第二章 その1 隊長への報告
ジェンとアオイは自分たちの拠点である屋敷に戻って、パーティー会場の出来事を隊長に報告していた。
「無茶な事を言うな!」
応接用のテーブルやソファが置かれた部屋の中に怒鳴り声が響き渡る。
怒鳴りつけたのはガッチリした身体つきをした年齢四十前後くらいの男性だ。少し薄くなった黒髪に顎髭を蓄えており、その顔には厳格さが備えている。
そんな中年の男性に怒られているのは、床に正座している先に述べた二人だ。
臙脂色の髪色と赤茶色の瞳、中肉中背の体型で精悍な顔つき、見た目の年齢が二十代前半の男性がジェン。
サファイアブルーの色をしたセミロングの髪と碧眼で整った顔立ちをしており、平均的な女性プロポーションをしている見た目の年齢十代後半の女性がアオイ。
普段は魔獣狩りの仕事をしており、その裏では復讐の代行を行なう手練れの二人である……のだが、そんな二人がキッチリガッチリ、床を見つめたまま動けない程の剣幕で説教されているのが現在の状況だった。
「ターゲット以外の参加者を皆殺しにした挙句に混血の子供を保護して、さらにその家族をここで雇えだと? 言ってる事の意味が分からん上に何を好き勝手な事をほざいてるんだお前らはっ!」
「隊長、しかし――」
「しかしもお菓子もあるかっ!」
「えっ? お菓子無いの?」
「あ゛ぁ゛!?」
つまらない合の手を入れたアオイに隊長の魔獣ですら縮み上がりそうなガンつけが炸裂する。
アオイはその迫力に思わず下を向いて黙り込んだ。
「おいこら、アオイ。お前、まさか自分は無関係だとか思ってるんじゃないだろうな?」
「えっと、いやーその、ちょっとくらいは、まぁ関係あるかなぁ、とか?」
「何で目を逸らしてんだ? ちゃんと俺の目を見て言えよ」
俯いたまま正座をしているアオイに隊長はしゃがみ込んで顔を覗き込もうとしてきた。
下手をすると、目を見たら石化してしまう魔獣よりも怖ーい隊長の眼光鋭い眼差しに、何とか視線を合わせないよう懸命に目線を泳がせながらアオイが返事をする。
「か、関係あります、よねぇ? やっぱり?」
「無い訳ないだろうが! 今回はジェンよりお前の方が問題だ!」
「ひぇっ」
「コイツが馬鹿やるのは知ってるだろうが、だったら止めろよ」
「えーっと、そのーっ、何と申しましょうか……」
汗を掻き掻き、しどろもどろなアオイちゃん。
すると隊長は一度舌打ちをして、ゆっくりと立ち上がった。
「こっちはな、お前ら二人だったらちゃんと仕事を出来ると思って任せてるんだ。当然、現場で何でも計画通りにいく事なんて思ってないからある程度自由に判断して行動しても何も言わん」
「それなら、何で説教なんて……」
「最後まで聞けっ! 良いか? お前らの行動の結果、何か問題があれば誰かが責任を取る必要があるんだ」
隊長は少し声のトーンを落とすと、アオイだけではなく二人に向けて言い聞かせる様に言葉を続ける。
「今回の件で、同じような事をしてる連中が今後鳴りを潜めてくれるなら、抑止としては良いのかもしれん」
「なら結果オーライじゃ?」
「だからちゃんと最後まで聞けよ!」
楽観的な考えで早急に結論を出そうとしたアオイに対して、隊長が諌める口調で言った。どうも彼女は説教が苦手な様で、何とか早く終わらないかと思っている節がありそうだ。
「いいか? 抑止なんてのは一時的なものだ。これからは、そういった場所には今まで以上の厳重な警備が割かれる事になるだろう。分かるか? そうなれば裏の仕事は今まで以上のリスクが伴う事になるんだぞ?」
今後の仕事に影響を及ぼす可能性を予め考えたうえで隊長は二人に厳しく言ったのだ。復讐代行の依頼を果たせず、さらに返り討ちにあうなど笑い者にもならない。
目先の結果だけではなく大局をみる必要のある隊長は、部下の安全も考慮して動かないといけないのである。
だがそんな親心などわかっていないアオイはすっかり意気消沈している。
そんなアオイが沈んだ様子なのを見かねたジェンが口を挟んだ。
「結果的にやり過ぎだと思ったのは俺も一緒だよ。でもな隊長、それについては他の奴もいて――」
「ジェン、お前の言い分は理解してるさ。謎の暗殺者については諜報員に連絡済みだ。どの程度まで探れるかは不明だがな」
顎髭を触りながら、隊長は難しそうな顔になった。
いくつかジェン達だけの所為ではない問題があったとはいえ、それでも全部を看過できないのである。裏の仕事には必要な限りの隠密性が求められるのもまた事実だからだ。そういう心境ゆえの彼の表情なのだろう。
もっとも今は裏の仕事よりも喫緊の課題についてどうするかを考えなくてはならなかった。
そうそれは……
