22
その日の午後、授業を終えた私が、帰宅をするために学園の門に向かっていると、
「アイリーン」
と背後から声をかけられた。お昼に聞いたばかりの、関わり合いになりたくない声だ。
(今度は私か……)
お昼にルイスから、けんもほろろな対応をされたので、方向性を変えたようだ。
要件を聞く前から無視するのも大人気ないので、私は振り返った。
「……何か?」
声の主は、当然のようにアメリだった。彼女は傲然と言い放った。
「ルイス王子のことで話があるの。ここではなんだから、ついて来て」
「……」
一人でのこのこアメリについていくなど、危険極まりない。そもそも、どういう思考をすれば、私が大人しく着いてくると思うのだろうか。謎だ。
「絶対に、嫌」
私は当然、断固拒否した。
「貴女の取り巻きがいるのなら話はしないし、人気のないところでも話はしない」
前回の狩場の件で身に染みた。警戒はしすぎることはない。
「そう、なら……仕方ないわね」
どうやら最初から、私がおとなしく着いてくるとは考えてはいなかったようだ。アメリは軽く首をすくめると、俯いて何か小さく呟く。
(これは……)
その言葉ーー呪文に反応するかのようにアメリの額が淡く光る。空気が澱み、空間が歪んだ。禍々しい気配。
歪んだ場所から黒い霧が発生し、それは一箇所に集まると、何かを形作る。
霧はやがて実態を持ちーー魔獣が現れた。
ルイスの言葉を思い出す。精霊の愛し子に魔獣を従わせる力はない。その秘術を持っているのは、ルラ教団だけだと。
やはりアメリはーー何らかの形でルラ教団に関わっているのだろう。しかし。
(こんなところで襲う気!?)
学園内で襲ってくるなんて、正気の沙汰ではない。
私は身構えた。けれどーー。
魔獣は私ではなく、アメリに飛びかかった。その鋭い爪で彼女の左腕を引っ掻く。
「きゃぁ……!」
アメリが短い悲鳴を上げる。そして、私を指差した。
「誰か……っ! 魔獣が! この者が私に魔獣を!」
その訴えと同時に、見慣れない格好をした男たちが集まってくる。武装しているけれど、学園の警備兵ではない。
(どうして私兵がこんなところに!?)
彼らは私を取り囲み、腕を乱暴に掴む。仰ぎ見ると、誰もが感情のない虚ろな瞳をしていて、背中がぞくりとする。
彼らは恐らくルラ教団の信徒だろう。この流れは、最初から仕組まれていたのだ。
その一方で、
「何故、部外者が入り込んでいるの!?」
「学園内で勝手な行為は許されないぞ!」
と聞き知った声が割り込んできた。
彼らは素早い身のこなしで私兵たちの狼藉を止める。
(フェルナン……)
そしてステラも一緒だった。二人とも、何故か学園の警備兵の扮装をしていた。
同時に騒ぎを聞きつけた人たちが、何事かとわらわらと集まってくる。
彼らに向けて、アメリは左腕を押さえながら、勝ち誇ったように吠える。
「私は国の宝、精霊の愛し子よ。この私を傷つけたお前を、王に罰してもらうわ!」
そしてもう一度、私を指差した。
何が起こっているか分からない観衆は、戸惑うように私とアメリを見比べている。そんな観衆を、ステラが追い立てて立ち去らせていた。
この場に残ったフェルナンは、私兵たちに向けて、
「どこの私兵かは知らないが、今すぐ退け。彼女は我々警備兵が、正式な手続きを踏んで、お連れする」
と物々しく警告を発する。その言葉に私兵たちは、
「我々は、精霊の愛し子であるアメリ様を守るための護衛だ。学園の警備兵如きに命令される筋合いはない」
と簡単には引き下がらない素振りを見せたけれど、
「もう一度言う。引け」
とフェルナンはそう繰り返し、懐から何かを取り出し私兵たちの鼻先に突きつけた。それは恐らく身分証明書のようなものだろう。
彼らは顔を見合わせたのち、渋々私から手を離した。入れ替わるようにフェルナンが近づいてくる。
フェルナンが私に、着いてくるよう促した。私は頷いて彼の後を追いつつ、振り返る。そして、私を憎々しげに睨みつけているアメリに呼びかけた。
「アメリ。私は、逃げも隠れもしない」
私は無駄な争いを避けるため、ずっとアメリと距離を置いてきた。母とルイスともふもふとーー家族とつましく支え合って生きていくことができれば十分だ、と思い続けていた。けれど。
「だから私は王の元へ参りましょう」
もう、こんな不毛なことは終わりにしなければならないから。




