――火車編――
僕は図書室で本を探していた。
まだ、キリエ先輩はまだ動ける状態ではなく、治癒に集中したいからという理由で、教室から追い出されたのだった。
キリエ先輩から「悪魔のことをよく知ること」という課題を出されたので、参考書物が必要になったのだ。
S校の図書室は、かなりの専門書が揃っている。学生の姿はあまりないので、一般公開でもしたらいいのではないかと僕は思った。
妖怪図鑑はないのだろうか? 妖怪でなくても構わない。ドラキュラでも、狼男でも想像できる書物ならなんだっていい。
そういうマニアックな図鑑は、一連の騒動で生徒からの人気が高いのか、貸出中が多かった。やっと見つけたのは、妖怪図鑑だった。
百鬼夜行と書かれた図鑑で、裏に書かれた値段をみると僕には買えそうにない。
本格的そうな書物だから――その程度の考えで、僕は図鑑を手に取った。
流行にも流されやすい、個性のないやつなのだ。
適当に見開くと、鵺のページに織り目がついていた。
「借り物なんだから、織り目をつけたらだめだろう」
いくつか、織り目がついていた。
それは、この一か月で出現した悪魔たちだった。
「勉強熱心なやつがいるな」
我がヒーロー同好会に招きたいくらいだ。
火車という猫の妖怪のページにも織り目がついていた。
「これって、まだ出現していないよな」
火車は現世で多くの悪事を働いた者の亡骸を奪うと書かれていた。
猫は魔性の生き物と呼ばれ「死人の傍に猫を置いておくと、霊的な悪影響を与える」「棺桶の上を猫が飛び越えると、棺桶の中の亡骸が起き上がる」などの伝承が日本古来語り継がれている。
だから、火車は猫の姿をしているとなっているんだろう。
Woooooooooooooooooooooooooooooooooo ―――――――――。
街中でサイレンが轟いた。校舎のスピーカーからも寝ていたら飛び上がってしまいそうな音量で、鳴り響いた。
街のサイレンはまだ鳴っているが、校舎のサイレンは一旦鳴り止んで、室内に備えられているスピーカーから先生らしき声が聞こえた。
「近くで空間の歪が確認されました! 悪魔が出現します! 直ちに非難を!」
生徒を混乱させないように、冷静と緊迫感をもった口調で、はっきりと発音していた。
図書室にいる周りの生徒は「何が起こったの?」とざわめいている。いくら、こういう事態を想定した訓練を積んできても、咄嗟にどうするべきかなんてわからない。
だけれど、僕は違っていた。混乱どころか罪悪感すら生まれて、償いの為に「何をするべきか」「人を助けなきゃ」「僕がやらないといけない」――そんなヒーローのようなことを考えていた。
何かの間違いであってほしかった。まだ、見開いてちらりと説明文を暗唱しただけだ。偶然、妖怪図鑑を持って、火車のページを見ていただけだ!
近くで起こっていると言っていたので、僕は窓の外をみた。
「そん……な」
僕は手をだらりと垂らして、図鑑を落してしまった。たまたま開いたページの妖怪が悪魔となって時空の歪から出てきたのだ。
――炎を纏った猫。
――火車。
ギャォォォォォォォオォォォォォォォォォオ。
サイレンを掻き消す咆哮で、ガラスがガタガタと揺れ、今にも割れそうになっていた。
「おいおい。面白くなってきたじゃねーか。これ、キチ―がやったのか?」
妃影は笑っていた。
「……そうかもしれない」
「かはははは。あんた最高だよ!」
「行こう」
「どこに?」
「あいつを倒しに」
計画も戦略も何もない。だけれど、これは、僕がやらないといけないことなんだ。誰にも気付かれぬように僕は図書室から出て火車の方向に走った。
ヒーローの第一歩を踏み出した。
****
学校の校門では、大柄な体育の先生が見張っていた。混乱した生徒が家に帰るのを阻止するためだろう。学校外に逃げてしまおうと考える生徒は少なくない。もしかしたら、ヒーローと悪魔の闘いがみられるかもしれない。家族が心配だ。学校は危険だ。千人分の、様々な主義主張を、まとめられるわけがないのだ。
だから、学校側は力で抑制するしかなく出口を塞いでいた。
僕は、フェンスを乗り越えて外に出た。小さな路地で、目の前には民家並んでいるのだけれど、サイレンで危険信号が出されているので、外には誰もいない。
「変身するか」
――変身!