「それで混血の子供とその家族についてだがな、ここで母親を雇い家族と一緒に住み込みをさせるのは、まあ構わんだろう」
「本当に? 良いのか隊長?」
「やったー!」
それぞれ喜びを表現する二人に対し、隊長は真剣な表情で告げる。
「ただし、条件がある」
「条件? 何だ?」
「試用期間を設けさせてもらう」
「試用期間?」
隊長が顔を上げ自分の方を見た二人の前に指を一本立てた。
「試用期間は一ヶ月。その間はその女性には無報酬で働いてもらう」
「ちょっと、それって!?」
「あの人が地下人だから差別する気か!」
「最後まで聞けっ! 試用期間の賃金やその他の諸々については全てお前ら二人に支払ってもらう事にする」
「「ええっ!?」」
「今回のお前らの勝手な行動に対する罰だ。本来お前らが受け取るはずだった金をあの家族の為に使えって事だな」
「……それで良いのか?」
「一ヶ月の間、女性がきっちりと働けたら、その時は正式に採用してもいいだろう。ちゃんと俺から魔獣狩りの本部に口添えしてやる」
「わかった、それで良いぜ隊長!」
隊長の下した判断にジェンが納得し返事をする。
一方で、彼の隣にいたアオイはというと魂が抜けたような顔になっていた。
「……一緒に……ご飯が」
どうやら貰える筈の報酬がなくなり、ジェンとの食事デートがしばらくお預けになったのがショックだった様子だった。
◇◇◇
「という訳で、まずは明日から一ヶ月。試用期間という形でクヨリさんにはここで働いてもらう事になったから」
「本当に良いのかい?」
ジェンは別室で待機していたドミとリミの母親であるクヨリにさっき決まった事を伝えに来ていた。
ベッドが二つ置いてあり、そのうちの一つでは既に兄妹が仲良く就寝している。
それ以外に置いてあるのは小さなクローゼットと机と椅子が一つだけの簡素な部屋だ。
「一ヶ月の間はお試しで、きっちりと働いてくれれば正式採用という事になる。一応住み込みだから部屋はここ。子供たちと同じだけど二人部屋なのであまり広くなくて申し訳ないが」
「いや、そこに文句を言うつもりはないよ」
「鍵は机の上に置いとくから、出かける時は使ってくれたら良いよ」
ジェンはそう言うと手に持っていた鍵を部屋の机の上に置く。
「浴場とトイレは男女別。まあドミを女風呂に入れるのは別に大丈夫だと思う。食堂と洗面所は共同、明日は他にここで働いてる人に紹介するから、詳しい仕事の内容はそこで教えてもらってくれるかな」
「えっと、質問があるんだけど、私はここの人たちの事を何て呼べば?」
「まあ名前にさん付けくらいで大丈夫だよ。ここにいる人達は皆、あなたを地下人だからと差別しない」
「はあ……」
「さすがに信じ難いよな。ここには他にも身分が地下人の人が結構いるんだ。だから心配はしなくていい」
「わかったよ、いや、わかりました」
「別にその喋り方も無理に直さなくて良いよ。他にも癖のあるがいるからさ」
「……そうなのかい」
「まだ何か質問あるか?」
「……だったら、あと一つ聞きたい事があるんだけども良いかい?」
若干の逡巡を見せた後、クヨリが恐る恐るといった感じでジェンに尋ねた。
「何だ?」
「ここは一体どんな事をする為の人がいる屋敷なんだい?」
「ああ、言ってなかったな。俺たちの仕事は魔獣狩り。人に害をなす魔獣を狩るのが主な仕事だ」
「魔獣狩り……だから不思議な力を使えるんだね」
「そうだ。魔獣狩りは危険な仕事だからな。俺みたいな混血の人間が多い」
「ひょっとして、リミの事も魔獣狩りの仲間に入れようとしてるのかい?」
「いや、それはない。そもそも魔獣狩りの仕事は国に登録して許可を取らないといけないんだ。ただしその場合、特権として出自関係なく地上人の登録になる。将来リミちゃん本人が望めばその辺も考えるけど、それだって十年以上先の話だよ」
「地上人になれる……」
魔獣狩りの一員となること。それは地下人の子として生まれた娘が、大手を振って外を歩けるという事だった。
だがその代償は常に命の危険が付きまとう魔獣を狩るという仕事をしなければならないという事でもある。
クヨリの表情がとても複雑なものへと変わった。
「やっぱりそんな顔になるよな。少なくとも俺たちはリミちゃんの意思を無視して強制するような事はしないから、そこは安心してほしい」
そう言い残すとジェンは部屋の扉の方へと向かう。
さっきから扉は開きっぱなしになっており、廊下側にはアオイが立って室内の様子を窺っている。
「それじゃ今日はとりあえずこれで。ゆっくり休んで」
最後に疲れているであろうクヨリに優しい言葉を残して静かに扉を閉めると、二人は立ち去るのだった。




