第20話「新装開店」(第一部最終回・節目版)
「取り付けてきました。出資」
朝礼(レジ前の雑談)で、メアがファイルをばん、と広げた。表紙に『株式会社みそぎ屋 増資計画書(第三版)』とある。第三版。知らないうちに二回も改訂されていた。
「出資って……どこから。まさか本社」
「エターナル・リテールは一円も入っていません。出資元はここです」
並んでいたのは、見覚えのある名前ばかりだった。商店街振興組合。八百屋の田中青果。道後の旅館が二軒。地元の醤油蔵。翔のバイト先だった書店まで入っている。
「……なんで、こんなに」
「営業しました」
メアは、事もなげに言った。
「田中青果の田中さんが、商店街の理事だったんです。地上げの件のお礼がしたいと言うので、お礼は結構です、代わりに三十分ください、と。プレゼンしました。この店の決算書と――決算書に載らないほうの数字を」
載らないほうの数字。配達先の電球。漬物樽の前の三十分。命綱の詰め合わせ。彼女のスプレッドシートに、いつの間にか増えていた行のことだ。
「皆さん、言っていました。『みそぎ屋が潰れたら、この町の買い物が、ただの買い物になってしまう』と。……正直、定性的で、私の資料で一番弱い頁でした。一番弱い頁で、一番、判が押されました。解せません」
解せません、と言う顔が、ちょっと嬉しそうだった。
「スキームも組んであります。新株は議決権制限付きの種類株。経営権はこちらの四名で保持したまま、改装資金だけが入る設計です。譲渡制限も維持。敵対的な入り込む隙は、ゼロです。……どうしますか、社長」
どうしますか、と言われて、俺は即答できなかった。
改装。大将の代からの懸案。棚も冷蔵ケースも年代物で、雨の日は天井のバケツが三つ要る。金が貯まったらいずれ、と言い続けて――でも、他人の金でやるとなると、話が違う。出資ってのは、借りじゃないけど、預かりだ。町の期待を預かって、潰れられない店になる。
「……零さん」
葵が、静かに言った。
「『新装開店準備セール』、今日で何日目でしたっけ」
「……五十一日目、ですけど」
「準備は、五十一日もやれば十分です。表示と実態を、そろそろ一致させましょう」
「大将もね、ずっと言ってたのよ。『いつか床を張り替えて、明るい店にする』って」とタエさん。
「僕、新しい棚なら、もっと品出し早くなります」と翔。
「わしの定位置に、座布団の予算を組め」とくーちゃん。
「ボクは新しいレジは要らないからね!? ボクの隣に並べるのは許すけど、代替わりは絶対拒否!」とKira。
……ああ、もう。外堀どころか、内堀まで全部埋まってるじゃないか。
「――決めた。やりましょう。新装開店」
◇
改装工事は、二週間かかった。
その間も店は休まなかった。売場を半分ずつ生かして営業を続けた。何しろうちは、五十一日も「準備」してきたのだ。今さら閉められるか。
横やりは、一度だけ来た。
工事も大詰めの午後、スーツの神格がひとり、埃よけのシートをくぐって入ってきた。名刺には「エターナル・リテール神域開発部 主任」。天峰の後任らしい。若くて、営業スマイルで、俺を見つけるなり、口を開いた。
「初めまして。この度の改装の件で、当社から一つご提案が――」
「あ、どうも。……はい、ご苦労さまです」
ばちん。
提案の中身を聞く前に、シールは貼り終わっていた。半額。主任は自分の胸元を見下ろし、状況を理解するのに三秒かかり、理解した瞬間、青ざめて後ずさった。
「な……はや……まだ、何も」
「先に言っときますね。買収はできません、非公開なんで。地上げもできません、契約違反は勧告一枚で権能ごと止まるんで。ハッキングもやめたほうがいい、うちのレジ、怒ると怖いんで。……で、ご提案って何です? 聞くだけなら無料ですよ」
主任は名刺を置いたまま、無言で帰っていった。
一年前は、これに丸一日かかったんだよな。プリンを仕込んで、駆け引きして、店中ひやひやして。今は挨拶の流れで終わる。成長っていうのは、たぶん、派手になることじゃなくて、かかる手間が減ることなんだと思う。
◇
新装開店の朝は、よく晴れた。
張り替えた床。明るい照明。新しい冷蔵ケース(静かで感動した)。漬物コーナーには樽と、椅子が二脚。レジカウンターは新調したが、Kiraの宿る手打ちレジは、その隣に一段高く鎮座している。会計は新レジ、承認は旧レジ。二段構えだ。祠は工事中も動かさず、宮大工さんに頼んで、周りだけ綺麗にしてもらった。守り袋は、二つ並べて納めてある。
そして、看板。
『みそぎ屋』の字は、書き直さなかった。「み」の字の継ぎ跡も、そのまま残した。その代わり、垂れ幕だけ新しくした。
――新装開店セール、開催中。
「『準備』の二文字が、ようやく取れましたね」
開店前の店先で、葵が垂れ幕を見上げて言った。
「これで名実ともに、表示と実態が一致しました。……長かったです、ここまで」
「行政指導いただいてから、四十八日ですからね」
「あのときは、まさかこんな……」
葵は言いかけて、やめて、笑った。まさかこんな、の続きは、俺にも分からない。分からないが、いい「まさか」だったことだけは、確かだった。
