第一章 その11 事態の収束とこれからの事
地下一帯を包んだ閃光は三十秒ほどで収束した。
結果から言うと暴発は起こらず、地下は全くの無事であった。
地上へと続く階段まで数メートルというところでジェンとアオイがその事実に気が付く。
「なんでだ? 間違いなく暴発する流れだっただろ?」
「知らないわよ。だけど確認しといた方が良いんじゃないの? このまま逃げるってのも何か情けない感じするし」
アオイに引きずられる形だったジェンが立ち上がる。臀部の辺りを確認すると泥っ泥に汚れていた。
「あーあー、凄い汚れてるんだが?」
「なに言ってんの、だったらアンタも立って走ってれば良かったでしょ!」
「まあ確かにそうだけど、取り乱して悪かった」
「謝らなくて良いわ。それよりとにかく様子を見に行きましょう」
アオイがドミを背負いなおし、そのまま元来た道へと踵を返す。ジェンも同じように隣に並び歩き出した。
因みにドミはというと現在アオイの背中で眠ったままである。これだけの騒動のあった中でよくこれだけ安眠できるものだと感心する他ない。
「何があったと思う?」
「そもそも私には、ジェンが何をしたのかが分かってないんだけど?」
「あの子の能力は〈エネルギー吸収〉だと思ったんだ。能力が覚醒して自分の病気を治すのに必要なエネルギーを無意識に集めてるんだろうと考えた」
「なるほど。それでわざとあの子にエネルギーを与えたのね?」
「そうだ。でも何故かそれで終わらなかった」
アオイはずり落ちそうになったドミの身体を背負い直すと、そのまま何事もなかったかのように話を続ける。
「あの子がアンタ吸収したエネルギーを外へ放出しようとしたからね」
「そうだ。だから混乱したんだ。どうして一度吸収したものを、再度放出しようとしたのか理解できなくてな」
「それは元の場所に戻れば何か分かるんじゃないの? ちょっと急ぎましょう」
「そうだな」
アオイとジェンは少し速度を上げてもとの場所へと戻る事にする。
そうして対して時間をかける事無くアオイとジェンはドミの家の前まで戻ったのだった。
◇◇◇
家の前には女性が一人へたり込んだまま座っていた。
周囲には人影はまばらだが、どこからともなく沢山の視線が集まっているのが分かる。
さっきの閃光が何だったのか、それが気になり原因と思われる場所を遠巻きに観察しているのだろう。
へたり込んだ女性の太もも辺りには小さな女の子の姿が見える。
さっきまで能力を扱いきれずに暴走させていた少女、リミだった。
そんなリミを愛おしそうに優しく頭を撫でているのは白い髪の色を除けば年齢が二十代後半に見える女性である。
女性は近づいてきた二人組の存在に気が付いた様子だった。
「アンタ達かい。一応礼を言った方が良いのかね?」
ジェンの姿を見た女性が問いかけてきた。その口調に自分の知っている人物が重なり、戸惑いながらも返事をする。
「……いや別に良いよ。最終的にその子を救ったのは……母親の愛情だからな」
何一つお世辞抜きで、本心からの言葉だ。
「その子の能力は〈エネルギー相互供給〉だったんだな」
「どういう事だい?」
「人からエネルギーを受け取り、それをまた人へと渡せる。今回、娘さんは俺から渡されたエネルギーをアンタに与えたんだ。それまでは病気を治す為にずっとアンタから貰ってたんだろう。でもアンタが限界なのを悟って他者から奪おうとしたんだと思う」
「そうだったのかい。この子の為なら私は別に死んでも良かったんだがね」
「娘さんにはアンタがまだ必要だったって話さ。生き永らえたんだから、その命は大事にしなよ」
混血者は能力を得て、それを使う方法を本能で理解できる。だがそれはあくまでも自分だけの事であり、他人の事を理解できるかはまた別の話なのだ。
つまり自分と母親が助かる方法を本能的に知っていたのはリミだったと、そういう事である。
「その子はアンタと亜人の混血で間違いないよな?」
「ああそうだよ」
「今回はちゃんと話をしてくれるか?」
