1_04_冷静にブチギレる主人公
監視役を排除し戻ると、そこには地面に倒れるシャーロット殿下と今にも斬られそうなエマがいた。
「貴様ら殺されたいのか……?」
襲撃者たちは何が起こったのか分からなかっただろう。
突然空から降ってきた男に仲間の頭を踏みつけられているのだ。
「エマ、怪我は?」
「左肩を浅く斬られただけです。第二王女殿下は麻痺毒を刺されました。申し訳ありません」
「いや、よく耐えてくれた」
一歩間違えればエマと殿下が殺されていたかもしれない。
判断ミスをした自分と、敵への怒りが脳内を支配しようとする。
俺はその怒りを冷静に抑え、身体強化を始める。
「さて、始めようか」
俺の隙を見つけられず、ずっと固まっていた襲撃者達にそう告げる。
――――――――――
襲撃者を無力化し、シャーロット殿下の容態を馬車の中で確認していると、剣を抜いた衛兵たちが雪崩れ込むように路地へ入ってきた。
恐らく監視役の連絡が途切れて数分経っているので、周辺を封鎖していた敵人員が撤退したのだろう。
「なっ……これは、一体……!近衛騎士が二人も……!?」
「あれは王家の馬車じゃないか!」
「そこに転がっている男たちを捕らえろ!」
衛兵の部隊長が、惨状に目を見開きながらも的確に指示を飛ばしていく。
衛兵たちが意識を失っている襲撃者たちを取り押さえ、周囲を固めていく。その動きは迅速で、練度の高さをうかがわせた。
「第二王女殿下の隣にいるのはどなたd……ルーク様ではありませんか!」
部隊長の鋭い目が俺を射抜くと、困惑に変わった。
面識のある俺が渦中にいたからだろう。
「久しぶりだな部隊長殿。取り敢えず先に、麻痺毒を受けた殿下を王城に連れていきたい。念の為エマを残していくが、賊には気を付けるように」
「承知しました」
「騎士団は私が連れてくる。それまで頼んだぞ」
「はっ」
「エマ、ここは任せる」
「はい!ルーク様」
最後に監視役が転がっている場所も伝えて馬車の中に戻る。
馬車の座席にはシャーロット殿下が横になっている。
「シャーロット殿下、失礼します」
そう言って俺は、シャーロット殿下の綺麗なワインレッドの髪を挟まないように、背中へ右腕を回す。左腕を殿下の膝裏へ回わしそのまま持ち上げる。
所謂お姫様抱っこである。
「――ッ」
恐らく麻痺毒だろうが、言葉を発せない上抵抗も出来ないので、シャーロット殿下は顔を赤くして屈辱に震えていた。
マジで申し訳ないが、俺が運ぶのが一番早いので我慢してほしい。
この行動の正当性が王家に認められなかった場合、最悪物理的に首が飛ぶが土下座で何とか許してくれないだろうか?
細心の注意を払い、身体強化を使って出来るだけ全速力で走る。
麻痺毒は重症化すると呼吸麻痺になる可能性があるので、早めに治療させたい。
「何者だ!」
かなりの速さで王城の正門に着いた俺は門兵に止められた。
「エディンバラ公爵家子息のルークだ。こちらは第二王女殿下であり、至急医務室にお運びする必要がある」
「第二王女殿下の御顔を確認させていただきます……こちらへ!」
さすが優秀な近衛騎士は緊急時の対応も柔軟で助かる。
通してくれなかったら強引に突破するところだった。
「……はぁ」
医務室に無事預けることができた俺は安堵の溜息をはいた。
王立侍医団の手にかかれば問題ないだろう。
シャーロット殿下に大事なくて本当に良かった。
その後第一騎士団を襲撃現場に案内し、状況を引き継いだ俺は、エマと共に報告のため王城へと戻る。
俺とエマは別々の部屋に通され、それぞれ長時間の事情聴取を受けることになった。
シャーロット殿下がどう話すか分からないので、ある程度行動を正直に話す。
明らかに一学生の範囲を超えた行動なので、俺が公爵家の人間じゃなかったら冗談だと鼻で笑われていただろう。
それでも、シャーロット殿下が証言できるまでの数時間は実質的な軟禁状態にされた。
――――――――――
翌日、俺は回復したシャーロット殿下に呼ばれていた。
通されたのは、王城の医務室とは別に用意された、陽当たりの良い静かな一室だった。