開店と同時に、客が流れ込んできた。商店街の面々、出資者の皆さん、常連たち、野次馬、はしゃぐ子供。後藤のおばあちゃんは開店一番に椅子に座り、タエさんの漬物は昼前に樽が空いた。翔は新しい棚の間を走り回り、メアは「動線設計どおりです」と満足げに頷き、くーちゃんは新品の座布団の上で、まねき狐の役を果たしていた(本人は労働と主張)。
そして、夕方。
「ご、ご主人! ご主人!! 大変!!」
Kiraが、ドロワーをばこばこ開閉しながら叫んだ。
「信者数! 信者数見て!!」
【信者数:一〇〇二名】
【規定数超過を確認――神格昇格:下級神→中級神】
【権能「賞味期限」:出力上限、更新されました】
……千人。
一年前、五人だった。タエさんと、翔と、あと三人。三日後に消える予定の神様だった。それが今日、千の大台に乗った。中級神。天峰や久遠と、同じ棚だ。あの頃、見上げるしかなかった連中と、同じ格。
「昇格って、なんか、実感ないな」
「そういうものよ」と、くーちゃんが座布団の上で言った。「格というものはな、零。上がった瞬間より、振り返った時に効いてくるのじゃ。……ようやった。うちの組合の、誇りじゃ」
◇
夜は、宴になった。
名目は「新装開店&中級昇格祝い」。イートインコーナー(新設・椅子八脚)に、いつもの面々が揃った。タエさんの持ち込みは今回こそ正真正銘の甘酒で、くーちゃんの湯呑みは、葵とメアが左右から検品する二重チェック体制が敷かれた。
「わしを何じゃと思うておる」
「「前科三犯」」
「二犯じゃ! 一回はノーカンじゃ!」
笑い声の真ん中で、俺はふと、店の中を見回した。
新しい床。古いレジ。継ぎ跡のある看板。祠の守り袋。壁の貼り紙、三枚。売上と、信者と、株主と、鎮守と、固定資産。一年前、この店には俺と赤字しかいなかった。今は、こんなにある。こんなに、いる。
――と、しみじみしかけた、そのときだった。
こつん、と窓を叩く音がした。
見ると、窓の外に、白い鷺が一羽、立っていた。嘴に、金の紐で結ばれた文を咥えている。開けてやると、鷺は文をテーブルに置き、一礼(した、ように見えた)して、夜空に消えた。
文には、雲の透かしが入っていた。開く。
> 神無月の議、開催の儀
>
> 全国の神々に告ぐ。本年もまた、神在月に出雲へ集うべし。
> 本状をもって、下記の神格を正式に召喚する。
>
> 立華町商工会議組合ならびに株式会社みそぎ屋
> 代表神 御削 零(中級神)
>
> 議題:近年の神界経済の動向、ならびに――新興神格の台頭について
>
> 出雲大社 神議り事務局
宴が、静かになった。
「……出雲」と、葵。
「全国の神様の、株主総会みたいなもんじゃ」と、くーちゃん。「神在月に、日本中の神が集まる。商売繁盛の大元締めも、な。……昇格したてで呼ばれるとは、異例じゃぞ、零。目をつけられたか、見込まれたか」
「議題に『新興神格の台頭』って書いてありますけど、これ、俺のことじゃ」
「おぬしのことじゃろうなあ」
「アジェンダに名指しされる会議は、ろくなものじゃありません。対策資料を作ります」と、メアが早くも手帳を開いた。
俺は召喚状をもう一度読んで、それから、笑ってしまった。だってこれ、要するにあれだろ。全国大会への、招待状だろ。田舎の弱小神が、一年かけて、日本中の神様の会議で名前を呼ばれるところまで来た。
「Kira。締めの報告、いこうか。今日は――第一部の、総決算だ」
「まっかせて! 集計は済んでるよ!」
【新装開店初日の売上:三十一万四千二百円(当店歴代最高記録)】
【本日の客数:二百八十六名(同記録)】
【信者数:一〇〇二名(開始時:五名)】
【株主:四名+種類株主一同(開始時:零名)】
【神格:中級神(開始時:消滅三日前の下級神)】
【通算撃退実績:主任二、部長一、執行役員一、現場主任一、渉外一、情シス一、対策室長一、支社長一、ほか雑多】
【店内規則:三枚】【鎮守:一柱】【固定資産(自称):一台】【金魚:三匹】
【累計:プリン一個の試食から、ここまで】
【承認:株式会社みそぎ屋 代表取締役 御削零】
新装開店セール、初日。本日も、無事閉店せず。
――さて。次は、出雲だ。日本中の神様に、うちの店の話をしに行こう。
(第一部・完)
「新装開店」、そして第一部、お読みいただきありがとうございました!
信者五人・消滅三日前から始まった弱小神の話が、二十話かけて、信者千人・中級神・株式会社になりました。振り返ると、プリン一個の試食から始まった話が、よくここまで……と、書いた本人が一番驚いています。閉店セールを無期限で引き延ばした店が「新装開店」の垂れ幕を掲げるまでの五十一日、お付き合いいただけて幸せでした。
そして白鷺が咥えてきた召喚状の通り、第二部は「全国展開編」。舞台は出雲、全国の神々が集う神在月の大会議です。田舎のスーパーの神様が、日本中の商売の神様の前で名前を呼ばれます。ついでに、零の血筋の話も、そろそろ動き始めます。シマナミ海道をドライブする一行の車内から、第二部開幕予定です。
ここまで☆やブックマークで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。第一部が面白かったよ、という方は、☆で送り出していただけると、出雲への旅費(信仰力)になります。第二部でお会いしましょう!




