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「──あの2人、会長はどちらが強いと思います?」
「考えるまでもない。単純な戦闘能力において、英雄はこの学園で間違い無く最強だ」
学内選抜戦当日。
リュミエール学園、特別演習会場。
観客席も設けられた、楕円形の競技場。
全長で200メトルはあるだろうか。集団での軍事演習など、大人数での活動を想定されたこの場所は、リュミエール学園創設時から現存する施設。
競技場としてではなく、有事の際の要塞としても利用されるこの場所には各種防衛機構や緊急時の待避スペース等、様々な機能が備え付けられている。
そんな競技場の観覧席、その一角で2人の少女が声を交わしていた。
1人が、深い紫紺色の髪を持つ少女“イヴ・アルアリンク”
豪商アルアリンク家の長女で、火と水の属性魔力を操る混合属性保持者である彼女は、そのおっとりとしたその性格からは想像できない苛烈な攻撃魔法の担い手。
生徒会副会長も務める彼女は、物柔らかな笑みや豊満な肢体から人気も高く、試合前だと言うのに男子学生から多くの視線を浴びている。
だが、そのような状況は慣れているのだろう、特に気にする素振りも見せずに会話を楽しんでいた。
「あら?そこは“グレンツに決まっている!”って言う場面じゃない?少なくとも、これまで彼の特訓に付き合った私たち生徒会としては」
イヴは、その返答に少し納得できなかっただろうか。小首を傾げながら隣に座る相棒を見た。
深緑の髪を腰まで伸ばす凛々しい少女“ミスティル・フリューリング”
原初の四精霊の一、風の原始精霊を祖先に持つ名門“フリューリング”家の長女ながら、その性格は高潔かつ実直。
自分にも他人にも厳しく、正しさを貫こうとするその姿勢から、親しいといえる友人は少なかったのだが……
「貴女にしては珍しく、彼のことを気に入っていたじゃない?特訓も1番力を入れてたみたいだし。
てっきり“この勝負、我々がもらった!フーゥハハハ!”くらい言うと思ったのだけれど」
「お前は私をなんだと思ってるんだ……」
そう、彼女は例の決闘騒ぎによって接点を得た新しい後輩────グレンツ・ブレイクホープを珍しく気に入っていた。
彼が選抜戦に向けて特訓を頼みにきた時も、多忙な身なれど二つ返事で了承したほどだ。間違った事は嫌いだし、公平を重んじる彼女だが、しかし身内には甘い傾向がある。
だからこその純粋な感想だったのだが、膨れた顔を見るに、どうやらお気に召さなかったようだ。
「私が好いたくらいで英雄より強くなるのなら、幾らでも可愛がってやるんだがな。残念なことに、現実というのはままならん」
厳然たる事実として、ウルカヌス・イグニスはグレンツ・ブレイクホープより強い。
グレンツが最弱の称号としては、異端な程の強さを持つのは知っている。
その戦闘技術や咄嗟の判断能力は、学年を通してもトップクラス。奴の持つ切り札には眼を見張ったし、何やら隠している奥の手がある事も薄々感じている。
それらを加味すれば、恐らく学園最強とも並び立つだろうことも。
────だが、
「私に並ぶ程度の実力なら、英雄は歯牙にも掛けんだろうさ。家の都合上、戦場の英雄を何度か見かけたことがあるんだが……率直に言おう、あいつは毒だ」
王国の剣“イグニス”
王国の盾“フリューリング”
原初の四精霊を祖先に持つ四大貴族。その中でも、軍事部門を司る“イグニス家”と、王国の守護を担う国防の要“フリューリング家”は何かと接点が多い。
「初めて見たのは4年ほど前だったかな?戦場の空気に慣れるためと、お爺様に連れられて“賊軍の討伐任務”に同行したんだが、そこにやつも居てな。近くで感じて震えたよ、あの光は眼に良くない。私も危うく焼かれかけた」
理想の体現。
正しさの権化。
──その姿は、紛れもない英雄だった。
その後ろを歩むだけで、自分も正しいのだと信じてしまう。
迷いなく刃を振える。恐れることなく突き進める。
英雄について行くかぎり、私たちは何も間違えない。
さぁ、声高に張り上げろ────
「────“正義を為すは我に在り”、とな。
劇薬の様なものだよ。それも、飛びっきりの依存度を持つから性質が悪い。なにせ、私たち人類は、悪事を止める事はできても、正義を止める事はできん」
「…………貴女が、そこまで言うのね」
万人が誇る光の英雄、その致命的なまでの性質に気付けたのは、他ならぬミスティル・フリューリングもまた、英雄の素質をもつからだろう。
自身もそちら側だからこそ、誰もが盲目になる中で客観的に認識出来たのだ。
英雄の持つ、その毒に。
イヴが二の句を告げないでいると、それに感づいたのだろうか。ミスティルは空気を変える様に、“パンッ”と手を鳴らして話題を変える。
