2.ラコウム村
木漏れ日が差し込む緑に囲まれた森の中で、剣が重なり合う高い音が辺りに響き渡る。
剣を打ち合っているのは、赤毛にひげを生やした体格のいい初老の男性と茶髪の若い青年。
そのすぐそばの切り株ではそんな2人の打ち合いを藍色の髪を後ろで結んだ青年が面白そうに見物していた。
その時、少女の元気な声が聞こえてきた。
「おーい、みんなー」
その声に青年は一瞬気を取られ、その隙を男性は見逃さず、蹴りつける。
腹部を蹴られた青年はそのまま数メートル吹っ飛び、木に背中を打ち付け、うめき声を上げてうずくまった。
「ぐうっ」
「カルス!」
「うわっ!大丈夫か!?」
カルスと呼ばれた青年に、先ほど呼びかけた少女と切り株にいた藍色の髪の青年が慌てて駆け寄る。
「隙を見せるのが悪いのだ、バカ息子!
よし!次はリゼル、来い!」
初老の男性、カルスの父親ガルーシャは、次に藍色の髪の青年リゼルに狙いを定めた。
しかし、当のリゼルは物凄く嫌そうに顔を歪めた。
「ええ!俺はいいよ。ってかさ、もういい年なんだから、頑張り過ぎは体に良くないって。
だから、ちょっと休憩しようぜ、俺腹減ったし~」
「年とはなんだ、軟弱者め!!私はまだまだ若い者には負けんぞ!」
リゼルのその言葉に、ガルーシャは持っていた剣を振り回しながら、「まだまだ現役だー!」と言いながら動ける事をアピールする。
「はいはい、若者じゃなくても親父に付き合ってられる奴なんて殆どいないって……おいリアナ、何とか言ってくれよ」
リゼルに声を掛けられ、カルスの様子を心配そうに見ている少女が振り向いた。
「おじ様、レナお婆さんがシチュー作ったから一緒に食べないかって言ってたよ」
「むっ、レナ婆のシチューか!ならこんな所で時間を潰しておる場合ではないな。
お前達、訓練はまた後でだ!」
そう言い残し、ガルーシャは足早に去って行った。
「……全く台風みたいな親父だな……」
リゼルの呟きに、2人は否定する事無く苦笑いした。
「カルスは大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ」
リアナがカルスの様子を気に掛けるが、カルスは何事も無かったかのように、すっと立ち上がる。
それをリゼルは態とらしく褒める。
「おお、流石あの親父の息子。
あれだけ見事に吹っ飛ばされて、もう大丈夫ってどんな体してんだよ、お前等親子は」
「物心つく前から強制的に鍛えられたからな、あはははっ………はぁ」
カルスは何かを思い出したのか、最後は深いため息を吐いた。
その理由を知るリアナとリゼルは可哀相なものを見る目を向ける。
「じゃ、じゃあ村に戻ろう。早く行かないとレナお婆さんのシチュー全部おじ様に食べられちゃうかも」
「レナ婆のシチューは絶品だからな、食いっぱぐれないように急ごうぜ」
「ああ」
そしてリアナ達が森を歩いて暫くすると、木々に取り囲まれた開けた空間に辿り着いた。
そこには建物が建ち並び、作物が実った畑や
ここがラコウム村。
帝国からの侵略を受け、逃げ延びた人達が森を開拓し全員が自給自足でひっそりと暮らしている村で、2年前に領地に帝国兵が進軍して来た時、王弟の一人娘のリアナを連れて逃げた元将軍のガルーシャが、実子のカルス、養子のリゼルと共に辿り着いた場所だ。
逃れて来た人々が作った村の割には、個々の家々は驚くほどしっかりとしていた。
逃げてきた人の中に大工を生業にして来た人が数人いた為、その人達の指示の元に作業が行われたお陰だ。
そしてこの村には国内の人達だけではなく、中には隣国から逃れてきた人も集まって来ていて、かなりの人数の集落となっていた。
いち早く降参した隣国のマリ国とナーベル国。
あっさり降参する両国は弱腰の対応と言えなくもないが、帝国に対抗するほどの軍事力を持たない小国には、無駄な犠牲を出さぬ為の最善の策だったと言える。
しかし、それは皇帝ウラジミールに敗者に対して、情けや慮る気持ちを持ち合わせていればの話だった。
反抗の意志はないと示したにも関わらず、帝国は両国の王族を殺害、自国の支配下へと納めてしまった。
多くの兵士や国民を捕虜として虐げ、まるでたちの悪い盗賊のように街や村を襲い、食料や金品などの略奪行為を行う帝国兵。
そんな場所から命からがら逃げ延びた人が国境を越え、ここまで辿り着いて来たのだ。
村に入り、レナ婆の家に向かっていたリアナは、少し離れたところに目を向けると、数人の女の子達がカルスとリゼルの事を顔を紅くしながら見ていた。
元将軍の息子だけあり、幼い頃から上流階級の教育を受けたカルスは、立ち居振る舞いが隠していてもどこか品があり、性格も穏やか。
そんなカルスとは対照的に野性的で、誰とでも仲良くする人懐っこいリゼル。
そんな2人は容姿もかなり整っており、村の女の子達がほっておく筈もなく。
しかし、リアナとカルスとリゼルと所謂幼なじみという関係で、そしてリアナの王族という立場上、カルスとリゼルは過保護なほどいつもリアナの側にいたため、リアナは2人に好意を寄せている村のほとんどの女の子から反感を買ってしまっていた。
以前、その中の一部の子から嫌がらせを受けた事があった。
すぐさま2人が報復して嫌がらせは無くなったのだが、2人が守ったことで尚更反感を強まった。
脅して以降は、離れたところから見るだけで虐められる事はなくなったが、顔を合わせようものなら顔を歪めて敵意を向けられるようになった。
勿論、カルスとリゼルがいない所でだ。
チラチラと女の子達を見ているとリアナの様子をいち早くカルスが気付いた。
「リアナどうかしたの? また何かされた?」
「えっ、ううんなんでもない」
「何かあったらすぐに言えよ、2度とそんな気が起きないようにしてやるからな」
そう言いリゼルが彼女たちの方を睨み付けると、可哀想なほどビクついてそそくさと逃げて行った。
兄弟のように幼い頃から一緒にいた2人が側にいる事に不満を感じた事は無かったが、女の子同士の会話もしたいと切実に思っていた。
しかし、村の殆どの女の子達からは敵意を向けられ、残りの一部も火の粉を被りたくないとリアナと積極的に話し掛けてくるものはいない。
リアナは去って行く女の子達を見ながら深く溜め息を吐いた。