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2_11_侯爵に実力を勘付かれたうえ、シャーロットとの仲を勘違いされる主人公

〈Charlotte`s perspective〉


 先頭車両への連結部。

 

 破壊された扉の残骸と、焦げ臭い匂いが漂う薄暗い通路を私は走っていた。


 数分前に感じたあの膨大な魔力の圧に覚えがあったからだ。


 数年前の襲撃事件、殺されかけているエマさんを見て激怒した彼が、本気を出した時のプレッシャーと全く同じだった。


 つまり、ルークが本気を出さざるを得ない状況に陥ったということだ。


 その圧がついさっき、列車が止まると同時に唐突に消えた。


 あの負けるところを想像できないような彼が、もしかしたら死んでしまったのではないか。そう考え始めると、嫌な想像に歯止めが利かなくなってしまった。


 居ても立っても居られなくなった私は、ラザフォード侯爵の制止を無視して部屋を飛び出した。


 「……ルーク!」

 

 彼の軽鎧は所々破損しており、片腕をだらりと下げた彼が壁に手をつきながら歩いてきていた。


 「……シャーロット。怪我はないか?」

 

 私を見て、彼はいつものように優しく微笑んだ。


 でも、その顔色は紙のように白く、口元には血の跡が残っている。

 

 私は彼に駆け寄り、倒れそうになるその体を抱き留めた。寝間着にガウンという王族にあるまじき格好だけれど、そんなことはどうでもよかった。

 

 「馬鹿……! なんて顔をしてるの……! 無茶ばかりして!」

 

 涙が溢れて止まらなかった。


 王女としての体面も外交官としての立場も、今はどうでもよかった。


 ただ友人が、大切な人が生きて帰ってきてくれたことが嬉しくてたまらなかった。

 

 ルークは私の肩に額を預け、安堵したように息を吐く。


 「……約束通り、帰ってきただろう?」


 耳元で囁かれる彼の声は少し掠れていたけれど、いつもの温かさを含んでいた。

 

 その声を聞いた瞬間、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れ、私は彼の胸に顔を埋めたまま声を殺して泣いた。


 彼が生きていてくれた。

 

 それだけのことがこれほどまでに嬉しくて、愛おしいなんて。


 ……この感情は友人として正しいのだろうか?


 「……殿下」


 背後から、低い声がかけられた。

 

 ラザフォード侯爵だ。


 侯爵は私たちの様子を見て、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 

 しかしすぐにその表情を引き締め、少し後ろに続いていた部下の騎士たちに向き直った。


 「総員、停止!」


 「か、閣下? 王女殿下は……」


 「先程の魔力に関しては……」


 「殿下は無事だ。あの魔力についても心当たりがある。だがここから先は足場が悪い。お前たちは客車の警備に戻り、乗客の動揺を鎮めろ。ここは私が確認する」


 「「「は、はっ!」」」


 侯爵の威厳ある命令に、騎士たちは敬礼して踵を返した。

 

 足音が遠ざかるのを確認してから、侯爵は改めて私たちに向き直った。


 その鋭い視線が、私の腕の中にいるルークとその少し奥にある破壊された機関室の惨状を行き来する。


 沈黙が落ちる。


 私はハッとして、慌ててルークから離れようとした。王女が騎士に抱きつくなど外聞が悪すぎる。


 だが、ルークは動じなかった。ボロボロの体のまま、ふらつく足で私の前に立ち、騎士の礼をとる。


 「……倒れそうなところを支えて頂きありがとうございます、殿下」


 「……」


 かなり無理がある言い訳だ。


 侯爵は何も言わずただじっとルークを見下ろしている。


 その目はいつもの厳しい上官の目ではなく、一人の戦士を評価する男の目だった。


 彼はルークの赤黒く変色した右腕を見て、何が起きたのか――ルークが何を犠牲にしてこの列車を救ったのかを、不完全ながらも悟ったようだった。


 侯爵は深く、深く息を吐き出した。


 「……ルーク・エディンバラ。優秀だとは思っていたが、まだ実力を隠していたとはな……」


 呆れたような、けれど深い敬意を含んだ声。


 彼は踵を返し、あえて私たちに背を向けた。


 「私は状況確認をする。……その間、部屋で少し休憩しているといい。少しの間なら戻らない」


 「……感謝いたします、団長」


 「礼を言うのはこちらだ。よくやった。……それと個人的にだが、殿下との仲を応援しよう」


 「――え?」


 何故か、少し微笑ましいといった顔で侯爵は歩いて行った。


 「なにか勘違いしているぞ、あれは」呆れた顔でそう呟くルークが、再びふらついたので支える。


 今はただ、彼が無事に帰ってきたことが嬉しかった。



――――――――――



 シャーロットに支えられながら客室に戻る中、車内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 急激な加速と急停車に怯えた乗客たちが、通路に出て不安そうに騒いでいる。

 

 そこへドワーフの一人が、低い声を張り上げて説明に回っていた。


 「静粛に! 静粛に願いたい! 状況を説明する!」


 ドワーフの声が響き渡り、ざわめきが少し収まる。


 「先ほどの暴走は、乗車していた帝国兵の一部が反乱を起こし、機関室を占拠しようとしたことが原因だ!」


 「な、なんだと!?」

 「帝国の兵士だと!?」


 乗客たちの間に衝撃が走る。


 流石仕事が早い。ウィンストン達がガリウスを使って情報操作を始めているのだろう。


 「帝国兵だと!? ふざけるな! 我々を殺す気か!」


 怒号が飛び交う中、顔面蒼白になっている男がいた。

 

 シュタール帝国の外交特使だ。

 

 身分を隠しているため、一緒になって非難している。

 

