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第三章 その16 闇へと誘う

 フィズはどうしても許せなかった。この数日の間、ガルテオがカオナシという男と入れ替わっていた事に気が付けなかった自分の事が。


 今回の護衛の旅が始まった初日の晩にイーガーから一人だけ他のグループの人間と一緒の部屋にいろと言われた。


 本来ならば、その時に気が付くべきだったのだ。


 いつもはそんな事を言わないはずのイーガーがそう指示した理由が、仲間に何かいつもと違う事が起きているのだという事に。


 だけどフィズはその指示に漫然と従ってしまった。もし自分もガルテオが偽物だと気が付いていれば、少なくともイーガーとシューマの二人は助かったかもしれないのだ。


 だからこそ悔いても悔やみきれなかった。


 自分の所為で感謝してもしきれない程の恩がある育ての親たちを、むざむざと死なせてしまったのかもしれないのだから。


◇◇◇


 フィズの物心がついた頃にはもう既に本当の親はいなかった。

 地下人の暮らす薄暗い闇の路地に捨てられていたフィズをイーガーとガルテオが拾って育ててくれたのだ。


 自分たちの生活も苦しいはずなのに、そんな事を億尾にも出さず困っている人間を助けるのは当たり前だと笑いながらフィズに話してくれたのをよく覚えている。

 何時しかシューマも加わり三人の父の様な、兄の様なそんな彼らとの暮らしはフィズにとって本当の家族の様な場所で大切な物となったのだ。


 決して生活が順風満帆だった訳ではない。

 魔獣狩りとしての暮らしは、安定感もなく危険な仕事だ。

 それでも元の出自が地下人である彼らは、その危険な仕事を他の仲間たちと共にやり遂げてきたのである。


 現在この洞窟で何が行なわれているのか、それをフィズは知らない。

 彼女に分かっているのは、たった一つだけの真実。


 目の前のカオナシと名乗ったコイツがガルテオを殺し、さらにイーガーやシューマが命を落とす原因を作ったという事だけ。


 だからフィズが今やるべき事はカオナシを殴り倒してでも全てぶちまけさせ、このふざけた計画の首謀者に落とし前をつけさせる事。


 そのシンプルな考えで彼女は戦いを挑んだのである。


◇◇◇


 フィズはキレのある動きでカオナシ迄の距離をあっという間に詰めた。


 混血である彼女の動きは普通の人間の速度を凌駕する。


 だが頭に血が昇った状態のフィズの攻撃は単調になっていた。

 多少距離が離れても攻撃できるのに、彼女は怒りのあまり直接的な攻撃にこだわってしまったのだ。


 その結果、小柄な少女の大振りな攻撃はカオナシにあっさりと躱されてしまう。

 さらに攻撃を避けられてバランスを崩したフィズのボディにカオナシのカウンターパンチが炸裂したのだ。


「うっ!」


 呻き声を上げ、下を向いたまま一瞬動きが止まったフィズに向けてカオナシが隠し持っていたナイフを後頭部を狙って振り下ろそうとする。

 だがフィズはそれに気が付いた様で勢いよく頭を振り上げたのだ。

 するとカオナシの持っていたナイフが何かの衝撃を受け弾き飛ばされた。


「チッ! 能力か。厄介だねこりゃ」


 そう言いながらカオナシは後ろに下がり、それと同時に他のナイフをフィズに向けて投擲する。

 フィズに向かって飛んだナイフはやはり彼女に到達する前に何かの衝撃を受けて別の方向へと弾き飛ばされた。


「ふう、やだやだ。楽に裏からひっそりと暗殺が俺のモットーなんだよな。ガチの能力持ちの混血者を相手にするのは骨が折れる」


 愚痴を呟いたカオナシが自分の持っていたランタンの光を消した。

 これで残された周辺にある灯りはボノアの持つランタンだけである。

 そしてそのランタンが照らす光の範囲はカオナシが現在立っている場所でギリギリだった。


 そこから一メートルも下がればカオナシの姿は闇に飲まれて消えるというそんな絶妙な距離。

 闇に紛れ行動する暗殺者の領域の境界、そんな所に彼は立っているのである。


 さらにカオナシが待ち構えていた場所は岩壁が凸凹した箇所が多い地形で、幅広くはあるが死角もそれなりにある様な所だったのだ。

 それはつまり不意打ちが失敗した場合に次の手段に移れるようにカオナシは備えていたという事でもあった。


「敵を討ちたいならついておいで」


 カオナシが闇に消えていく。

 フィズは挑発に乗ってすぐさま後を追ったのだった。


◇◇◇


「いけない! 単独で追うのは無茶です!」


 ボノアはフィズに制止を促したが、彼女はその言葉を無視して闇の中へと消えていった。

 慌てて後を追おうとしたボノアに後ろから誰かが縋りついてきた。


「お、置いてかないでくれえぇ! 怪我をしたまま、こんな場所で一人は嫌だあ!」


 先ほどのカオナシの攻撃で、掠り傷とはいえ怪我を負って半分パニックになっているこの男を置いていくわけにもいかない。

 いつ背後からあのグリフォンが追いかけてくるのか分からない状況なのだ。


 ボノアは苦虫を嚙み潰したような顔になりながらも、男に肩を貸してやる。


「置いては行きませんが、前に進むのも危険だと認識はしておいてください」

「うわああー誰かあー助けてくれえー」

「頼みますから少し落ち着いて欲しいですな。無事に助かるように善処しますので」


 半泣き状態の男を宥めながらボノアも先を急ぐ。

 どうやら自分の知らないところで何かの陰謀が巡らされており、その片棒を担いでいる事になっているのは間違いない様である。


 実はこの山での鉱石採取は過去に何度か行なわれているのだが、そのうちの半分以上が失敗に終わっているのだ。

 その原因を探るべく急遽、無理を言ってこの旅に参加したボノアだったが、どうやら商品の調達の失敗には誰かの人為的な思惑が働いているのは疑いようがなかった。


 果たしていったい誰が暗殺者など送り込んできたのか?

 何故自分は狙われないのか?


 ボノアにはさっぱり理由がわからないし心当たりもなかった。


 だがボノアは無事に帰らねばならない。

 自分には帰りを待ってくれているたった一人の家族、最愛の娘がいるのだから。


「もうこれ以上、誰も死なせたくありませんからな」


 少しだけ後ろを振り返った。

 先ほど聞こえてきた大きな音はあの二人が起こしたのか、それとも違うのか、どちらなのかはわからない。

 ただせめて二人とも無事であってほしいと、そう願いながら再びボノアは前を向いて進むのだった。


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