幻想とは何か?〜人として正しいこと〜
「あ、そういえば…零司君や命さんは、その剣をどうやって使ってるの?」
未来は、空中に文字を描きながら、俺と命へと質問する。
「そうね、未来には言ってなかったわね。まず、この剣は、白銀製の剣なのよ。これは、極限幻想に対する、特効の武器ね」
「アンリミテッド?前に言ってた、ダストとは、また違うの?」
未来は首を傾げ、その問いに命は頷くと、説明を続ける。
「極限幻想、これはーー簡単に言えば、お伽噺話の中に出てくる、怪物を意味しているわ」
「……どういうこと??」
「未来、俺達が言う極限幻想は、それは幻想なんだ。お伽噺話の中で、竜や、鬼や、財宝を守る怪物。これらは、未来でも知っているはずだよな?」
未来は問いに頷き、命は俺を見ると、顎で続きを、と催促してくる。
「そういった、大抵の人が認知している存在。だが、幻想の中にいる存在は、幻想にしか有り得ないだろ?」
「え?吸血鬼とか人狼とか、竜なんかは、確かーー実際にはいたんじゃないか?みたいな話もあるよね?」
未来の問いに俺は頷き、未来は、再度首を捻る。
「そうだ。未来はよく知ってるな。だが、俺達が言う、極限幻想は、それとは違うんだ。幻想は、しょせん、幻想だからな」
「ごめん、零司君の言ってる事が理解出来ないよ……」
「しょうがないわね……いい?未来ーーお伽噺話の中で、そういった怪物は、何の象徴かしら?むしろ、その怪物は、貴女から見て…どういう認識を得ているかしら?」
命の問いに、未来は顎に指を当てて、しばし考えーー
「んー、お姫様を連れ去って…助けに来た王子に倒されたり、人を襲ったりしてたんだけど…その後、仲良く暮らすパターンもあるけれど……一杯あって解んないよ」
「未来、それは…本来なら、有り得ない姿じゃないかしら?怪物、王子、お姫様、仲良く暮らすなんて、論外よ」
命は、淡々とそう言い、髪を片手で払う。
夢も希望も無いような、そんな言い草に、未来は額に指を当てる。
「いいじゃない。お伽噺話なんだから…そう言う、少しくらい、夢を見てもいいような内容が……あ、だからーー」
「そうだ。幻想はーーだからこそ、幻想なんだ。未来が言うように、そこには、夢があり、結末があり、希望がある。なかには、悲しい終わりもあるがーーだが、見てる人は、その幻想を認識し、それらを情報として認知するだろ?」
未来は大きく頷き、俺は未来を見やりながら、口元に手を当てる。
「はいはい、これが欲しいのね」
命が煙草を口に突っ込み、火をつけると、紫煙の匂いに満たされながら、俺は続きを話始める。
「認知した情報は、その人の捉え方で変化するよな?例えばーー竜を倒すには、ある種の技量と、特別な武器や道具が必要だったり、正義の味方は、負けないーーとかな」
「うん、そうだね。すっごく強い剣とか、魔法とか、そういうの使って倒すもんね」
「ああ、その通りだ。そういう類いの話を読み、人の印象が、強い怪物が生まれる訳だ。それが、例えばーーこの世界に現れたとしたら、それは、極限の怪物になると…思わないか?」
未来は、そこまで話を聞き、指を空中で動かすと、何度も頷く。
「ああ、そっか。極限の怪物は、私達の認知した強さの度合いで現れる。それが、どの程度か解らないけれど……零司君が言うように、幻想の中で有り得る存在が、現代に現れ、それがーー」
「簡単に言えば、極限の幻想となるのよ。未来や、普通の人が認知した怪物が、この世に実体を持って現れる。幻想が、実体を持って、私達へと猛威を振るう。だから、極限幻想という呼び名にしたのよ」
「そして、未来を襲った…あの人狼は、幻想になれなかった存在なんだ」
俺はそう言い、煙草を地面に押し潰し、未来は俺と命を見て、口を開く。
「極限幻想は解ったけど、あれは話も出来たし……意志もあったよね?私を最初に……あの時……確かーー普通の人に、見えたよ?」
「ああ、そうだな未来ーー極限幻想も変異屑も、元を正せば、同一の存在から……成り立つ生物なんだ」
未来の動きが止まり、俺をーー困惑した表情で見つめる。
「要するに、未来が見たのは、変異する前の実体なんだ。故にーーこれらは、さっきも言ったが、情報を元に存在出来る。じゃあ、その情報はーー何から得て、どれを……使うのが一番いいと思うだろうか?」
未来は、体を震わせる。答えに行き着いたようだが、信じられないといった表情で、俺を見ている。
「……未来、情報を持っているのはーー俺達が認知したのが前提だ。認知するに辺り、その記憶はーー脳に、刻まれるよな?そして、俺達は、あれを変異とも言った。もう、言わなくても解るな?」
「嘘……じゃあ、あれはーー本当に、人……だった?……の?」
