終焉の世界〜彼女の考え〜
「空が真っ赤……これって…多重透明境界?」
私の問いに、命さんは私へと微笑みながら、髪を片手で払うと、空へと顔を向けこう答えてくれた。
「未来、多重透明境界の話をした時の事を、覚えてるかしら?あの時、貴女はーー矛盾に気づいていなかったのよ」
「矛盾?何の事なの!?あの時、空はこうして赤かったしーー能力はこの世界でしか発動出来ないって……」
そこまで言って、私は口を閉じる。能力が発動出来ないと言ったのは覚えてる。空は、見上げたら赤くてーーでも、さっきは……星空が見えて、能力…剣を命じたままに動かせる。私の思考や記憶もーー
「そうよ。ちゃんと解ってるわ。未来、貴女はーーあの時に、よく考えるべきだったのよ。何かがおかしいと考え、悩む事をーー貴女は、放棄したのよ」
「そんなーーそんな事…私はーー」
額に手を当て、私は首を振る。あの時の事を……記憶から引きずり出そうと、指に力を込める。
「おかしいと思わないかしら?未来や零司は、空を眺めていたでしょう?その時は、空が赤かったかしら?」
「……普通の空だったよ。星が空に広がっていて、でもーーそれじゃあ、この光景は……何なの!?」
「ーー零に、何もかもーー無くなればいい」
聞こえた声に反応するように、私は振り向く。
巨大な剣が体を貫いたまま、起き上がり、ゆっくりと滞空するように、浮かび上がるのは零司君。
「零…司君?ねえ!?零司君!!何がどうなってるの!?」
零司君は、浮かび上がったままーー処刑剣が音も無く体から抜け、滞空する零司君の横に切っ先を地面へと向け、並び立つ。
「未来、多重透明境界に入った時の事を覚えてるかしら?」
「命さん!!そんな事はどうでもいいから…これは、どうなってるの!?」
「落ちつきなさい。未来、私は重要な事を聞いているのよ?思考しなさい。考えるの」
命さんの真剣な表情を見ながら、私は首を振り、零司君へと更に叫ぶ。
「零司君!!ねえ!!れいーーッ!?」
「未来……私の話を聞きなさい。貴女にーー残されたチャンスを生かしたいなら、私の話を聞きなさい」
叫ぶ私に対し命さんは、首を握り潰さんとするほど、力を込めて私を振り向かせる。
「……ぐ……るし……みこ……か……ぁ」
「未来、貴女はーー私達とは違う。ただの人よ。故にーー今から何かが起きると仮定して、貴女は…それにどうやって対抗するのかしら?対抗する手段は?私の、ただの遊びの力にすら、貴女は抵抗出来てない。だからこそーー」
命さんは首を締める力を緩め、私は無我夢中で腕を振り払うと、全力で呼吸を繰り返す。
涙が出て、口に溜まった唾が、ヨダレとなって地面に落ちる中…命さんは更にこう付け加える。
「私の話を聞きなさい。何もかもが終わってしまった時に、未来が後悔しないようにね」
「ゼェ…は…ぁ……みこ……とさんはーーハァ……何を…求めてるの?」
「さあ?私には解らないわ。ただ、未来ーーこの状況を打開出来るのは、多分貴女しかいないわ」
命さんは、顔を真っ直ぐに零司君へと向け、鋭く睨むとーー私をそのままの表情で見つめる。
「どういう…こと?私にはーー」
「解らないなら、考えなさい。情報を突き詰めれば、何か浮かぶかもしれないわ。さっきのーー未来の考えのように」
情報…足りないものだらけ。何故命さんは、私に情報を与えるのかーー赤い空、矛盾、零司君に何が起きてるの?考えろ。考えて……
「多重透明境界に入った時は…確か、空が赤かったーー違う。それは、説明された時点の話よ。命さんや零司君が、剣を使っていた時は、赤くなかったもの。じゃあーー多重透明境界は、その前の段階で入っていたってこと?」
「その通りよ。あの時、未来は恥ずかしがっていたわね。下着を見られたら……と、その前の時点で、貴女は既に、多重透明境界に入っていたのよ。正確に言えばーー」
「あの人狼に襲われた時だよね?私は、あの時点で、多重透明境界の中へと入っていた。それなら、これは何?この世界はーー何なの?」
命さんは私を見つめ、空を見上げるとーー
「この空、何故赤いか解るかしら?むしろ、どうして赤いのか」
その問いに、首を捻りながら私は…ふと、零司君を見る。
零司君は、滞空した状態のままで、処刑剣が不意に…零司君の周囲をゆっくりと、ゆっくりとした動きで、円を描くように回転し始める。
「……始まったようね。未来、この世界に来た時、私は何と言ったかしら?」
「始まったってどういうこと?……命さんの問いに答えるなら、確か、命さんと零司君の世界にーーあの時は、多重透明境界の事だと思っていたけど…それが違うとなると……」
「そこが未来の間違いの元ね。仮に、多重透明境界が、私と零司の世界だとするわ。それならーー部外者が何故入ってこれるのかしら?そもそも、極限幻想何て存在を、わざわざ二人の世界に登場させる意味はあるのかしら?」
