05
「今日は焼き鳥争奪戦だ!」
出口の見えない森の中での生活は皆の心を疲弊させていた。
幸い誰一人欠けることなく森を拠点とした抵抗活動を続けていたが成果につながらない。家族の安否さえわからない。いくら国に忠誠を誓った騎士でも、鬱憤もたまるというものだ。些細な言い争いや衝突が増えていた。
そんなある日、レニーが声高に宣言した言葉に誰もが首を傾げた。
「モモ、ムネ、ササミ、モミジ、セセリ、手羽元、手羽中、手羽先、ハツ、ヤゲン、レバー、砂肝、ボンジリ、皮。一位のやつから好きな箇所を持っていけ!」
「ほお、面白そうじゃねえか。だが、どうやって順位を決める。これか?」
そう言って腰の剣を叩くサイにブーイングが上がる。
「そりゃねえぜ。将軍が一位に決まってんじゃないですか」
「そうだそうだ。しかもアレクシス様が二位ってのも確定済みだろう!」
「私がドベなのも決まってると思いまーす! か弱い女の子がいるのにひどいでーす!」
もちろん、私も大いに声をあげた。
「じゃあ、どうやって決めるってんだ?」
「じゃんけんで!」
大人気なく不満を顕にするサイ。私はとても公平な案を提言した。
ところが皆が顔を見合わせる。
「じゃんけん? なんだそりゃ」
「え? じゃんけん……知らないの? アレクシスも?」
ジェネレーションギャップかな? そう思ってアレクシスに尋ねる。
「俺も知らない」
「えーとね、グーとチョキとパーがあって、グーはチョキに勝つ、チョキはパーに勝つ、パーはグーに勝つの」
身振り手振りを交えて説明する。
「ああ、軍ドンみたいなもんか」
レニーの言葉に皆が、なるほどなーと頷く。
詳しく聞いた話によると、ここでは手の動きを槍と剣と弓に例えて勝負をするらしい。なんて物騒な……
世代間キャップならぬ、世界間ギャップに驚いていると、サイがにやりと笑う。
「どうせだから、じゃんけんってので勝敗を決めるか!」
「おー」
皆が賛同し、第一回争奪戦は盛り上がった。
「石とハサミと紙なあ。ナコの村では面白い考え方をするんだな」
一位になったおじさん騎士がモモ肉にかじりつきながら感心したふうに言う。
「村じゃないって何回も言ったよね!? 超都会出身だから!」
「はいはい。都会村都会村」
世間知らずだった私は、いつの間にか辺境のど田舎の村出身だと思われていた。否定しても誰も聞く耳をもってくれない。
「……懐かしいなぁ。もうね、子供の頃からずっとやってるから、じゃんけんぽんって言われたら何をしててもつい手が出ちゃうよ。あとラジオ体操の曲が流れたら勝手に体が動く」
「ラジオ体操? なんだそりゃ」
ラジオ体操? なんだそりゃ。と聞かれたら実演してみせるのが世の情け。
私は鼻歌を歌いながらラジオ体操をしてみせた。
「ナコ、お前それは年頃の娘がやるもんなのか?」
「もともと皆無な色気が、さらに……。おい! ナコ! 石を蹴り上げるな! 今のわざとだろ!」
散々な評判だったのに、なぜかこの日から、にわかに、じゃんけんとラジオ体操が流行りだした……。謎である。
「おーい、今日の懸賞品係は誰だ?」
大盛り上がりだった争奪戦は以降月二の間隔で行われるようになっていた。小さな娯楽が心に余裕を生むのだと分かったのだ。
しかし毎回焼き鳥では飽きてしまう。
そこで懸賞品を持ち回りで用意することになった。懸賞品は帝国の貴族宅からくすねてきた焼き菓子だったり、帝国のお偉いさん宅からくすねてきた酒だったり、帝国の役人の家からくすねてきた肉の燻製だったりと様々だ。
「はーい。私です。えーと先日盗んできたリボンとスカーフと手袋と……」
アレクシスに拾われて数ヶ月。戦闘に発展しそうにないときには私も同行が認められるようになっていた。