「今更とぼけてもしょうがないし、アンタは私たちの恩人だから、別に構わないよ」
眠っているリミを優しく見つめながら、母親は答えた。
「その子の父親は?」
「知らない」
「なんで?」
「私らみたいな地下人に亜人様が顔を見せる訳もない。ショーの為に人工的に無理やり作らされた子供さ」
「ショーだって?」
「内容を聞きたいかい?」
「いや別にいい。どうせ聞いても胸糞の悪くなる話だろうからな」
地下人を人と思わず外道の限りを尽くすのはどこにでもある話だ。ジェンたちもついさっきそれを見てきたのだから間違いない。
「だけど混血を連れてよくこれまで生きてこれたな」
「本当はこの子を産めば、それだけで金を貰えるって話だったんだ。でも……」
「踏み倒された?」
「だったらこの子は私の子で問題ないだろ? だからこの子を連れて逃げてやったのさ」
「なるほどね」
ジェンが納得した様に言う。
そして一息吐くと、おもむろに母親に問いかけたのである。
「それよりアンタ、ドミを売ったか?」
少し怒りを滲ませた物言いだった。
だが母親も自分がそれを追及されるされる事が分かっていたのだろう。何の反応を見せずにジェンに対して答える。
「ああ、売ったよ。もう正直限界だったからね。数日前からリミが体調を崩して、それと同時に私の身体が老化し始めた。このままじゃ共倒れになっちまうと思った。だからドミを養子に欲しいという人物に譲ったのさ。せめてこの子だけでも幸せになってほしかったから」
「そうだったのか」
「なのに、アンタ何でドミをこんな場所に連れて戻ってきたんだい? そんな事されてもこの子は幸せになれないじゃないか」
「アンタにゃ悪いが、目の前で理不尽に殺されそうになってる子供を見過ごせるほど俺は人間が出来てない。まあ元々半分人間じゃあないんだが」
「……殺されそうにだって? なんでさ!?」
「昔のアンタと一緒さ、ろくでもないショーに無理やりに参加させられそうになっていた。魔獣に生きたまま食わされるショーに出す為にこの子は買われたんだ」
「そんな……あんまりだよ。私らには普通に生きる事すら許されないって言うのかい……」
悔しさを隠そうともせずに母親は言う。
地下人に対する扱いはそれほどまでに酷いのがこの世界。そして、それに対してどうすることもできず諦める事しかできないのもまたこの世界の理なのである。
「まだ質問があるんだけど良いか?」
「……なんだい?」
「数日前にこの町に不法侵入したってのはアンタらの事じゃないよな?」
「えっ? 違うね。私らは地下人の就労キャンプに紛れて二ヶ月ほど前にこの町にやって来たんだ」
「ふうん、それで就労できたのか?」
「いや。私らみたいなのが働けるのは仕事が限られてる。特に女なら尚更さね」
「そうか。だったら俺たちがアンタを雇うよ」
「えっ?」
「ジェンッ! 何を勝手な事を言ってんのよ!」
今まで黙って話を聞いていたアオイがジェンに対して怒鳴った。さすがにそれは勝手に決めてしまえる様な話ではないから当然だ。
「確か屋敷の仕事って、人手が足りてなかっただろ? 掃除や洗濯してくれる人が必要じゃないか」
「確かにそうだけどね、それとこれとは話が別でしょ!」
「それにだ。混血のこの子をこのまま黙って放っておけるか? 存在がバレたらこの子は迫害を受けるぞ? というかさっきの騒ぎで多分バレただろうしな」
「……隊長の説得はジェンがやりなよ?」
「アオイも手伝ってくれると嬉しいんだが」
「食事一回奢りだからね」
「ああ、わかった」
こうして偶然町で出会った親子を連れて戻る事になり、ジェンとアオイは言い訳の為の理由を考える事になったのである。
【第一章 了】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第一章はこの話までになります。
第二章は現在推敲中で、来週の中頃から投稿を再開する予定にしています。
続きを読んでやっても良いよって方は、ブクマなどして待っていてもらえればと思います。