跳べない兎達へ
速く早くはやく
思考が身体に伝わるより先に動いている。
周りの音は気にならない。
自分の呼吸と鼓動の音がやけにはっきりと聴こえるからだ。
『ラビット3。目標まであと720メートル』
耳元で、聞き慣れた機械音声が響いた。
兎は答えない。
目の前には、鋼鉄のシャッターがある。あと数秒もすれば到達することだろう。
分厚い装甲。電子ロック。対人地雷。扉の向こうには、施設がある。そうまでして守られる施設が。
そして、そのさらに奥には、ターゲットとなる複数名。傍らにいるこの男の関係者たち
爆発まで、九秒。
『警告。目標に到達していません。現地点では威力50%半減予測。警告ー』
「……うるさいなあ」
少女は、ため息をついた。
年齢は、まだ十二歳。
小柄な身体に、対して堅牢でもあり、軽量とも言える装備を身につけている。表情はバイザーで読み取れない。
背中には、彼女が所属する部隊の識別番号。
《特殊機動部隊・第零班》
任務は単純だった。
防衛網を高速で突破し、目標地点でターゲットもろとも自爆する。
自らの命と引き換えに、この施設を主要人物ごと消し飛ばす――――――――はずだった。
爆発まで、八秒。
「ねぇ」
「うん?」
「私、走るのは得意なんだよ」
「そうか」
「でも、なんかさ」
兎は、シャッターを見上げた。
「あんたの話聞いてたら、走った先に何もないのってつまんないかも」
「…」
「だから、今回はやめた」
爆発まで、七秒。
彼女は腰の装備に手を伸ばした。
『警告。禁事項D4が実行されました。直ちに所定動作を再開してください。警告ーー』
バイザーの音声装置を叩き割る。うるさい
自爆装置の安全機構を解除する。
赤いランプが点滅した。
残り六秒。
兎は笑った。
怖くなかったわけではない。
死にたくなかったわけでもない。
ただ、彼女はずっと疑問に思っていた。
どうして自分たちは、走ることしか許されないのだろう。
どうして、命令された場所で死ぬことが、正しいとされているのだろう。
どうして、誰も一緒に帰ろうと言ってくれないのだろう。
「……行こ」
残り五秒。
男の首根っこを離し、兎は、踵を返した。
残り四秒。
「おじさん!あんたのお願い――――」
彼女は走り出した。
残り三秒。
「生きてたら、叶えたげる!」
二歩で2.6k/h/sまで加速。瓦礫を跳ねるように飛び 越える。
残り二秒。
崩れかけた通路を駆け抜ける。
残り一秒。
そして。
世界が、白く染まった。