命さんの問いにーー私は、指を無意識に走らせる。
目の前には、無数の金色に輝く文字が浮かび上がり、指で書き出す文字は、青く光り輝く。
「命さんが言うように二人の世界ーーこれが、今の赤い空の世界。多重透明境界は、私のような部外者や、極限幻想が出てくる世界。区別すれば、こうなるよね?多重透明境界は、目視も出来ず、境界を越えた認識すらない。赤い空のここは、赤い空として認識出来る」
「区別するなら、そうなるわね。多重透明境界は、未来が言ったように、部外者や怪物が出てくる世界。さて、未来ーー私達が生き残るうえで、部外者や怪物は必須かしらね?」
「……生き残るうえで?そう言われたら、必須だよ。命さんや零司君は、他人の命を使わなければいけない。だから…だからーー多重透明境界の中に入った人を……生け贄に……している?」
私の指が震える。そんな私を命さんは、愉快そうに笑いながら見ると、こう続きを話始める。
「そうよ。未来、情報が多ければ多いほどーー答えに行き着くわよね?もしくは、未来が考えただけの仮定の話かもしれないわ。でも、情報が無ければ、それを考えることすら…出来ないんじゃないかしらね?」
命さんは、私を見ながら、微笑み…私は、震える指で書き足していく。
「そして、知りすぎた情報を駆使することは、それだけ、物事の核心へと行き着く。故にーーそれは、当人や周囲に対し、諸刃の刃ともなり得るんじゃ……ないかしらね」
「……情報を与えたのは、命さんや零司君じゃない。何よそれ!?私にーーここまで考えろと言ったのも!!」
「それは、未来が……自分で欲した情報の代価じゃないかしら?まあ、巻き込まれ、理由が解らず、解りたいと願った……これこそが、未来の欲した何かかもしれないわね」
命さんは、そう言ってーー零司君を見やり、私も零司君へと顔を向ける。
処刑剣は徐々に動きを速くしている。グルグルと、竜巻を作るように、回転は加速していく。
「……私が、欲した願い……この赤い空はーーどうして、赤いの?」
「……知っていいのね?考える事を止めないのね?未来の意思はーーそこにあるのかしら?」
私は無言で目の前の本に指を添える。それを見た命さんは、満足するように頷くと、口を開く。
「この空はーー今の時刻と、関係があるわ。教会の鐘の音を聞いたわよね?未来なら、何時か解るわね」
「夜中の十二時の合図だよ。これが関係あるって……どういうこと?」
「……こう聞いたら、関係が解るんじゃないかしら?ここは……零司の世界」
零司君の?零……零司君は、零に……
「まさかーー零司君……は、零時《0時》の意味があるの?」
「あら、深読みし過ぎよ。元から零司は、零司よ。ただ、未来が言ったようにーー0時0分00秒。0000と四つも並ぶわよね?零司は、全てを零にしたいと願った。ただ、願っただけでは、望みが叶う筈は無いわね?」
私は頷き、命さんは片手で髪を払うと、更にこう続ける。
「それに、零司は私と誓約を交わしたわ。交わしたうえで、零司は全てを零にしたいと願ったのよ。零司は、何故全部を零にしたいのかしらね?」
「……腐った……世界から解放されたい…から?零司君は、そう言っていたよ」
「そうね…それは正しいかもしれないわ。でも、それならーーこの世界は、何故あるのかしらね?そして、腐った世界は、どこを指すのかしらね?」
指をゆっくりと本に添え、私はーーページを開く。
情報の羅列。金色の文字は、浮かんでは消え失せ、びっしりと書いてある文字を、私は読み進める。
「……夜中の十二時に関係があるとすれば……世界の切り替わり?とか?基本的に夜中の十二時で、日が跨ぐし…」
「未来、確かにそれはそうよ。でも、私は推測するうえでーー情報は、既に未来へと言っているわ。いい?零司は、腐った世界とも言ったわね。そしてーー私や零司自体も、零にしたいのよ?そして、この赤い空の世界はーー二人の世界だと言ったわね?じゃあ、どういうことだと…考えられるかしら?」
「……命さんや零司君も、全てを零に?赤い世界は、二人の世界で……腐った…世界は……この、元凶?……じゃあ、もしかして……」
私の指の動きが加速していく。金色に輝く文字は、書き足される、青の文字に埋もれていきーー
「命さんーーつまり、零司君はーー命さんと出会った事を……無くしたいの?ううん、もっと言えば、この世界ーーあらゆる全てをーー」
「零にしたいのよ。そうーー零司は」
「あらゆる物を、全てを、無に……出来る存在なのよ」
命さんの答えを聞きながら、加速していく処刑剣がーー
漆黒の闇を……生み出し始めたのを、私はーー見ていた




