第三章 その18 九死一生
ジェンが意識を取り戻すと広場内を照らしていた光球の灯りはなく、周囲は完全に真っ暗だった。
所々痛む身体に鞭打って、一つだけ残っていた光球を使うと辺りが少しだけ明るくなった。
それでもまだ仄暗い洞窟内部ではあるが、慎重に周囲の状況を確認する。
グリフォンが〈雷撃〉を放った瞬間にパプルがジェンに覆い被さる様に動き、その直後に爆発が起こった。
どうやらそれほど大きい爆発ではなかったらしく、今のところは崩落が起こりそうな気配はない。
ジェンが倒れていた場所は、洞窟の壁際近くだった。
自分が軽症で済んだのはパプルのおかげなのは理解していた。
なのでジェンは自分を庇ってくれたパプルの姿を探す。
少し熱を放ち始めた光球を手に持ちながら、周囲を照らすと数メートル離れた場所でパプルが倒れているのが見えた。
ゆっくりと身体を動かし立ち上がる。
身体を動かした際に身体のあちこちが少し痛むのは、顔や手足に擦り傷や切り傷、それに軽い火傷があるから。
現在のジェンの状態はそんな感じであり、されどその程度の傷で済んだのもパプルのおかげだと感謝するしかない。
ジェンは倒れているパプルに近づくとすぐに状態を確認してみた。
少し動かしてみたのだがパプルは反応を返さず、顔を近づけてみると既に息をしていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ姐さん! ダメだ! こんなっ! まだ……」
さすがに状況を飲み込めず、ジェンは心を取り乱しかけた。
だがすぐに嫌な気配を感じ取り、その方向へと視線を向ける。
視線の先には淡く光るグリフォンがいた。奴は再び〈雷撃〉を使おうとしており、あの忌まわしい光が今にも放たれようとしていたのだ。
「いい加減にしろよ、お前」
ジェンは怒気を含んだ声で呟く。
そしてグリフォンに……いやその向こうで死体を操る能力者に対して、人など簡単に射殺せてしまいそうな鋭い眼光で睨みつけながら宣言したのである。
「必ず復讐は遂げる。生き物の尊厳を弄ぶお前は絶対に許さない」
するとあまりにも力強いジェンの宣言に何かを感じ取ったのか、初めて向こうが反応を示した。
なんと、突然グリフォンの死体が人間の言葉を発したのである。
『……クククッ、出来るものならやってみろよ、雑魚能力者ァーッ!!』
死体を操る能力者はジェンの言葉に対して挑発するような言葉で返した。
そしてその直後、無慈悲な〈雷撃〉がジェンに向けて発射され洞窟内は閃光に包まれ、同時に轟音が鳴り響く。
トドメをさすべく放たれたグリフォンの〈雷撃〉は避けることを許さず、そのままジェンに直撃したのである。
◇◇◇
凄まじい閃光が洞窟内部を照らし、光の先には直撃を受けた人物の影がある。そこから数十秒か、それともさらに長い時間だったのかは定かではないが、しばらくしてようやくその光は収まっていった。
例え混血者であろうとも直撃すれば無事では済まないと思えるような、そんな強烈な一撃だったのは間違いない。
だから生きているはずなどないとグリフォンの死体を操っていた能力者がそう考えたのは当然である。もしも万が一、仮にまだ生きていたのだとしても瀕死の重傷であるはずだと決めつけていたのだ。
だからこそグリフォンの目を通して暗闇の中で平然と動きだしている男の姿を見て、何かの間違いだと思ったのだ。
身体が淡く発光しているのに、そんな事は当たり前だと言わんばかりに動いて、瞬く間にグリフォンの瞳を破壊する、そんな人間が実在する訳がないと。
だからこちらの視界を奪う直前に、『次はお前だ』とそう口を動かした様に見えたのも、きっと見間違いだったのだと、死体を操る能力者がより強く思い込みたかったのは当然であった。
◇◇◇