民家のガラスに映った自分をみてみると、漆黒の仮面と、漆黒の衣装に身を包まれていた。
「なあ、そこに穴が空いているぜ?」
「え? 本当か?」
「その穴、埋めてやるよ」
妃影の小さな掌から黒い靄が噴出し、僕の身体を覆った。
「く、苦しい」
真っ暗で何も見えず、さらに息が出来なかった。空気を無理やり吸おうとしても僕の顔がタコのようになるだけだった。
「おっと、この穴は通気口のようだったな」
悪びれることなく呟いて、閉ざされた空間から解放された。
「戦う前に死ぬかと思った」
大通りは自動車で渋滞していた。
エンジン音、クラクション、人の怒鳴り声、悲鳴、様々な雑音が混じり合って、どうしょうもないなと呆れてしまった。こういう時は、車を乗り捨てて頑丈な建物に逃げるようするのが常識だ。ヒーローはこういう人を率先して救わないといけないのだから大変だ。
「いやがったぜえ」
妃影は空を見上げて言った。
――ギャオオオオオ。
高層ビルの屋上に、火車がいた。どんな生物でも、その爪で襲われれば息は絶えるだろう。身体に纏った業火は、空気を焦がしていた。
さあ、僕の出番だ!
デビューを華麗な勝利で飾るのだ!
「まちな。ここはあたいに任せておけ」
「え?」
妃影の全身から、余水のように黒いエネルギー体が噴出した。それで、身体を作っていく。――黒き女騎士。
一闇妃影の本来の姿だ。
僕はまたこの姿を見るとは思っていなかった。
美しくありながら、とても醜い。
「さあ、暴れるぜ!」
妃影は興奮気味に言った。
そして、ビルを駆け上がり、黒き剣で火車に切り掛かった。
火車は後ろに引いて攻撃をかわした。そして、業火を爆発させ、妃影に熱風を浴びせた。
「はああああああああああああああああ!」
一振りで熱風を掻き消し、妃影は黒き剣で火車を貫いた。
火車は妃影の肩に噛みつき、食らうが、人体ではない妃影にとって他愛もないことらしい。
平然と、黒き剣を横に一線引いた。
同時に火車は、淡い光となって、消えていく。
「ぼ、僕のデビューが……」
どうやら、僕のデビューはまた先に繰り越しのようだ。
***
僕たちは民間と取材陣に囲まれていた。身動き一つとれない。マイクを突きだされ、記者は僕たちの発言を待ちに待っていた。新人という事もあり、十一人目のヒーローとなるかもしれないからだ。
「ヒーローインタビューです! ええと、お名前は?」
「あたいは闇の女騎士だ! そんでこいつは、あたいの弟子」
妃影は騎士の姿のまま、カメラに向かってそう言った。
「弟子!?」
確かに、僕は何もしなかった。する余地がなかった。ただ、ビルの下にコスプレ当然の恰好で突っ立っていただけだった。弟子とか言われても仕方ないのだけれど、ヒーローと言ってくれてもいいじゃないか。
「そうですか。お弟子さんですか」
記者は興味無さそうにしていた。
「え、えーと。ヒーロー名は黒の道化師です」
「……は、はあ。そうですか。ダークナイトガールのお弟子さんですね」
「いや、違います。ブラック・ジョ――」
「それはそうと、闇の女騎士さんのご活躍、他のヒーローに負けず劣らず、見事なものでした!」
僕の事は無視するつもりのようだ。
「なははは、そうだろう! それじゃあな!」
妃影は蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、僕の襟をもって空高く飛んだ。
「ちょ、ちょっと。僕、高い処苦手なんだって!」
「ヒーローの弟子ならそれくらい我慢しろってーの」
「そうだ! おい! どういうことだよ! ヒーローはクソとか言っていたのになんであんなに乗り気だったんだよ!」
「うるせえな、糞野郎。あたいはな、暴れられればそれでいいんだよ! 善も悪も関係ない。結構楽しかったぜ、ヒーローっていうのは。それで、お前はなんてヒーローなんだ? あたいは闇の女騎士だけどよ、お前の通名はなんだ?」
「……ダークナイトガールの弟子」
「聞こえねえな」
「弟子だよ! てか、なんで弟子なんだよ! 僕のデビューが台無しだ!」
「キチ―はなにもやってないだろう?」
「お前がやっちゃったんだよ!」
「じゃあ、訊くが、キチ―が勝てる相手だったか?」
「……多分、勝てた。あいつ強そうだったし」
「いーや、無理だね」
「なんでそんなこと言うのさ! 決めつけるのはよくない!」
「火車は炎を操ってあたいに攻撃してきたんだぜ。だったら、雪女の時とは逆で、寒い寒いって凍え死ぬのが関の山だろうよ」
反論できない自分が憎い。
「それに、キチ―の破壊衝動は全てあたいが引き受けているからだ。今のお前はまっさらないい子ちゃんなんだよ。だから、闘いのセンスは皆無」
