちろん」


「年上だけど」


「年上でも」


律は微笑む。


「僕の彼女になってくれますか」


心臓が、大きく跳ねた。


「……即答、していい?」


「はい」


「私も、本気」


そう言った瞬間、律の表情がほどける。


「じゃあ」


テーブル越しに、律が手を差し出す。

紗季は一瞬ためらってから、その手を取った。


温かい。

頼れる。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


店を出ると、夜風が心地いい。

並んで歩きながら、律が言う。


「年上の彼女」


「なに?」


「甘えるの、禁止しませんから」


「……覚悟してね」


「望むところです」


駅の前で、立ち止まる。


「送る?」


「今日は、送られる」


そう言って、紗季は笑った。


電車を待つ間、自然に肩が触れる。

誰の目も気にならない。


年上だから、強くなければいけない。

そんなルールは、もういらない。


紗季は、隣に立つ年下の彼を見て思う。


――残業は、終わった。

――これからは、二人で帰ろう。


ハッピーエンドは、静かに、でも確かに、ここにあった。

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