単純な話、ジェンが〈雷撃〉を受けて助かったのはパプルのおかげだった。それは身を挺してジェンを庇ったからという事だけではない。パプル自身がが最後の力を振り絞って使用した能力の効果が最大の要因である。
パプルはジェンを庇うと同時に能力により〈身体活性薬〉を作り出して、それを彼に服用させていたのである。
その結果、薬の効果により一時的にジェンの全ての能力が活性化し、治癒力も上昇したジェンは〈雷撃〉で受けたダメージを短時間で回復させたのである。
さらに恩恵はそれだけではない。ジェンの持つ異能力〈増幅と減衰〉も動揺に強化されていたのだ。
元々、彼の異能力は強力ではあるが使い勝手の悪い能力でもある。それがパプルのドーピングによって一時的に枷が外れたのである。
◇◇◇
何とか助かったジェンはまず脱出よりも先にすべき事があると考えていた。それは少し離れた場所で倒れたままのパプルの状況を確認し救命手当をすることだ。
急いで傍に近づくと呼吸をしていないパプルの胸に手を当てた。
「やっぱり、鼓動が止まってる……」
パプルの状態を確認すると、ジェンは深呼吸をすると意識を切り替えた。
能力の加減を間違えない様に慎重に、自分の身体の中に残っている異能力の残滓を探り当てる。
「あの時、攻撃を受けておいて良かった。今なら彼女の能力が役に立つはず……」
ジェンが見つけ出したのは、数日前にその身に受けたフィズの異能〈衝撃操作〉だ。
パプルの胸に手を当てたまま、そのゆっくりと衝撃を与える。
集中力を研ぎ澄まし、衝撃が心臓に届く直前に自身の異能で〈増幅〉した。
心臓の鼓動が止まった時は、衝撃を与えると再び動き出す事があると聞いたことがある。
実践するのは初めてだが、ジェンはこのままパプルを見殺しにする事ができなかった。
彼女を救いたいという、その一念でジェンは自らの異能を使用したのである。
「頼む。戻ってきてくれっ! 姐さん!」
決してダメージを与えすぎる事のないよう、慎重に様子を見ながら心臓に衝撃を加えていく。
するとパプルの胸に手を当てたまま、能力を使いながら必死に祈りを捧げていたジェンの手首に誰かの指が触れたのだ。
その感触に気付き、改めて自分の手の平にある感覚を確かめた。
パプルの胸から感じる柔らかな膨らみ。その奥で確かに心臓の鼓動が再び脈打っているのが分かったのである。
「……ありがとう、ジェン。お礼に私の胸を触ったことはアオイには黙っておいてあげる」
「なんだそれ。別に喋っても構わないけど……まあ助かって良かったよ、姐さん」
「……あらぁ、つまらない反応ねぇ……。それより状況は?」
「グリフォンはもう動かないと思う。心配なのは先に行ったフィズたちだな」
「……そう。それじゃあ後を追いましょう」
暗い洞窟の中でゆっくりと起き上がろうとするパプルの気配を感じたジェンは彼女に声をかけた。
「無理はしないでくれ」
「何を言ってるの。いま無理をしないでいつするっていうのよぉ?」
「良いから、姐さんはじっとしてろって」
そう言うとジェンはそのままパプルの背中と膝裏にそれぞれ腕をまわすとそのまま彼女を抱え上げた。
いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
「ふぇ……?」
「予備のランタンってここに来る途中に置いてきたよな?」
「…………」
やはりまだダメージが残っているのか、ジェンの問いかけにパプルの反応は鈍い。
かと思ったのだが、数瞬の後に、慌てた様子の彼女からの返答があった。
「……えっ……あっ? えぇと、何個か先の光球の傍に置いてあるわねぇ」
「よしわかった」
ジェンが頭を動かすと、視線の先には薄ぼんやりとした光がギリギリこちら側まで届いていた。
「ちょっと急ぐぞ。舌を噛まないでくれよ」
パプルを抱え上げたままジェンはその光の方向へと駆け出したのだった。




