1_05_自分で自分の首を絞める主人公
襲撃事件から数日後、俺とエマは国王陛下に呼び出されていた。
「二人とも今回は娘の命を救ってくれたこと、父として深く感謝する」
「陛下!どうか頭をお上げください」
非公式で、陛下とシャーロットしかいないが、まさか頭を下げるとは思わなかった。
「頭を下げたことは他の者には言うんじゃないぞ?私の側近は口うるさいのでな」
そう言って笑っている姿は、一見すると近所の気のいいおっさんにしか見えなかった。だが、その瞳の奥にはすべてを見透かすような王の知性が変わらず宿っている。
「勿論です。そんなこと言ったら私も面倒なことになりますよ」
「そうだろうな。はっはっはっ」
「……陛下は公式の場とは随分雰囲気が変わられますね」
俺はこれでも公爵家三男なので、それなりに陛下を目にしているほうだと思うが、公式の場では常に威厳のある有能な国王という感じだった。
「娘の命を救ってくれた者とは素で話すべきだと思ってな」
「ありがたき幸せです」
「堅苦しいではないか、もっとリラックスしても良いんだぞ?」
「……」
「お父様、二人が困ってしまうので程々にして下さい」
陛下の横に座っていたシャーロットが助けてくれた。
「と、シャルは言っているので自制しておこう。それよりも私はルークがどのような人間か興味がある」
「私……ですか?」
「そうだ。恐らく君だろう?最近は特に余裕のなさそうだったシャルが以前の様によく笑うようになった原因は」
シャーロットは驚いて自分の父を見ていた。
「そんなことを思ってたの?お父様」
「うむ……私やシャルの身近な人間ではどうすることも出来なかった。それを、今まで特に噂も聞かなかった公爵家三男が成し遂げたのでな。興味が出るのも当然であろう?」
「……左様ですか」
「お父様、なにか恥ずかしいので違う話をしてください」
確かに自分のこんな話を、目の前でされるのは恥ずかしいだろうな。
「そういえば、なぜラザフォード侯爵子息殿ではなく私を護衛に任命されたんですか?」
「それが、星詠院がどうしてもと言うのでな」
王立星詠院とはイグニス王国建国以前から存在するとされる、王国で最も古い学術、祭祀機関だ。
主に天体の観測、暦の作成、国の吉凶占いを行う学者集団だが、最も重要な役割はこの世界の根幹をなす魔力の流れを観測解読し、国家規模の災厄(干ばつ、疫病、魔物の大量発生など)を予知、それを未然に防ぐための儀式を執り行うことだ。
星詠院は、貴族間の派閥争いや政治闘争からは一線を画す中立的な立場を保っているが、その権威は国王ですら無視できない。
「なぜ護衛の人選に星詠院が?」
「そこが私も気になっているのだが、教えてくれなかったのだ。本来はそれなりの理由が必要であるが、ラザフォード侯爵が星詠院が言うのならと納得したんでな」
なぜ星詠院で急に俺の名前が出たのかが非常に気になる。
「だが、結果的に良かったではないか」
「そうですね、シャーロット殿下を助けることができて本当に良かったです」
あの時、違和感を感じることができて本当に良かった。
「此度の件は、何者がなんの目的でシャルを襲撃したのか全く分かっていない」
「情報機関の見解はどうなっているのですか?」
「……?その情報機関とやらはなんだ?」
陛下の問いに俺は内心で「しまった」と思った。
転生者である俺にとっては当たり前の概念も、この世界にはまだ存在しないのだ。
もし影の組織として存在していて国王が隠しているとしても、なぜ俺が知っているのかと言う話になるのでどちらにしてもまずい。
「失礼いたしました。私が勝手に考えた造語です。今回の襲撃者のように正体を隠し、影に潜んで事を起こす者たちがいるのであれば、こちらも同じように影に潜んで情報を集め、事前にその動きを察知して未然に防ぐための専門組織が必要ではないかと考えた次第です」
俺の説明に、陛下は「ふむ……」と深く頷き、何かを思案するように顎に手を当てた。
「情報……か、面白いことを考えるではないか。確かに戦でも斥候は重要だ」
「お父様、この国には情報機関というものが必要なのではありませんか?」
「うむ。今までにない発想だが、問題は情報をどうやって集めるかであるな。そこは考えておるのかルーク?」
「はい、一応案はあります」
俺の案じゃなくて前世の記憶ですけど。
「分かった。ちょうど三日後にある枢密院会議にルークも出席してくれ」
「はっ」
マジか。俺、スパイ映画しか見たことないんだけど。
失言のせいで俺は、三日間必死に前世の記憶を思い出すことになった。
――――――――――
三日後、俺は父と共に王城の枢密院会議室にいた。
円卓には国王陛下を始め、宰相や騎士総長など陛下の信頼が厚い重臣や顧問が顔を揃えている。
俺は父の後ろに立っているが、場違い感がすごい。
気まずさから目を閉じて直立していると、宰相の声が聞こえた。
「では枢密院会議を始める。が、今回はまず陛下からお話があるそうだ」
「うむ、此度の王女襲撃事件は非常に危なかった。エディンバラの三男がいなければ確実に誘拐か殺害されていたであろう。このようなことは二度と起こすわけにはいくまい。……そこで新たな国防の形について提案がある。シャーロット、ルーク」
「はい」「はっ」
まずは陛下の隣に座っているシャーロットが口を開く。
「皆さん、先日の襲撃事件ではご心配をおかけしました。ですが、わたくしはこのように無傷なのでご安心ください。そして、わたくしを守るために命を落とした誇り高き近衛騎士たちに、心から哀悼の意をしめします」
そう言って目を伏せたシャーロットと同じように、騎士総長も視線を落とした。
騎士総長はラザフォード侯爵家前当主、つまりマクシミリアンの祖父だ。
いくつかある騎士団全てをまとめる騎士総長はその白髪と立派な髭、刻まれた皺からわかるように既にそれなりの年齢だ。
だが、広い肩幅と鎧越しでもわかる筋肉の厚みは、年齢を感じさせぬほどに覇気を放っている。
「わたくしたちは、この事件で1つの厳しい現実に直面しました。確かに我がイグニス王国の騎士団は、陽の光の下で戦う最強の剣であり盾です。その武勇と栄誉は誰にも揺るがすことはできません。
しかし、わたくしを襲った敵は陽の下にはいませんでした。彼らは影に潜み、名誉も誇りもなく、ただ目的を遂行するためだけに動いていたのです。
最強の剣でもどこにいるか分からない敵を斬ることはできません。
我々が目指すのは国家の目と耳。軍事だけでなく、政治、経済、あらゆる情報を集め、国の未来を脅かす全ての脅威に対処します。それは騎士団の役割を奪うものではなく、むしろ、騎士団という最強の剣が、振るうべき敵を正確に見定めるためのものです。
では、詳しい組織案などの質疑については、わたくしの命の恩人であり誰よりも早くこの脅威に気づいた、ルーク・エディンバラ殿から」
――――――――――
何とかなったー。
俺は心の中で安堵のため息をつく。
あれから一時間以上は質問攻めにあったが、何とか答えることができた。
特に騎士総長からは厳しい質問が多かった。
だが最終的には創設に一番賛同してくれたのは助かった。
質疑が落ち着いたところで、陛下が口を開く。
「これより、シャーロットを長官、ルーク・エディンバラを副長官とし、イグニス王国秘密情報局の創設を許可する!ただし、これは試みである。二人が学院を卒業するまでにその有用性を結果で示せ。――以上だ」