 そして、その様子を冷ややかな目で見つめる二人の男がいた。


 ホルン王国特使ゲオルグと、ベイル公国特使サリウスだ。


 俺は心の中で小さく笑った。

 

 彼らの思考は手に取るように分かる。


 『帝国兵が暴走して自爆しようとした? 馬鹿な、精鋭である帝国兵が勝手に動くわけがない』

 『だとすれば、これは命令だ。誰の? 帝国の、だ』

 『帝国は、証拠隠滅のために我々ごとこの列車を消し去ろうとしたのではないか?』


 疑心暗鬼の種は蒔かれた。

 

 あとは彼らが国に帰り、その懐にある偽造書を見た時、その種は決定的な敵意となって芽吹くはずだ。


 「……ルーク、注目がそれてるうちに早く部屋へ」


 「ああ、そうだな……」


 シャーロットに促され、俺は泥のように重い体を引きずって部屋へと戻った。



――――――――――



 数日後。ホルン王国、王城の一室。


 外部の音を一切遮断した密議室には、重苦しい沈黙が流れていた。

 

 円卓を囲むのは、ホルン国王とその重臣、そして帰国した特使ゲオルグだ。


 「……して、ゲオルグよ。帝国の『約束』はどうなった?」


 国王の問いに、ゲオルグは青ざめた顔で2つの物をテーブルに置いた。


 一つは、無残に焼け焦げた魔導回路の残骸。

 

 そしてもう一つは、封筒だ。


 「陛下……。まずは、この兵器の残骸をご覧ください」


 同席していた王宮魔導師長が残骸を検分し、首を横に振る。


 「酷いものです。回路がズタズタに焼き切れています。これは事故や故障ではありません。最初から魔力が逆流するように細工された、欠陥品です」


 「欠陥品だと……?」


 国王の眉がピクリと動く。


 「はい。もしこれを戦場で起動していれば、味方を巻き込んで自爆していたでしょう」


 ドンッ!

 

 国王が拳で机を叩いた。


 「おのれ帝国め! 我々に不良品を掴ませ、自滅させるつもりだったのか!」


 「それだけではございません、陛下」


 ゲオルグが震える手で封筒を差し出す。

 

 列車内でエレナたちがすり替えた、偽の密約書だ。


 「……中身を、ご覧ください」


 国王は封筒から、中の羊皮紙を取り出した。

 

 そこに記されていたのは、シュタール帝国軍団長の印が押された、極秘指令書、という体裁の偽造文書だ。


 『――ホルン及びベイル軍を先鋒としてイグニス騎士団と衝突させ、その戦力を消耗させること』

 『両国の軍が壊滅した後、帝国軍は「保護」の名目で進駐し、王族及び主要貴族を排除。両国を帝国の属州として併合する――』


 読み進めるごとに国王の顔が朱色に染まり、やがてどす黒い怒りへと変わっていく。


 「あやつらぁぁぁぁぁ……!!」


 ビリビリと羊皮紙が引き裂かれた。


 「最初から! 最初から我々を同盟国などとは思っていなかったのか! 捨て駒か! 我が国を、餌にするつもりだったのか!」


 「陛下! ベイル公国からも早馬が到着しました!」


 伝令兵が部屋に飛び込んでくる。


 「 『帝国は信用ならず。同盟は白紙撤回する』と!」


 「当然だ!直ちに国境の警備を固めろ! イグニスではなく帝国を警戒するのだ!」


 国王の怒号が響き渡る。

 

 こうして、大陸を揺るがすはずだった三国軍事同盟は誰にも知られることなく、水面下で最悪の形で崩壊した。



――――――――――



 シュタール帝国、帝都。

 

 華やかな地上の繁栄とは裏腹にその地下深くには、光の届かない闇の世界が広がっている。

 

 帝国暗部組織『夜の狼(ナハトヴォルフ)』総本部。


 冷たい石造りの執務室で、一人の男が報告書を読んでいた。

 

 ナハトヴォルフを統べる総帥。

 

 感情を感じさせない氷のような瞳を持つ男だ。


 「……ファング隊、全滅。動力炉、喪失。ホルンおよびベイル、同盟より離反」


 彼は淡々と事実を口にする。怒りも、落胆もない。ただ、そこにある事実を分析しているだけだ。


 「ドワーフ国からは、『帝国兵の暴走』に対する公式抗議文が届いている。……筋書きとしては出来すぎだな」


 彼は指先で、チェス盤の駒――黒のナイトを弾いた。

 

 駒はクルクルと回転し、盤上から落ちる。


 「ファングは少し精神面が不安定だが優秀な駒だった。それが、イグニスの騎士ごときに後れを取るはずがない。ましてや、これほど鮮やかに痕跡を消され逆に利用されるなど」


 彼の脳裏にある可能性が浮かび上がる。


 イグニス王国は『騎士の国』だ。正々堂々を旨とし、謀略を嫌う。だからこそ今回の作戦は成功するはずだった。騎士団にはこのような裏工作は不可能だからだ。


 「騎士団ではない。……イグニスには、我々の知らない()()がいる」


 総帥は立ち上がり、壁に貼られた大陸地図――イグニス王国の王都を指でなぞった。


 「影に潜み、我々と同じ手口で我々を上回る組織が」


 正体は不明。規模も不明。だがナハトヴォルフの牙を折り、帝国の覇道を阻む明確な敵。


 「……面白い」


 総帥は冷酷に微笑み、闇に向かって指令を下した。


 「イグニスに潜む影を洗え。正体不明のネズミを……一匹残らず駆除するのだ」


 闇の奥で、赤い瞳がギラリと光った。


 この日を境に、イグニス王国秘密情報局と、帝国暗部ナハトヴォルフの暗闘は新たなフェーズへと突入することになる。

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