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 ……もしかしたら、また100話までいくかもしれません。


 おそろしや。



 「条件に一度しか挑めないとは、無かったですよね?」


 黒く艷やかな髪を頭の上で一括りに束ね、生気に溢れた黒曜石の瞳は爛々と輝いている。陶磁器のような白い肌に、折れそうな華奢な肢体。質素な身なりをしていても明らかに貴族、それも高位貴族とわかる令嬢が再び俺達の前に現れた。今回は認識阻害の魔法を解いている。


 ……とんでもない人物を引き当てちまった。

 今回解かれた認識阻害の魔法が彼女達の素性を知らしめる。俺達が幾ら世情に疎くとも、自国の王太子とその婚約者である彼女くらい認識している。


 だけど、やはりこの娘は面白いと、そう思った。


 前回の挑戦で彼女が見せた闘いは「降参」と言っても良い位だったが、敢えて言わなかった。きっと再び彼女はやって来る、確信に近い俺の勘がそう告げていたから。


 そして、それは当たっていた。


 「今回の相手は誰ですか?」


 俺達に彼女の技量ではまだ敵わない事を理解していて尚、挑む意思は少しも減る様子がなかった。前回ソロンと闘い瞬殺される前も、その後も、そして今も彼女の瞳には諦観の欠片も見当たらない。それがラグドールを惹き付ける。


 久しぶりに楽しめそうだ。

 ラグドールはうっそりと微笑んだ。



 事の始まりは三日前。


 年の頃は15、6。付き添う隣の少年も同じ位だろう。明らかに俺達へと歩いてくる彼女達を不思議な思いで見ていた。まさか、彼女達が俺達に依頼をしようとやって来た等とは全く思わなかった。


 俺達の居場所は、冒険者ギルドに問い合わせればすぐわかる。だが、俺達に依頼をしようとする者は限られている。理由は簡単だ。依頼を受ける為の試練を聞いて殆どの者が諦めるから。だから彼女達が何故やって来たのか皆目検討がつかず、俺は首を傾げた。


 「灼熱煉獄の皆様で間違いありませんか?」


 耳内を撫でるかのような低めの柔らかい声は落ち着いている。少女らしからぬ、その落着き振りに俺はおや、と興味を引かれた。

 知らぬ者がいないとまでは言わないが、幼子から老人まで知っている者の方が多いだろう俺達の存在は良い噂ばかりではない。高位貴族や国王であろうとも、無礼千万な対応をする俺達を悪く言う輩も少なくない。その噂の中には、気に入らない奴は問答無用に切り捨てる、といった類のものもあるので興味本位で近付くのは、頭の悪い連中か、自意識過剰の残念な人間くらいだ。

 だが、この二人はそれらに当てはまらない。

 

 さて、一体何が目的なんだか……。


 彼女達は明らかに訳ありだ。高度な認識阻害の魔法が掛かっている。俺達でも解くのが難儀そうな緻密さで、その事は俺達に彼女達が厄介事なのだと認識させた。だが、彼女の年不相応の冷静さが俺の好奇心を刺激する。


 少し遊ぶのも悪くないか。

 ふと湧き上がった悪戯心。


 それが、とんでもないものを引き当てるなんて、この時には考えもしなかった。


 「如何にも。で、お嬢ちゃんは俺達に何の用?」

 「当然、依頼をしに、です。それ以外に何がありますの?」


 間髪入れずに返された言葉に唖然となったのは俺だけではない。ソロンもアリスンも目を見開き口を開けて呆けている。

 

 「確か皆さんの中の一人と戦うのですよね?此処でよろしいのでしょうか?誰が相手をしてくれるのでしょうか?後、『降参』と言わせたら依頼を受けてくれるというのは本当ですの?」


 矢継ぎ早に繰り出される疑問は、俺達と戦う事を前提にしており、間違いなく彼女は依頼をしたいのだと理解した。

 俺は頭を軽く振り、思考回路を繫げ、目の前の少女を見据える。


 認識阻害の魔法で髪や瞳の色、顔はわからない。至って平凡に見える。だが身体は魔法が掛かっていない為、そのままなのだろう。どう見ても労働階級ではない。

 特に白い手はあかぎれも傷一つも無く、その指先の小さな爪は整えられ磨かれている。明らかに中流階級以上だとわかる。何を依頼したいのかわからないが、敢えて俺達を選んだ意図はあるのだろうか。


 ……それとも金持ち特有の我儘か。

 それなら、それなりに痛い目に合ってもらうまでだが。

 

 「確かに、俺達に『降参』と言わせれば依頼を受ける。で、戦うのは隣の少年か?」

 「いえ、私です」


 「「「「はあ?」」」」


 俺達三人と少年の声が重なった。

 ……おい、少年まで驚いてるのは何でだ。


 「私が依頼主なのですから、私が戦うのが筋でしょう。間違っていますか?」

 「「「「………………」」」」


 俺達は言葉を失った。ついでに少年も。

 

 言ってる事は正しい。


 一時でも俺達の主となるからには、主にはそれ相応であって欲しい。それは雇われる側からの最低限の要望だと思っている。力がなければ、こんな贅沢は言えない。事実、過去の俺は従いたくない奴等に、したくない仕事をやらされてきた。それが嫌で、俺は強くなろうと努力した。それこそ、死物狂いで鍛錬した。

 そしてやっと仕事も主も選べるところ迄来たのだ。


 だからこそのルールだ。


 それを、年端もゆかない少女が理解しているのに驚愕し、嬉しくなった。


 気に入った。物凄く気に入った。


 俺達の依頼を受ける基準は本来戦うのが目的ではない。依頼するもの、されるものの心の在り方をきちんと理解しているかどうか、それだけなのだ。だから、婆さんや子供の依頼だって請け負う。今までの依頼主やギルドの職員はそれをわかっているから、基準が戦いではない等と言わないでくれる。俺達が嫌な輩は表向きの基準でふるい落とされるので、そのままにしているだけだ。

 だから、目の前の少女は合格なのだ。


 ……だから本当は直ぐにでも諾と言いたいところだが、好奇心が疼いてしまった。


 明らかに裕福で大事にされてきたであろう、この少女はどんなふうに戦うのだろうか。


 『見てみたい』


 それは他の二人も同じらしく、瞳が抑えきれない好奇心に輝いている。目を合わせ同意した俺達は彼女に告げた。


 「準備はいいか?」

 「いつでも」


 こうして、彼女とソロンが戦ったのが三日前。

 そして、今に至る。


 


 



 次回の投稿は7/14(水)です。

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