2_12_様子がおかしいシャーロットに困惑する主人公
〈Charlotte`s perspective〉
南方の聖王国での公務を無事に終え、私たちは帰国の途についていた。
魔導列車の一等客室。その車窓から流れるのどかな平原を眺めながら、私は今回の旅で出会った不思議な少女のことを思い出していた。
聖王国の象徴であり、神の愛し子とされる聖女様。桃色で腰に届くほどの長髪に、エマさんと同じ位の身長でまだ13歳だという彼女は式典の最中、護衛として控えていたルークをじっと見つめていた。
そしてすれ違いざまに小さな声で、こう囁いたのだ。
『……貴方の魂の色は、とても不思議ですね。この世界にはない、遠い星の輝きを感じます』
ルークは一瞬驚いた顔をしていたけれど、すぐに「恐縮です」と流していた。でも私には、彼女の言葉がただの挨拶には聞こえなかった。
(ルークも心当たりがあるような顔をしていたし……不思議な治癒の力を持つと言われる聖女様だから……)
聖女様とはその後、友好的な関係を築くことができた。個人的な文通の約束も取り付けたので、いずれ彼女に尋ねてみるのもいいかもしれない。
「殿下、もうすぐ国境駅です」
エマさんの声で、私は思考の海から浮上した。
――――――――――
列車を降り、王都へ向かう馬車への乗り換えの際、俺は一人プラットホームの端へ向かった。
そこには、次の運行に向けて整備を指揮するドワーフの背中があった。
「ガリウスさん」
声をかけると、屈強なドワーフが振り返る。
彼は俺の顔を見ると、ニカっと白い歯を見せて笑った。
「よう、竜人様のお帰りか」
「よしてくれ。俺はただの人間だ」
「ふん、どうだかな。あの暴走を止めた魔力、ワシは一生忘れんぞ。それと俺のことはガリウスと呼べ」
ガリウスはオイルで汚れた手袋を外し、太い手を差し出してきた。
俺はその手をしっかりと握り返す。
「……この借りはでかいぞ。ワシらドワーフは受けた恩は倍にして返すのが流儀だ」
彼は声を落とし、俺にだけ聞こえるように囁いた。
「今後はお前のところに協力する。使いの人間がたまに来るんだろ?」
「! ……感謝する。困ったことがあれば『副長官に伝言』だと伝えてくれ」
ナハトヴォルフの協力者がいると思われるドワーフ国鉄道省に、こちらも協力者を作れたことは大きな戦果だ。
「元気でな。また乗りに来いよ!」
豪快に笑うガリウスに別れを告げ、俺はイグニス王国への帰還馬車に乗り込んだ。
馬車の中では護衛総責任者のラザフォード侯爵が、厳しい表情で腕を組んでいた。
だが俺が乗り込むと、その表情がわずかに和らいだ。
「……ルーク」
「はっ」
「先日、ガリウス殿から『ルークがいなければ、わしらは今頃死んでいただろうな』と聞いたぞ」
侯爵の眼光が俺を射抜く。だが、そこにあるのは信頼と強い敬意だった。
「技術的な難しい話をされて理解はできなかったが、ドワーフがあそこまで人間を認めるのは稀だ。……相当な修羅場だったのだろうな」
「……いえ。私はただ、彼の指示に従っただけですので」
俺がとぼけると、侯爵はフッと鼻で笑った。
「謙遜もそこまでいくと嫌味だな。まあいい多くは聞くまい。だが、お前のような男が部下であることを、私は誇りに思う」
彼は俺の肩に、重厚な手を置いた。
「帰国したら陛下に勲章の授与を推薦するつもりだ。覚悟しておけ」
「……光栄です」
俺は深く頭を下げた。
「隠している実力も気になる事だし、帰ったら剣術の方も見せてもらおうか」
「え」
――――――――――
数日後。王城、枢密院会議室。
円卓にはお馴染みの枢密院メンバーが顔を揃えていた。
俺とシャーロットは、今回の任務の全貌と結末を報告していた。
「……以上が、今回の作戦の全容です」
シャーロットが報告書を閉じる。
室内は静まり返っていた。
動力炉の破壊、密約書のすり替え、そしてホルン・ベイル両国の離反と三国同盟の崩壊。
その全てがたった数名の工作員によって、誰にも知られることなく成し遂げられたのだ。
「……見事だ」
沈黙を破ったのは騎士総長だった。白髪の老騎士は、信じられないものを見る目で俺を見つめていた。
「まさか創設数か月でこれほどの戦果を上げるとは……。影の力がこれほどまでに国を救うとはな」
彼は深く嘆息し、天井を仰いだ。
「我が息子もお前のことを騎士としても高く評価していた。『末恐ろしい男だ』とな。……あいつもお前の背中を見て学ぶべきかもしれん」
騎士の頂点に立つ男からの、最大級の賛辞だった。
「うむ。よくやった、二人とも」
国王陛下が満足げに頷く。
「これで春の侵攻は回避された。だが……これで帝国もお前たちの存在に気づきつつあるのだろう?これからはより一層、厳しい戦いになるのではないか?」
