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第20話 期待の文面と、正体不明のプレイヤー

 意識がゆっくりと浮上する。

 カーテンの隙間から差し込む光が、もう朝であることを告げていた。


 ベッドから重い身体を起こすと、つけっぱなしになっていたPCのモニターが煌々と光を放っているのが見えた。


(…あぁそうか。俺、動画をアップして、そのまま…)


 昨夜の記憶が断片的に蘇る。

 絶望的な状況で衝動的に動画を制作し、藁にもすがるような祈りのメッセージを込めて、投稿したことを。


 自然と自嘲の笑みがこぼれた。

 あんなもので何かが変わるはずもない。


 それでも俺は吸い寄せられるようにPCの前に座る。

 もしかしたら、という万に一つの奇跡を期待してしまう自分がひどく滑稽だ。


 半分諦めながらモニターに目を向けると,画面の隅に表示された新着メールの通知アイコンが映る。


 ドクン、心臓が大きく跳ねた。

 ――まさか。


 震える指で、俺は受信トレイを開く。

 そこには一通の新着メールが届いていた。


 差出人の名前は『R』というアルファベット一文字。

 件名は『動画を拝見しました』の端的な文。


(…悪戯の可能性は大いにある。期待しすぎるなよ、俺…)


 一度深呼吸をしてからメールを開封し、最大化で表示した。


『はじめまして、Rと申します。

 ナオ様の新しい動画、拝見しました。募集をされていると知り、いてもたってもいられず、ご連絡しました。


 以前投稿されていたFPS入門の動画から、ずっとチャンネルを拝見しています。

 ナオ様のゲームを深く分析する姿勢を、いつも本当にすごいなと思っていました。


 私で力になれることがあるかは分かりませんが、もしよろしければ、詳しいお話を聞かせていただけないでしょうか。


 よろしくお願いいたしますm(_ _)m』


 文面にはビジネスメールのような堅苦しさはないが、一文一文から誠実な人柄と俺の動画への純粋なリスペクトがひしひしと伝わってくる、いわゆるファンメールのような温かさがある。


(…すごい、というか単純に嬉しいな。俺みたいな過疎チャンネルをここまで褒めてくれる人がいるなんて…)


 俺は、逸る気持ちを必死に抑えつけた。


 焦るな。だが、この文面を書ける人間が悪戯や冷やかしであるはずがない。

 こちらも礼を尽くさねばと、俺は手早く返信を打ち込んだ。


『ご連絡ありがとうございます。「ナオ」です。

 大変恐縮ですが、お話の前にあなたのFPSの実力を拝見させていただけますでしょうか。


 差し支えなければ、直近のプレイ動画を数試合分ほどお送りいただけると幸いです。可能でしたらエーペックスのプレイを希望します』


 これでまずは相手の気持ちが本物かどうか分かるはずだ。

 ともあれ返信は早くても今日の夜か、あるいは明日か。


 そう思っていた、矢先だった。

 一時間も経たないうちに、再び通知が届く。


『承知いたしました。

 参考になるか分かりませんが、三試合分の録画データを添付いたします。

 ご確認のほど、よろしくお願い申し上げますm(_ _)m』


(…仕事が、早い)


 あまりにも丁寧で迅速な対応。俺はもはやこの『R』という人物が本気である事に何の疑いも抱いていなかった。


 高い期待を込めて添付された動画を再生する。

 そこに映っていたのは俺の想像や期待を軽く超越した光景だった。


 撃ち漏らしが一切ない、機械の如き精密なエイム。

 敵の行動を完璧に予測したかのような、神がかった立ち回り。


(…なんだ、こいつは。礼儀正しい文章とは裏腹に、戦闘スタイルはまるで狂戦士(バーサーカー)じゃないか…)


 自然と俺の脳裏に、このプレイヤーの造形が浮かび上がる。

 普段はインテリ風で優しい顔立ちだが、いざ戦いが始まると獰猛な牙を向いて暴れまわる強者――。


(…最高じゃないか。配信者として間違いなく逸材だ)


 興奮と安堵で、俺の思考は完全に「この男を確保する」という一点に集中していた。

 気付けば俺は、夢中で返信メールを打ち込んでいた。


『動画、拝見しました。素晴らしいの一言です。

 ぜひとも直接お会いして詳しいお話をさせていただきたい。


 ご都合の良い日時と場所をいくつか候補いただけないでしょうか』

 

 送信ボタンを押したコンマ数秒後。

 俺はふと我に返り、そして頭を抱えた。


(しまったあああ! なんだこの文章は! いきなり対面で会うとか、熱意が溢れすぎててキモいだろ! いくら男同士とはいえ、これじゃ警戒されてもう返信は来ない…終わった…)


 だが、そんな俺の絶望を救うかのように、すぐにRから返信が来る。


『お心遣いありがとうございます。

 私はいつでも大丈夫です。

 場所も、ナオ様にお任せいたします』


 良かった。どうにか交渉が続いたようで、俺は安堵の息を漏らす。


(いつでもいい、か。それはこっちとしても好都合だ)


