↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/41

第19話 理想の募集と、原点へのリグレッション

 会議の翌日。


 Starlight-VERSEの公式Twitterアカウントから一枚の画像と共に、新人オーディションの告知ツイートが発信された。


 俺と黒木が夜なべして作った、手作り感満載の募集要項。

 そこには、社長の言葉がそのまま力強いフォントで記されていた。


『経歴・器用さ不問! 誰にも負けない『武器』と、『本気の情熱』を持った仲間を求む!』


 俺たちは固唾を飲んでその反響を見守った。

 先日のバズの勢いがあればこのツイートも瞬く間に拡散され、多くの才能の目に留まるはずだ。事務所の誰もがそう信じていた。


 ――だが、現実は非情だった。


 リツイートの数は、数時間経っても思うように伸びず。

 リプライのほとんどは既存のファンからのものだ。


【新人募集!?】

【スタライ攻めるなぁ!】

【どんな人が来るか楽しみです!】


 といった温かい応援コメントは付くものの、その輪は俺たちの小さなコミュニティの中からほとんど外に広がらなかった。


 伸び悩むリツイート数を眺めながら、社長が遠い目をして呟く。


「…うーむ。おかしいな。私の計算では今頃は応募が殺到して、サーバーがダウンしているはずだったんだが…」

「社長~、うちの事務所にそんな立派なサーバーないですって~」

「そうだった! はっはっは…」

「にゃははは~…」


 黒木と社長の乾いた笑い声が、静かな事務所に虚しく響いた。

 俺は二人のやり取りを聞きながら、告知ツイートの引用コメントを開き、静かに目を落とす。


 ほとんどは「頑張れ!」「楽しみ!」といった応援の言葉だ。

 だが、その温かい声援の合間に、いくつか、氷のように冷たい言葉が混じっていた。


『気持ちは分かるけど、過去のことがあるからなぁ…。応募する人は慎重に』

『また同じことにならなきゃいいけど。タレントは大事にしてあげてね』

『いい事務所だと思うよ。…“今”はね』


 数は少ないが、そこには今回の停滞の一因を揶揄したような、ネガティブな言葉が並んでいた。


(…なるほど。これは相当根が深い問題だ)


 今の黒木を否定する人間は居ない。だが、事務所に対しては未だに根強い拒否感が残っている。アスクロのバズはあくまで個人の功績であり、Starlight-VERSEという事務所そのものには、まだ世間を動かすだけの『信頼』がないのだ。