「ま、色々言ったんだが。だからといって奴を全否定するつもりはない。英雄の偉業には私も敬意を払うし、人間的には好ましい部類に入る。
そうだ、何ならお前も狙ってみたらどうだ?商いを司る家系としては、奴の宣伝能力を逃す手はないんじゃないか?」
「……実家がそうしろ、と言うのなら誘惑もしてみるけど。彼には通用しなさそうだし。何より王女様を恋敵に回すほど身の程知らずじゃないわよ。むしろ、貴女はどうなの?」
「バカを言え。お前の母性に誘惑されん男が、私に振り向く筈ないだろう」
「あら、母性は大小が全てじゃないでしょう?今の時代は大きさより黄金比の時代よ」
「お前がそれを言うと嫌味にしか聞こえんぞ!……あと、これは他言無用なんだが。奴とは婚約を結んでいた時期もあったんだ。白紙になったがな」
「え……うそ!?私聞いてないわよ!」
完全なる初情報。
自分と同じく、男の影など微塵も感じさせなかった幼馴染みの突然の告白に、それまでの恐怖心が吹き飛んだ。
あるいは、それを見込んでの爆弾発言なのだろう。不器用な彼女の優しさに笑みを浮かべるが、それはそれ。
花の10代として、恋話を目の前にぶら下げられて、大人しく引き下がるわけにはいかない。
「それで!それで!!彼とはどうだったの??」
「キラキラとした眼でにじり寄るな、顔が近い!
……悪いが、お前の期待する様な話じゃないぞ。良くある政略結婚というやつだ。婚約者だった期間も1、2年だったしな。
その間で話したのは片手で足りるほど。結局、2年前の王女誘拐事件や、1年前の魔人戦線の件もあって、両家合意の元、白紙になったのさ」
2年前の王女誘惑事件により、王女との婚約に具体性を帯び始めたこと。
1年前の“魔人戦線”により、あの英雄を持ってしても半年ほど休まざるを得ない致命傷を負ったこと。
「────以上を踏まえ、諸々吟味した結果婚約の話は一旦水に流すことになった。私としては、まだ身を固めるつもりは無かったのでありがたい話だったが」
「なんだ、本当に花のない婚約ね……。それから彼とは接点ないの?」
「いや、あるにはあるが。時たま、食事を馳走になるくらいだよ。ウルカヌスとしては、家の都合で婚約した相手を、自分の都合で振る形になったことを気にしている様でな」
「今でも交流があるんじゃない!?もしかして本当に脈あり……?」
「だから、そんな華やかな物ではないと言ってるだろう。そういうのではなく、もっと男臭い理由だよ」
全く、つくづく英雄らしいと。盲目にはならずとも、純粋にそう思ってしまう。
”魔人戦線”
神話に綴られる魔人が3人。そこに加えて、復活したという終焉の精霊の欠片。そんな奴等が、力の限り大暴れするという、単純かつ明確な人類滅亡の危機。
そして、そんな理不尽を前にこの男が黙り込む訳がない。
当たり前のように立ち上がった英雄は、化け物連中を纏めて相手取り7日間戦い抜いた挙句、予定調和のように勝利の凱歌を上げた。
「終戦から3日後。致死量の10倍近い呪いで全身を侵され、意識を保つのもやっとの状態で家を訪ねて来た時、フリューリング家は上へ下への大騒ぎ。
そのくせ、やって来た理由が『己の力不足が原因で、理不尽にも婚約を破棄した。その件で、男のケジメをつけに来た』とさ。呆れて物も言えん」
「け、けじめ……?」
「そう、ケジメだ。心情だかなんだかしらないが、奴は“理不尽に他者を切り捨てる”と言うものを許せん性らしい。相応の罰を求めて来たが、こちらとしても救国の英雄に大それたことはできんからなぁ」
────その折衷案として、ケジメの内容が定期的にご飯を奢るになっただけさ。
と、こともなさげに言う幼馴染みだが、その内容は文句なしの英雄譚。
改めて、英雄の凄さを感じながら、同時にこうも思ってしまう。
「……それじゃあ、やっぱりグレンツ君は勝てない、か。私としては、彼が対抗試合で戦うところも見たかったんだけどな」
最下位と蔑まれる彼が、並居る強者を薙ぎ倒し勝ち進む。
そんな景色を見てみたかった、と。
確かに、人々の心を掴むのは、強者が勝ち進む王道的な英雄譚だろう。
だが、それまで弱者と罵られた存在が強者を打倒する。
そんな邪道もまた、人々の心を掴んで離さない立派な復讐譚であるのだと、イヴ・アルアリンクは思うのだ。
まぁ、相手は天下の大英雄。そんな邪道が通用するほど、甘い相手ではなかったのだけれ「────いや、私はグレンツが勝つと思っているぞ?」
…………
………………
「……………………はい?」
「いや、だから。私はウルカヌスの方が強いと言ったが、グレンツが負けるとは言ってないだろう」
「……なによ、それ。屁理屈じゃない」
「はっはっはっ!屁理屈でも大いに結構!屁理屈だろうと理屈は理屈。そこに道理があれば、罷り通るのが世の筋だ。これはグレンツにも言ったんだが────」
──── この戦い、英雄には決定的な隙がある。
以下唐突な人物紹介!!