「じゃあ、僕はどうすれば……」
「だから、そういうのはあたいが引き受けてやる」
「……それじゃあ、僕がヒーローになれないじゃないか」
「おめえは、妄想でもしていればいいんだよ」
黒い衣装を解除して、人ごみに溶け込んだ。
ヒーロー速報を携帯で覗いたら、ランク1で、ダークナイトガールはヒーローとして登録された。
「ああ? あたいがランク1だあ? ファックだな」
人気のない場所に来て、妃影は携帯の画面と剣呑な顔で、睨めっこしていた。
「どうやったらランクは上がるんだ?」
「ヒーロー、やる気満々じゃないか」
「う、うるせえよ! さっさと教えやがれ!」
「仕方ないな。――ランク1~10まであって、人気や実力、功績の総合評価で決まるんだ。週に一度更新されるから、新人は誰でもランク1から始めるんだ」
「ランク10になるにはどうするんだよ」
「まだ、ランク10はまだいないから分からないな。ランク9が現在の最高位だ。国家公認になればいつかなれるかもしれない」
「何もわかってねーな。非公認でランク10になるのがいいんだよ」
「それだと、国から認められていないことになるから、ランクはあがらないよ。ランク7が非公認の限界なんだ」
「下らねえシステムだな。まあ、いいや。早く戻ろうぜ」
警戒がとけたので、校門の前に先生はいなかった。桜の花びらが風に流され、道路にまで落ちていた。
学校に入り、キリエ先輩のところに向かった。
キリエ先輩の傷は八割方治っていたが、まだ右脚が痛々しい。
「万全ではない状態で悪魔が出現したから焦ったのだけれど助かりました」
「……キリエ先輩が火車を召喚していませんよね」
失礼なのは承知の上で、僕は訊いた。
「ダークナイトガールという人がやったのでしょう?」
「いや、それはないと思います」
「じゃあ、誰が?」
廻間の顔が頭に過ぎった。
「僕だったという可能性もあるんですよ。妖怪図鑑で火車のページを読んでいましたから」
「それで、火車を構想して召喚したの?」
「読んではいましたけど、構想はしていませんし、召喚をする気はありませんでした」
「なら、貴方ではないわ。廻間桂吾の可能性が高いわね。やってくれるじゃない。それに、弟子ってどういうことなの?」
「話すと長いんですがね、あいつが勝手に僕の師匠だとか言っているんですよ」
ポケットの中がもぞもぞと動いで、腹部にハンマーで叩かれたような衝撃が奔った。
妃影はこの話を聞いて、怒っているようだった。
「い、いや。僕の師匠です」
「そう。貴方の師匠は私だと思っていたのだけれど、残念ね」
僅かにしゅんとした表情になって、キリエ先輩は俯いた。
「キリエ先輩は第一師匠ですよ! ダークナイトガールは第二師匠です!」
「本当に?」
「ええ、月夜と出会ったのが早かったですから」
「よかった。ダークナイトガールと闘う羽目になっていたかもしれなか。無為な闘いは避けるべきよね」
「そうですよ。師匠」
妃影が暴れないか不安だったが、ポケットから飛び出さないでいてくれた。
僕は殴られ放題だったが。
***
キリエ先輩と下校したのだけれど、黒の道化師になった時以上に注目を浴びてしまった。僕のような冴えない男が、絶世の美少女の隣を歩いているからだ。
高低差が激しいと、人の目につきやすいのは知っている。妹と並んで歩いていた時期が僕にもありました。その時と似たようなじめじめとした視線を一斉に受けていた。
そして、一番この場面を見られたくない人に、見られてしまった。
「なんで二人が並んで歩いているの!?」
安城はラケットを突き立てて僕たちに訊いてきた。
「これには深い事情があるんだ」
と僕は言った。どう釈明したらいいのか、そこまで頭が回らない。
「事情ってなに? 深い関係になっちゃってこと!?」
「そ、それは。先輩も何か言って下さい」
「ええと。私たちはお互いの秘密を握っている関係なのです」
「ど、どんな秘密……?」
「そうですね。秘密だから詳細には言えませんけど、兎に角、私たちは今後協力し合うことにしたのです」
「なんなの……。もう園嵜君なんか知らないんだから! またヒーローの追っかけに誘うと思っていたけど、私一人でいくもんね」
「何怒ってるんだよ?」
「怒ってないって。ふーんだ」
「怒っているじゃないか……」
「私は、やっと、園嵜君にも大事な人が出来たんだなって喜んでるの! お二人とも仲よくね!」
安城はラケットを乱暴に振り回して、行ってしまった。
「誤解されてしまったようですね」
キリエ先輩はくすくすと笑って言った。
「まあ、明日にはその誤解も解けていますよ」
明日もあるんだ。