未来が、震える肩を抱きながら、俺を見る。
その問いに、俺はーーゆっくりと頷き。未来は、嘘よ……と小さく呟く。
「あら?未来、さっきも言ったけれど、零司は生命力を、私に返還しているのよ?あれは幻想だと認知した状態が、前提の条件だと、今言ったばかりよね?お伽噺話の中に存在するのは、本当に……生命力を得ているのかしら?」
「……命さん、私達が認知した存在は、お伽噺話の中では、躍動感溢れる動きをしていたよ?まるで生きてるみたいーーなんて…思った事もあるし、生命力が有るか無いかなんてーーそんなの解らないよ」
「未来が言った事は、その通りだな。人によって、受け方や思想や、感情等も違うのは、当たり前の事だ。未来が思うように、お伽噺話の中の人や、怪物は生きているかもしれない。だがーー」
俺の意見を聞きながら、未来は、命と俺を見ると、ゆっくりと空を見つめる。
「実際は、確かめる余地が無い。その話の中に、入れる訳じゃ無いからな。実際に、人物や怪物に触れられる訳もなければ、会話も出来ないよな?もし、仮に出来るとしたらーーそれは、個人の想像か妄想、もしくは、魔法か…何かしらの能力か、まあ……普通に考えれば、確かめる術は無いと解るな?」
「……それはそうだけど、だからってーー幻想の存在を、私達がーー待って…幻想を認知し、それを……認める事が……必要なの?」
「ようやく解ったようね。そうよ…認知し、情報を元にーー実体を得るには、それが有る、と認めなくてはいけないわ。故に、情報を得ているのは、脳に直結する……脳が無ければ、情報を情報として認知するのは、不可能よね?」
「うん、それは無理だよ。体を動かす為にも、脳は必要だしね。でもーー情報を認知して、それを有ると認めるって言ったけど……そんな事をする人なんて、いないんじゃないの?」
未来の問いに、命と俺は互いに見やり、軽くため息をつきながら、俺は未来へとこう言った。
「未来ーーよく聞いて欲しい。いいか?未来が言ってる事は、おかしいんだ。だから、よく聞いてくれ。まず一つーー俺達の話を理解していないということ。二つ、未来は現実を否定しているということ。三つ、これが、一番の理由じゃないかと思うが……未来は、人を殺したと言う、俺と命を受け入れられない。そしてーー自分の命を延命したのは、事実であることを否定している」
そこまで言い終え、俺は唇を命へと向け、無言のまま、煙草を口に突っ込まれ火をつける。
「ーー未来が否定したい気持ちは解る。それは、人として自然な事だとも解る。だがな、現実を直視し…それを理解し、受け入れなければ……未来は、人としてーー絶望的に下らない存在。もしくは、圧倒的に終わった存在。もっと簡単に言えば、ただの……人という形をした肉の器と成り下がる」
「…………私はーー」
未来の声は小さくて聞こえない。紫煙が、未来の姿を揺るがし、俺はその光景を黙って眺める。
「零司君や命さんとは、違う……人を殺す事を受け入れるーーそれを使う事をーー私は……」
自問自答を口にしながら、未来は、当たり前のように俺達を否定する。
煙草を吸いながら、未来を眺め続け…不意にーー
「未来、未来は、人として実に正しいと思う。俺はなーー」
何を思ったか、自分でも解らない。ただ、言わなければいけない気がして…
「未来のように、人としてーー悩みたいものだ」
煙草を押し潰し、紫煙を吐き出す。未来は、俺をただ見つめーー
「零司、貴方ね…本当に……困った男」
命のぼやきを聞きながら、俺は、頭をかく。
「……人と……して?私はーー認め…たいの?否定…したいのかな?」
「さあ?それは、私や零司じゃ答えられないわ。でも、そうねーー受け入れようが、拒絶しようが、ここにいる未来や私達は、何も変わらないわね」
「変わらない?どうして?」
未来のそんな問いに、命は肩をすくめて、額に手を当てながら答える。
「未来……よく考えなさい。人として、当然のように悩んでるわね?矛盾したり、否定したり、肯定したり、未来という人が悩んでるわよね?」
未来は頷く。命は、そんな未来を見ながら、首を振り更にこう付け加える。
「ほら、変わらないでしょう?未来は、実質の中身がどうであれーー未来は悩むのよ。それが、未来という個人の意思と思考じゃないかしらね?」
命は、そんな事を言うと、髪を片手で払う。
「……命さん、何か……ありがとうね」
未来は、そう言って微笑む。何かしらの答えに行き着いたように、穏やかに微笑む。
「さあ?何の事かしら?私には、意味が解らないから言ったのだけれど」
黒髪が命の顔を隠す。横顔がチラリと覗き…
少しだけ、赤く見えた頬を俺はーー微笑ましげに見つめていた