部屋の中央にあるソファに、ワインレッドの髪を揺らしながらシャーロット殿下は腰かけていた。
昨日の今日でまだ顔色は少しだけ白いが、その翡翠の瞳はまっすぐに俺を捉えている。
俺が部屋に入ると彼女はすっと立ち上がり、これまで見たこともないほど深くそして丁寧に頭を下げた。
「……ルーク・エディンバラ殿。昨日は、私の命を救っていただきありがとうございました」
その声には、以前のような氷の冷たさはなく、澄んだ感謝の響きがあった。
「顔を上げてください第二王女殿下。ご無事で何よりです。私は、仕事をしただけです」
「いいえ、貴方は学院内だけのはずです。それも私が拒絶してしまいましたが……」
俺の言葉を、彼女は強い意志の宿った瞳で遮った。
「あなたは任務以上のことをしてくださいました。私は……あなたにあのような無礼な態度をとったというのに……。なぜ、そこまでして私を?」
彼女は唇をきつく噛み締めた。その顔には後悔、そして自分自身への不甲斐なさが浮かんでいるように見えた。
「それに貴方の実力は、明らかに学生の枠を超えていました。隠してたと思われる実力を使ってまで何故……」
その問いに俺は少しだけ考えた後、正直に答えることにした。
「おっしゃる通り私の実力を知っているのは家族ぐらいです。理由ですか……殿下には申し訳ないですが、学院内では常に護衛していました。常に必死に努力して前へ進もうとなさる殿下の御姿に、心を動かされたのが一番の理由です」
それに実力を隠すという理由だけで見捨てるのも何かな。
俺の答えに彼女は驚いた後、目を伏せた。
「……わたくしは、愚かでした」
ぽつりと、彼女は呟いた。
「姉上と比べられることに焦り、自分の力を過信し……。そのうえ貴方の従者が命がけで戦う中、私は地に伏せていることしかできなかったっ……。あなただけでなく、あなたの従者であるエマ殿まで危険な目に遭わせてしまった。申し訳、ありませんでした」
再び深く頭を下げる彼女に、俺は慌てて歩み寄った。
「殿下、もう良いのです。エマも、殿下もご無事だった。それが全てです」
「ですが……!」
肩を押して顔を上げさせると、彼女は翡翠色の瞳を潤ませ必死に涙を堪えているようだった。
「それに、先ほども言いましたが」
俺は言葉を続ける。
「殿下が、誰よりも努力されていることは知っています。誰よりも強くあろうとしていることも。今は無力感を感じているかもしれませんが、それが大きく成長する糧になるでしょう」
俺の言葉に彼女は驚いたように顔を上げる。その瞳は決壊寸前だった。
「……ルーク殿、申し訳ありませんが胸をお借りしても?」
誰かに見られたら終わりだが、初めて彼女の弱々しい姿を見た俺は断れなかった。
「……はい」
それから彼女は、今まで溜めこんでいたであろう不安や悩みを泣きながらポツポツと語る。
「……ご、ごめんなさい。今まで話せる人がいなくて」
二時間後ぐらいだろうか落ち着いた彼女は俺から離れると、我に返ったのか頬を薄っすら赤らめながら謝罪した。
「それにルークと話していると安心感があって、おじいさまを思い出すの」
え?おじいさま……?
まあ……相手は王女だ。男として見られる方が問題あるか。
俺はシャーロット様が負い目を感じないように微笑んで答えた。
「シャーロット様の心が軽くなったなら良かったです」
「っ……」
シャーロット様は、話している間にだいぶ口調や態度が変わった。恐らくこちらが素なのだろう。
入学式の時の冷たい表情が嘘のようだ。
「そ、その……ルークに1つお願いがあります」
シャーロット様に目を戻すと、顔を赤らめながらも姿勢を正してこちらを見ていた。
「友人になっていただけませんか?……今度は陰からではなく、私の隣で、その力をお貸しいただきたいのです」
口調こそ戻ったが、それは王女としてではなく一人の人としてのお願いだった。
「――勿論です。シャーロット様」
彼女と立場を超えて話した二時間で、完全に情が湧いてしまった俺はそう答える。
「ありがとう、ルーク。それと私のことはシャーロットと呼んで」
「……二人だけの時なら」
髪を耳にかけながらそう答えたシャーロットはとても美しかった。




