閑話7 裏切り者の忠誠
混乱が広がる王城で、ユーグは人を探して走り回っていた。
「カイン様!」
アイリーンが捕えられたこと、そしてルラ教団教主カーラが城に乗り込んできたことから、嫌な予感が頭を渦巻いていた。すなわち、カイン王子が利用されるのではないかと。
その予感は的中した。
城の外でアイリーンたちと対峙する魔獣を見つけた。ユーグが駆けつけた時には大勢は決していたらしく、魔獣の体から黒い霧が抜けていき、その体が人の体に変化するのを見た。
アイリーンたちは急いでいるようで、ユーグに気付くこともなく、足早に去っていった。倒れ伏している魔獣だった人間ーーカイン王子を残して。
ユーグはカイン王子に駆け寄った。
「カイン様!!」
叫ぶように名を呼び、横に座り込む。
カイン王子の口元に耳を近付ける。呼吸を感じた。手首に指を当てれば脈もある。
(生き、てる……)
ルイスとアイリーンは、カイン王子を助けたのだ。
ユーグはほっと安堵の息をつく。そして、ぽとりと床に一滴、滴が落ちた時、はじめて自分が泣いていることに気づいた。
ーーユーグは、この国の宰相の息子として生まれてきた。しかし父は、密かにルラ教団の幹部だった。そのためユーグもまた、生まれた時からルラ教団に属する定めだった。
物心つく前の子供に否やを言えるはずもない。そもそも、ことの善悪も分からない。王家も祝福を持つ者も、邪悪な敵だと刷り込まれ育てられてきた。
やがて学園に通うようになると、親から、カイン王子に取り入り情報を流すよう指示された。
(王子様、ね……)
王子というものはわがまま放題、ちやほやされて贅沢三昧の生活しているだろうと思っていた。そんな人間を騙すことに躊躇いはない。
しかし、実際に会ったカイン王子は、自分の予想と異なっていた。
彼は常にストイックで、自分の望みより民の幸せを考える人だった。みんなのために、自分を犠牲にできる人だった。
カイン王子の母親は、国王の愛人だ。国王は、冷たい王妃との関係に嫌気が差し、たまたま出会った美しい娘に目をつけた。娘は国王の命に背くこともできずに召されることになり、1人の男児を産み落とした。
しかし娘は、王妃を差し置いて自分の息子が王子として認知されたことを心苦しく思っていた。
彼女は息子を、せめて王子としてふさわしい人間に育てるべく奮闘した。自分のことよりも国民を思う人であるように。身分を振りかざさず公明正大であるように。けれど正しさの中には愛情が存在しなければと、愛情深く育ててきた。
こう言ってはなんだが、ユーグから見ると、王妃よりカイン王子の母親の方が、母としては立派だったのではないかと思う。
そんな母親の厳しくも愛情深い教育のおかげで、カイン王子は、私利私欲より公益を考えて行動できる人間に成長した。
身を削るほどの国民に対する献身。
そんな、いつも真面目でひたむきなカイン王子の姿に、ユーグは少しずつ自分の行動ーーひいてはルラ教団の教義に疑問を感じるようになっていった。
やがて、カインが自分寄せてくれる全幅の信頼、それに応えたいと願うようになっていた。
ーー精霊の祝福など、今でもクソ喰らえと思う。
しかし、その内に含まれる感情は、以前とは全く異なる。
以前は「ルラ教団」の邪魔をする存在として疎み、今は「カインの道」を邪魔するものとして厭わしい。
同時に、カインを利用しようとするルラ教団を煩わしく思うようになった。
そもそも自分の意思で帰依したわけでもない。信者の子供だから選択の余地がなかっただけだ。
しかし教団から抜けるのは難しい。ルラ教団は秘匿された宗教団体だ。秘密を守るために裏切り者には死を。そういう世界である。
だからせめて、カイン王子のために内部情報を入手してやろうと割り切った。
実際、狩りに乗じてアイリーンを害そうという試みを聞き、自分がその役目を買って出た。そうしてカインが彼女を助けられるよう、お膳立てをした。
カインがアイリーンに、仄かな想いを抱いているのを察して、後押ししたいと思った。あの横暴なアメリより何倍もマシだ。
それに予感もあった。
(あの子が、本当の精霊の愛し子だ)
精霊の愛し子とは、聖獣を手懐ける存在だ。
戦う能力が上がるわけではない。普通の、どこにでもいる少女だ。しかし愛し子であるがゆえに、ルラ教団から狙われる立場にある。
血の滲む努力を重ねても、精霊の祝福を得ることができず葛藤を続けるカイン王子。そんな彼も、精霊の愛し子を手に入れたなら、自己肯定感を上げることができるかもしれない。
だからユーグは、ルラ教団に所属しながらもカイン王子のために、学園内で密かにアイリーンを守っていたのだ。
そして、
(カイン様が精霊の愛し子と手を取り合えば、王位継承に何の障害もない)
とそんな未来を夢見ていたけれど。
ーー裏切り者の自分に、その夢の続きを見ることはできないだろう。