とはいえ一番の目的は機密文書や悪事の証拠などのうえ、価値のあるものは帝国に踏みにじられ苦しむ人々に配っていたため手元に残るのは最低限の資金と食べ物、衣類ぐらいだ。
森に住む義賊。気分はロビンフットである。
「リボン」
「スカーフ」
「手袋」
私の返事を聞いて、騎士たちがあからさまにがっかりした顔になり、次々に参加を見送り出す。
そんな空気を変えたのはレニーの一言だった。
「景品は可愛く着飾ったナコとのダンスの権利ってのはどうだ?」
騎士たちがざわつく。
「え、さらにいらなくなった」
「ナコか……うん、まあ、一応女だしな」
「娘としたダンスを思い出すなぁ」
私は「さらにいらなくなった」発言をした騎士への報復を誓った。
「いいですよね、王子」
レニーがアレクシスに向き直って尋ねる。
「は? 俺に聞くな!」
いきなり話を振られたアレクシスはうろたえ気味だ。
きょろきょろと目を泳がせ、視線が私のそれと合う。と、アレクシスは眉を寄せる。
「ナコが良ければ……」
「別にいいけど……」
マイムマイムぐらいなら踊れるし。
「ナコを賭けてか。ならジャンケンじゃつまらねえなあ。男が女を巡って争うとなりゃ、方法は決まってる」
サイがにやりと笑う。サイは頰に傷のある髭面の熊だ。その笑顔は完全に悪党のそれだった。
女を巡る争いに決着をつける方法といえば、剣での決闘だと私は思った。白手袋を投げつけて……なんてシーンを映画で見た記憶があったから。
しかし、この世界では弓の的当てが騎士の中ではポピュラーらしい。
怪我の心配がなく大変すばらしい。…………私のために争わないで! って一回言ってみたかったなぁ。
「ハンデだ。俺は一本。アレクシスは二本、あとの奴らは三本だ」
「いいんですか? そんな余裕ぶって。俺たちだって成長してるんですからね」
サイの一言は騎士たちのプライドを大いに刺激したらしい。
おかげで勝負は予想外に白熱したものとなった。
弓を射る横顔は真剣そのもので、在りし日の彼らを想像させる。
「みんな、本当に騎士だったんだねえ」
普段は山賊にしか見えないけれど。
ぽつりとこぼれた言葉にサイが苦笑する。
「だったじゃねえ。今も騎士だ」
「そっか。そうだね……ごめんなさい」
彼らがどんな思いで今の生活を送っているのか。そんな当たり前のことに考えが及んでいなかったのだと気づく。
頭に大きな手がのせられる。
「謝るな。謝らねばならんのはお前を巻き込んだ俺だ」
乱暴に頭を撫でられて、首がもげそうだ。
「いいよ。謝んなくて」
どうせ行くあてもない身だ。
的当てはアレクシスとサイが同率一位だった。
「まずは若いもん同士で踊れ」
というサイの言葉で、レニーの歌に合わせてアレクシスに手を引かれる。
アレクシスのエスコートはさすがだ。
マイムマイムしか踊れない私がそれなりにステップを踏めるのだから。
「すごいね。お姫様になったみたい」
くるりと回ると髪に結んだリボンが翻る。
かつてはたくさんの令嬢と踊ったのだろう。
サイたちが今も騎士であるように、アレクシスには一生王子の肩書きがついて回る。
それを重く感じることはないのだろうか?
私はいつも陰りを帯びている青い目を覗き込んだ。
至近距離で視線が絡む、とアレクシスが表情を緩める。
「俺は……ラジオ体操の方が好きだけどな」
…………
「それ、喧嘩売ってる?」
睨み付けるとアレクシスは声を出して笑った。それは初めて聞くアレクシスの笑い声だった。
それから……結局全員と踊ったのだ。
娘を懐かしむ騎士とも、一応女だしなと言った騎士とも、いらなくなった発言の騎士は無理やり引っ張り出し足を踏みまくってやった。ざまあみろ。
ホワイトホール。白い明日が待っている。
この一話だけで元に戻ります。