 分析を終えた俺は二人に気づかれないよう、そっとブラウザのウィンドウを閉じた。この現実は、まだ俺一人の胸の内に留めておくべきだ。


 ◇


 応募受付を開始してから、数日が過ぎた。


 メールボックスに届いた応募は数えるほどしかない。

 拡散されなかったのだから、当然だった。


 それでもその数少ない応募書類に目を通すため、俺たち三人は事務所のモニターの前に集まっていた。


 カチリ、と俺のマウスのクリック音だけが静かな事務所に響く。

 画面に、一人目の応募者の情報が表示された。


「……『武器:ベンチプレス150kg』…」


 ムキムキの男性が自慢の筋肉をアピールしている動画が流れる。


 隣で黒木が「あはは…」と乾いた笑いを漏らした。

 社長は、無言で胃薬のシートに手を伸ばしている。


 カチリ。次の応募者。

 びっしりと画面を埋め尽くす、黒木への愛を綴ったポエム。

 当の本人は頬を引きつらせ、両手でバツ印を作っている。


 カチリ。次の応募者。

 応募理由にはただ一言、『金が欲しい』だけ。

 職歴も動画も何もない。


 そして、ついに最後の応募メールを開き終えた時。

 俺は、そっとブラウザのウィンドウを閉じた。


 しん、と静まり返った事務所。

 誰からともなく、重いため息が漏れる。


 やがて、黒木と社長がすがるような目でこちらを見た。

 俺もただ黙って二人を見返す。


 言葉はいらなかった。

 俺たちの表情が、すべてを物語っていた。


「……こ、個性的、な方が、多い、ですね…」


 必死に絞り出した黒木の言葉が、虚しく宙を舞う。


 そのあまりにも健気なフォローを聞いて、社長はついに胃薬を口に放り込み、水で流し込んだ。そして、絞り出すように重い口を開いた。


「…ああ。個性的すぎて、これが本気の応募なのか単なる悪戯なのか、私にはもう判別もつかんよ…」


 その深い疲労に満ちた言葉に、俺は静かにはっきりと意見を述べた。


「…おそらく、その両方でしょう。 話題に乗じた愉快犯が半数。残りの半数が、本気だとしたら…それはそれで、問題ですが」

「うっ…」


 俺の容赦のない分析に、社長がさらに顔を青くする。黒木も「須藤さん、言い方…!」と小声で俺を咎めるが、今は綺麗事を言っている場合ではなかった。


「いずれにせよ現状、面接に進めるレベルの応募者はゼロです。加えてV王のエントリーの締切は来週の月曜、正午までですから…我々に残された時間は――」

「…もう、一週間しかないってことですか…!?」


 その言葉に、事務所の空気が一気に凍りつく。


 一週間。

 そのあまりに短い期間で、奇跡のような逸材を見つけ出し、採用を決めなければならない。


 社長は、天を仰いだ。


「…いくらなんでも、無茶だ…」


 俺は何も言わず、ただ、受信した全てのメールを選択し、新しく作った『検討中(事実上の不採用)』という名前のフォルダへ、まとめてドラッグ&ドロップした。


 その無慈悲な操作が、俺たちの出した無言の結論だった。

 重い空気が、事務所に沈殿していく。


 ◇


 その夜、俺は自宅のPCの前で完全に手詰まりの状態に陥っていた。


(公式の募集ではマトモな人間は来ない。かといって、他にどんな手がある? 何もない…)


 焦燥感に駆られた俺は、ふと既視感(デジャヴ)を覚えた。

 そういえばついこの間も似たような絶望感を味わったような。


(…あれは五社目の不採用通知が来たときだっけか。金欠も合わさってどうしようもなくなって、それで……)


 思い出した。

 あの時の俺は、自分の動画に救いを求めたんだ。


(…今更何が残ってると言うんだ)

 

 そう自嘲しつつも無意識に自分のチャンネルの動画一覧を開いた。そして、まるで墓標でも探すかのように、下へ下へとゆっくりとスクロールしていく。


「…あれ、これって…?」


 その中に、一本の古い動画があった。


『【FPS入門】今さら聞けないエイムの基本と、偏差撃ちの考え方【初心者向け】』


 それは俺のチャンネル内に唯一存在する、エーペックスの解説動画。

 まるで吸い寄せられるように、その動画を再生した。


 内容は少し齧っただけの素人が上手ぶって解説している、痛々しい動画だ。


(…懐かしいな。この頃の俺はFPSにハマってたんだっけ…)


 見れば再生数は246と、少ないながらも見てくれている人は居る。

 当時は気づかなかったが、コメントもちらほらあるようだ。


 中には異様に熱量の高い、いわゆる『キッズ』のようなコメントもあった。


(『神解説動画』って…はは、大げさすぎるだろ…)


 時間差で受け取った熱量が、俺の枯れた心に灯火を宿す。


 前みたいに凝った動画は作れない。

 ただ、この滾ったモチベーションをベッドに移して消し去るなんて、勿体なすぎて出来なかった。


(こんな、俺みたいな過疎チャンネルにも見てくれる人は居る…)


 気付けば俺は、一本の新しいFPS動画を制作し始めた。


 それはかつての入門動画の続編とも言える、チーム連携の重要性とそのロジックについて、淡々と、しかし熱を込めて解説する動画。


 そして、その動画の最後。

 エンドロールの隅に、普段の俺らしからぬ小さな願望を書き加えた。


『FPS経験者の方へ、お願いがあります』


『誠に勝手ながら、こちらの活動を助けていただける方を一名探しています。

チームでの活動経験や実績は問いません。ただ、勝利のために力を貸していただける、志のある方を探しています』


『もちろん、相応の謝礼は用意いたします。連絡は、以下のアドレスまで』


 画面には、この募集のためだけに作ったフリーメールのアドレスが表示されている。恐らくは誰にも届かず消えていくであろう、メッセージ。それでも、まだ見ぬ誰かが助けてくれると信じる、俺の最後の祈りだった。


 アップロードを終えた俺に、達成感はなかった。ただ、燃え尽きたような虚脱感だけが残っていた。


 もう何も考える気力はない。PCの電源を落とすことすら億劫で、俺はそのままベッドに倒れ込み、泥のように深い眠りに落ちた。


 静まり返った四畳半。煌々と光を放つモニターだけが、俺の最後の祈りが放たれたことを証明するように、暗闇の中で佇んでいる。


 時計の針が深夜二時を回った、その時。


 ピロン、と。

 静寂を切り裂くように軽快な通知音が響いた。


 つけっぱなしになっていたPCのモニターに、一つの通知がポップアップする。

 普段は通知を切っている、あの募集のためだけに作ったメールアカウント。


 そこに、一通の新着メールが届いていた。

よければブックマークと☆評価を頂けると大変嬉しいです!

執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。