「はい。覚悟の上です」
俺とシャーロットは同時に答え、深く一礼した。
公式には、今回の事件は「帝国兵の暴走」として処理され、イグニス王国は一切関与していないことになっている。
新たな戦いの予感を背中に感じながら、俺たちは王城を後にした。
――――――――――
その夜。シルヴァネル商会の地下、秘密情報局本部。
「――かんぱーい!!」
賑やかな声が壁に反響する。
久しぶりに全員が揃った本部で、ささやかな祝勝会が開かれていた。
テーブルにはウィンストンが腕を振るった極上の料理が並んでいる。元暗殺者とは思えない家庭的な味に、メンバーの頬が緩む。
「それにしても、今回は綱渡りでしたね」
スキンヘッドに魔導光灯の光を反射させているサイラスが、骨付き肉をかじりながら笑う。
「ああ。だが結果は上々だろう。それに、」
俺は手元の書類に目を落とす。そこには正式創設から数ヶ月で採用された、新人諜報員たちの配属リストがあった。
「新人の訓練も完了した。ドワーフの鉄道省に新たな協力者も確保した。……組織は順調に拡大しているな」
「私の分析班も増員が必要。データ処理が追いつかない」
イヴがぼそりと言いながら、山盛りのサラダを黙々と食べている。
そんな中、上機嫌な声が響いた。
「ふふん! でも、今回のMVPは間違いなく私ですね!」
エレナだ。彼女はドレスの裾を翻し、胸を張ってテーブルの前に進み出た。
「完璧な変装、華麗な給仕、そして神業のすり替え!の補佐。私がいなければ、この作戦は成り立ちませんでした!」
「はい、すごいですエレナさん」
エマが苦笑しながら拍手を送る。調子に乗ったエレナは、置いてあったシャンパンボトルを手に取った。
「さあ、勝利の美酒を……!」
彼女は勢いよくコルクを抜いた。
ポンッ!!
小気味よい音と共に飛び出したコルクは、天井の配管に当たり――
カンッ。
鋭角に跳ね返り、そのままエレナの広いおでこに直撃した。
「あだっ!?」
「ぶっ!」
「……あーあ」
エレナはその場にうずくまり、涙目で額を押さえる。
「い、いたぁ……。なんでピンポイントで跳ね返ってくるの……?」
「日頃の行いでしょうな」
ウィンストンが冷やしたタオルを差し出しながら、楽しそうに笑う。本部には温かい笑い声が満ちた。
俺はその光景を眺めながら、隣に座るシャーロットに向き直った。
「……お疲れ様、シャーロット」
俺は彼女にだけ聞こえる声で、優しく労った。
王女として、外交官として、そして長官として。誰よりもプレッシャーを感じていたのは彼女のはずだ。
「……」
ワインレッドの髪を揺らしてシャーロットが顔を上げる。
俺と目が合った瞬間、彼女の白い頬がカァッと音を立てんばかりに赤く染まった。
「あ、う……お、お疲れ様……ルーク……」
彼女は慌てて視線を逸らし、手元のグラスを両手で包み込んで俯いてしまった。その耳まで赤くなっている。
「……?」
どこか最近様子がおかしい。俺が不思議に思って首を傾げていると、向かいでケーキを食べていたエマがフォークを止めてこちらを凝視していた。
「え……」
エマは驚いたように目を丸くし、それからニマニマとした笑みを浮かべて俺とシャーロットを交互に見比べる。
「ど、どうしたんだエマ。そんな顔して」
「いえー? なーんでもありませんよルーク様?ご友人がようやく自覚したんじゃないですかー?」
「はぁ?」
エマの意味深な言葉に、俺はますます首を傾げるばかりだった。
賑やかに夜は更けていく。
帝国の脅威は去ったわけではない。
だがこの仲間たち、この情報局ならどんな闇も切り裂いていける。
そう確信できる夜だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!これにて第2章は完結となります。
本当は第1章で終わらす予定だった…などの話や皆様への感謝を詳しく活動報告に書いています。もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです!
さて、明日からは第3章がスタートします!と言いたいところですが、展開を考え中ですので、間章で6話ほど挟みたいと思います。ラブコメを楽しんでいただけると嬉しいです。
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改めまして、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。読んでくださるあなたのおかげで、こうして書き続けることができています。これからもよろしくお願いします!