・お兄様
偽・主人公。
最近の流行に乗り、婚約破棄してみる踏み台の鏡。
ヒュー!流石はお兄様だぜ!!
今回は登場なし。今は控え室でドキドキしてる。乙女かな?
何やら1年前にもトンチキを発動していたらしいが、詳細は不明。ただ、今もその呪いは身体を蝕んでいる模様。
治療に時間がかかったため、入学を1年ずらした。
・弟君
真・主人公。
当たり前のように決闘騒ぎを起こす主人公の鏡。
連れの少女が上級生にちょっかいを出された件が始まりのようだが、詳細は不明。それ以来生徒会と交流をもつようになる。
今回は登場なし。今は控え室でドキド(略
生徒会の協力を得て特訓をしていた模様。何やら奥の手を隠しているようだが、会長の見立てではそれでも純粋な実力は届かないと評されている。
・会長
裏・主人公
姉御系緑髪イケメン美少女。並パイ。
高潔かつ実直。曲がったことが嫌いで、ヘタレを見ると矯正(物理)したくなる風紀委員タイプ。そのくせ駄メンズ好きという、割とどうしようもない御方。
踏み台の光を直視できる稀有な存在その1
お兄様が“破綻した天才の最高峰”だとすると、彼女は“現実的な天才の最高峰”といえる。トンチキ共を別にすればこの世界トップの可能性と実力を持つ。
直視できる理由は、彼女もまた輝く側だということ。
後述の副会長が直視出来る理由は、踏み台より先に会長が眼を焼いていたから。傷つけられる前に傷つければ傷つけられる心配はない理論。うん。……うん?
もちろん、10年に1人程度の才能ならば問答無用で眼を焼く踏み台だが、彼女はそんな枠では収まらない。
つまり、発光する踏み台に自身の光をぶつけて軽減してるのだ。
ヒュー!流石はゴリラネキだぜ!!
今回では主に解説役。対英雄について秘策があるようだが……?
断罪の剣持つ戦女神。
溢れる才能故か、彼女の道もまた多数に分岐する。
英雄譚を進むのか。
復讐譚へ堕ちるのか。
それとも、新たな答えを導くのか。
未だ定まらぬ未来だが、確かなことが一つある。
彼女の歩む道のりは、やがて大きな嵐を産むだろう。
・副会長
お姉様系紫髪妖艶美少女(大)
甘えるより甘やかしたい、貰うより与えたいという駄メンズ製造機。そのくせメルヘンチックという、割とどうしようもない御方。
踏み台の光に眼を焼かれない稀有な例(偽)その2
理由は前述の通り。やっぱりゴリラネキは最高だぜ!!
王国でも珍しい、混合属性保持者。属性は火と水。
正確にいうと髪色は紫紺ではなく、毛髪一本一本が青と赤の色を帯びている為、結果この色に見えている。
会長に眼を焼かれているが、会長自身踏み台ほどの劇薬ではないため、常識的な範疇に収まっている。が、だからといってそれが無能を表す訳ではない。
むしろ逆。爆熱と激流という、反する2つの力を巧みに操る彼女は、間違いなく強者の部類。
家同士の付き合いのため、会長とは生まれた時からの付き合い。
姉妹の様に育ってきたからこそ、婚約について教えられなかった事に、事情を理解しつつも割と傷ついている。
副会長がダメ男を作り出し、会長が可愛がる(物理)という相互協力関係。
慈愛の聖母は、戦女神と共に在る。
この先、あらゆる困難、あらゆる正義が敵にまわっても彼女たちの繋がりを断つことは出来ないだろう。
などなど。本編で表しきれなかった事も書けたので満足しました。
また、3年ぶりの更新にも関わらず多くの感想をいただき、驚きと共に感謝の念で一杯です。本当にありがとうございます。
短編なら書きたいシーンだけを書けるのですが、連載になるとそうもいかずに苦しみました。踏み台が出ない薄味ストーリーになっていますが、広い心で見て下さると幸いです。