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 恋愛要素……行方不明です。



 「「「おかえりなさいませ、竜王様!」」」


 綺麗に並んだお仕着せを着たメイド達が一斉に挨拶する。それは人間の貴族のメイド達のように感情をのせないものではなく、主の帰還を喜ぶ気持ちが伝わってくるものだった。


 「お帰りなさいませ、ご主人様」

 片目にモノクロの眼鏡をかけた、ロマンスグレーなおじ様が此方に近付いてくる。

 「ただいま、クロード」

 さらりと返す言葉は淀みなく、彼がこの城の主だと見て取れる。

 「いらっしゃいませ、お嬢様」

 「こ、こんにちわ」

 人間に变化していても瞳は変わらないのか、頭を下げる前合った瞳の瞳孔は縦に割れていた。その一瞬で私は、このクロードと呼ばれた人が私を良く思っていない事を悟る。背筋がぞくりとするような悪意を感じたから。

 「……クロード、お姉ちゃんに傷一つでも負わせたら許さない。勿論、精神的にも」

 

 その瞬間、迸った殺意に似た威圧。

 それは前世を含めて感じた事がない恐ろしく冷たいものだった。

 

 身体が小刻みにぶるぶると震いだす。

 話し方があどけなくても、どれだけ優しく接してくれても、この人は竜王だ。魔物の中で最上位に位置する種族を統べる王なのだ。抱き上げられていなければ、この場で座り込み立てなくなっていたに違いない。


 「ごめん、お姉ちゃんに怒ったんじゃないんだ」

 抱き上げられているせいで私の身体の震えが直接伝わったのだろう。焦ったように謝罪し、眉を下げる竜王。

 「い、いえ、わかっております。大丈夫ですわ」

 本当は全然大丈夫ではないけれど、哀しげにしょんぼりとする竜王に思わずそう言った。

 「……お姉ちゃんは変わらないね」

 「今、何と仰いました?」


 あまりに小さく落とされた呟きを拾えず聞き返す。竜王は縦抱きのせいで真横にある私の顔をじっと見つめていた。端正なその顔には一つではない、複数の感情が混ざっていて、何を思っているのか検討もつかない。ただ、一つだけわかるのは、竜王は私を知っていて大切に思ってくれているのだという事。

 先程放たれた殺気に怯えはしたけれど、それが私に向けられたものでは無いのはわかっている。身体が震えたのは本能だ。自分よりも圧倒的に強い存在の殺気に頭よりも身体が反応しただけの事。


 拐われてから今まで、私の身体に傷一つない。

 竜にとって人の生命など吹けば消える蝋燭の火程のものだろう。……実際、ドラゴンブレスを浴びれば容易く死んでしまう。そんな竜の王は、此処に至るまで常に私の身体を案じ、護ってくれた。過去に、前世にどんな縁があったのかは不明だけど、それは紛れもない事実で、その行動を信じていいと私の中の何かが告げている。

 


 ……それに。

 私は彼に逆らい難い好意を感じている。

 それは決して男女のそれではなく純粋な好意で親しい者に、そう、家族に感じる様なもの。

 でも初めて会ったこの人に、何故そんな感情を抱くのか、自分でもわからない。

 でも、やはり何の根拠も無く思ってしまう。


 この人は決して私を傷付けない、と。


 そんな事をぼんやり考えていた私は竜王の声で現実へと戻される。


 「この城にいる全ての者に告ぐ。お姉ちゃんに傷一つ付けてはならない。……身体だけではなく、心にも。これは、命令だ」


 最後の『命令』の部分で、この場に居合わせた全ての者がびくりと身体を震わせる。


 「「「御意に」」」


 一斉に下げられた頭と返答は訓練された騎士並みに揃っていた。


 「待たせてごめんね。さあ、行こう」

 竜王は全ての者を睥睨する様に一瞥してから、くるりと踵を返す。城内へと進む時には、先程の殺意も威厳も霧散させていた。


 「まずはご飯。お姉ちゃんはもっと食べなくちゃ」

 にっこり笑う竜王のご尊顔は絶世の美男子なのに、胸がドキドキしたり全くしない。

 その代わり、ただただ慕わしくて、ぎゅっと抱き締めて頬擦りしたい自分を必死で押し留める。


 何故、そんな風に思うのか。

 竜王に縦抱きされた現状をすっかり忘れて、自分の気持ちを考えていた。そのまま城内を歩き続けらしく、気が付けば座り心地の良いソファーに座っていた。


 「ようこそ、お姉ちゃん。今日から此処がお姉ちゃんのお家だからね?」


 お家?

 お家?!


 はっ、と慌てて周りを身渡し呆然となる。


 優美な外見と違わず、白を基本とした上品な部屋。けれど明らかに人の感性とは異なるのが判るのはそこかしこに使われている宝石のせいだ。大小様々な宝石が品良く家具に、カーテンに、壁に、扉にあしらわれている。


 竜は光物を好む。


 これは有名な話だ。生態が殆ど知られていないのに、これだけは周知の事実だった。何故なら竜の寝床や生息地域は決まって豊富な鉱山で、しかも宝石を加工したものを付けている。竜王程の大きさの竜の目撃情報は皆無なので、どうかわからなかったけれど、この部屋を見る限り同じらしい。


 「どう?気に入った?それとも別の部屋がいい?」

 手を繋ぎ、隣に座る竜王が機嫌良さそうに聞いてきた。

 「い、いえ、あの……」

 「お姉ちゃん!その話し方止めて。昔みたいに話してよ」

 むぅ、と頬を膨らましたイケメン様。成程、イケメン様はあざといのも許される存在らしい。


 じゃなくて!


 私は居住いを正した。

 いい加減、はっきりさせなければいけない。

 ……でないと多分此処から一生出られない。

 光輝が探し出してくれたとしても、竜王には敵わないだろう。ならば私が自分で活路を開くしかない。


 「昔、それは前世の事?私を、くれはを貴方は知ってるの?」


 くれは、という単語にわかりやすく反応した竜王は破顔した。


 「うん、知ってる。だって僕はずっとずっとお姉ちゃんと一緒にいたんだから!」



 

 

 



 次回の投稿は6/27(日)です。

 この日の投稿時間は夜になる予定です。

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