 なら今夜の自枠配信までに話を付けておきたい。

 俺は駅前通りにある古びた喫茶店の名前を挙げ、返信した。


『ありがとうございます。

 では急な話ですが、今日の15時に〇〇駅前の喫茶店「カフェ・〇〇」にてお待ちしております。

 目印として、ノートPCを開いて待ってます』


 数分後、相手からの『承知いたしました』という短い返信を確認した俺は、時刻を見た。


 約束の時間まで、まだ数時間ある。

 俺は(はや)る気持ちを抑えてPCをスリープモードにし、クローゼットを開いた。


「…また、コイツの世話になるとはな…」


 その中から俺はかつて呪いの装備と呼んでいた一着を取り出すと、大事な交渉に向かうビジネスマンになった気持ちで、ゆっくりと袖を通した。


 ◇


 午後2時55分。

 指定した駅近くの少し寂れた喫茶店の隅の席で、俺はただひたすらに時が過ぎるのを待っていた。


 頼んでいた珈琲は既に半分以上飲んでしまった。

 緊張でやけに喉が渇く。


(メールの文面から察するに…きっと物静かで、理知的な青年が来るんだろうな…)


 そんな風に想像を膨らませていると、店のドアが開く。

 カラン、と寂れたベルの音が鳴った。


「…………」


 入ってきたのは、一人の少女だった。

 パーカーのフードを目深に被り、マスクで顔のほとんどが隠れている。背は低く、仮に黒木と並ぶと妹だと思われそうだ。


 俯きがちなその姿は、明らかに周囲の雰囲気から浮いていた。


(…なんだ、あの子。俺やオフの黒木よりも陰のオーラがすごいぞ…)


 その少女は、店内に入ったもののどうすればいいか分からないのか、入り口で完全に固まってしまっている。


 やがて、きょろきょろと怯えた様子で店内を見回し始めた。誰かを探しているのだろうか。そのくせ誰かと目が合うたびにビクリと肩を震わせ目を逸らす、を繰り返している。


(…挙動が、不審すぎる。というか、完全に不審者だ…)


 俺がそう思っていると、少女の視線がついにこちらを捉えた。

 目が合った、と思った瞬間。


「…………っっ!!!?」


 ビクッ!と、今までで一番大きく肩を跳ねさせると慌てて視線を逸らし、何かから逃げるように、早足でこちらに向かって歩き出した。


 しかし、慣れない状況でパニックになっていたのか。

 周囲への注意が、完全におろそかになっていた。


 ごつんっ!

 鈍い音と共に、彼女の額は通路の真ん中にあった柱と見事なまでに激突した。


「……っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、その場にうずくまる少女。

 さすがに周囲の客も「大丈夫?」とざわつき始める。


(だ、大丈夫かあの子!? というか、なんだって俺が待ち合わせをしている時に限ってあんな変な人が……)


 俺も一緒に席を立って声をかけるべきか、それとも無関心を貫くべきか。

 逡巡している、まさにその時。


 ピロン♪


 落ち着いた雰囲気の店内に、俺のスマホの通知音が間抜けに響き渡った。

 まさかと思い、慌てて画面を確認する。


 新着メールが一通。

 差出人は、『R』。


 件名は、『今、店の中にいます』。

 本文にはただ一言、こう書かれていた。


『…柱に、ぶつかりました。たすけて…』


 俺はメールの文面と、数メートル先でうずくまり、プルプルと震えているパーカーの塊とを、交互に見比べた。


 あいにく店の中には、他に柱とぶつかった人は居ない。

 というか疑うまでもない。きっと、この子が――。


(…ま、待て待てっ! 偶然かもしれないだろ…俺はまだ信じないぞっ!)


 だがその願いも虚しく、うずくまる彼女は明らかに助けを求めるように、こちらをチラチラと見ている。


 観念した俺は席を立ち、周囲の客に無言でペコペコと頭を下げながら、うずくまる彼女の元へと向かった。


「だ、大丈夫…ですか?」


 俺が目の前に立つと、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 フードの隙間から、涙目になっているのが分かる。


「……ぁ……っ……ぇ……と……」

「…な、なんて?」


 聞き取れず俺が聞き返すと、彼女は「もう無理だ」とでも言うように、ぶんぶんと首を横に振った。

 そして、ぜえぜえと肩で息をしながら、最終手段とばかりに震える手でスマホの画面をこちらに見せた。


 そこには黒い背景に白い文字で、こう表示されていた。


『R、です』


 メールの文面、あの超絶プレイから、頭の中で完璧に組み立てられていた『R』の人物像が、目の前の満身創痍で涙目になっている少女によって、木っ端微塵に砕け散った。


(……や、やっぱりこの女の子が、『R』だったのか……!?)

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