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 前世編、小学生の光輝視点です。



 短い説明でも、くれはは理解するだろう。

 俺が感じる事を、くれはも感じているはずだから。

 

 そして願わくば、俺の想いが届きますように。

 溢れてやまないこの想いを伝えることが出来ますように。

 

 俺は多分、前世より深くくれはを愛してしまうだろう。前世で感じたよりもくれはが愛しい。それはヴィンセントのクレメンティーヌ嬢への想いも増えたから。それだけでなく、恋から愛へと変わっていくから。


 でも、それは俺の前世からの恋を精一杯してからだ。


 前世での俺達は始まる前に死んでしまった。

 くれはが藻掻いているのはわかっていたけれど、俺は少し離れたところでそれをただ手をこまねいて見ている事しか出来なかった。俺は手を貸してはいけないとわかっていたから、くれはが傷付きながらも一歩ずつ進む姿を傍観するしかなかった。

 それは自分が傷付くよりも痛くて、何も出来ない無力さを痛感させられた。俺はまだガキなんだと、くれはを守る事も助けてやる事も出来ない人間なんだと理解した。

 

 俺の周りには、それこそ幼馴染達を筆頭に同年代では追随を許さない程の才気溢れた奴等がいて、その中で俺は常に何事においても一番だった。勿論、一番でいる為の努力は必要だったが、くれはと共に居る為だと思えば苦ではなかった。そうして俺は周りの大人達に褒められ、同年代には尊敬の眼差しで見られ……天狗になっていたんだ。

 俺は俺の望む通りに出来るのだと。


 自分の家の影響力はある程度把握していたけれど、まさか幼い子供にまでその余波がこんなにあるなどと理解していなかったのだ。小学生のうちから嫁候補として俺の側に送られ、周りを蹴散らす様に命令された子供が居るなどとは夢にも思わなかった。


 うちの財閥の分野は多岐にわたる。

 それこそ末端の子会社や孫会社を含めれば関わっていない業種を探す方が難しいだろう。それが何を示すか、その時の俺は考える事すらしなかった。

 あらゆる企業のトップが何とかして、うちに近付く方法を探し、その方法の中に『俺』が含まれている。それは少し考えればわかる事だったのに。


 くれはの様子がおかしいと思った時には、すでに遅かった。幼稚舎の出来事からくれはが俺達や大人を頼らない事はわかっていたのに。

 俺達が気付かない位、ほんの少しずつくれはは心に傷を負っていっていた。毎日、毎日繰り返されるそれは、責めるには余りにも些細で、助けを求めるのを躊躇う位のものだった。勘違いだと言われれば、そうかもしれないと思う。だから俺達も口も出せなかった。

 くれはも『大丈夫だから』と笑顔で応えていたから、俺は油断してしまった。何かしらあれば、また俺達が何とか出来るだろうと。

 

 だけど……傷が治る暇を与えず執拗に延々と繰り返されれば、幾ら小さな傷であっても看過出来ない。いつまでも治らない傷が少しずつ身体と心を蝕んでいったのだ。普段のくれはであれば耐えれる事も、その時のくれはには致命傷だったに違いない。 


 くれはが倒れた。


 それは両親から聞かされた。

 いつもと変わらない朝だった。

 

 「光輝、落ち着いて聞いてくれ。くれはちゃんが昨日学校で倒れたそうだ」

 父親は朝食を食べる為にテーブルへと向かっていた俺の両肩を掴み、そう告げた。


 「えっ?昨日、昨日くれはは俺達と一緒に帰ってきた」

 「うん。どうやら呼び出されたらしい」

 「呼び出されたって、誰に?いや、今はいい。くれははどうなんだよ?怪我したのか!?」

 「光輝……くれはちゃんに外傷はないわ。でも……」

 「でも、何だよ!母さんらしくない、はっきり言ってよ」

 普段、父より漢らしくはっきりとした母が言葉を濁すのを初めて見た俺は不安になって、母に噛みつくように質問する。


 「母さん!」

 「光輝、落ち着きなさい。私達もさっき連絡があったばかりで混乱してるし、状況がわからないのよ。ただ、入院したと、そう聞いたわ」

 

 嫌な予感がした。

 「……怪我はないのに?」

 「そう。だから、わからないのよ。これから病院に行くわ、光輝も行くでしょ?」

 「当たり前だよ!早く、早く行こう!」

 俺は焦りながら両親の腕を引く。

 早く、早く行かなくては!

 

 「光輝。その状態の光輝だと連れて行く事は出来ないわ。貴方がくれはちゃんを大事にしているのはわかってる。だから今、心配で不安でたまらない事も。でも、今くれはちゃんがどんな状態であれ、そんなに興奮した人間を連れて行く訳にはいかない。若葉や誠君はもっと辛いのよ」

 「っっ、ごめん。少し待って、すぐ冷静になるから」


 そうだ、くれはの父母である若葉さんや誠さんもきっと動揺し、心を痛めてるはずだ。なのに、こんな心が荒れたままの俺では駄目だ。

 目を閉じ深呼吸をする。痛み、早鐘の様に鳴る胸の鼓動は治まってはくれないが、少し頭は冷えた。


 「ごめん。もう大丈夫だから」

 「偉いね、じゃあ行こうか」


 母さんは俺の手を握った。母さんの手は少し震えていた。……母さんだって、くれはが大好きだ。それこそ俺よりも可愛がっている。それなのに、母さんは毅然としていた。


 俺ももっとしっかりしなくては。

 どんな状態であれ、怪我はないんだ。入院って言っても検査入院かもしれないし。俺が動揺してたら、きっとくれはにも良くない。


 そんな風に自分を叱咤激励出来たのは、病室のくれはを見るまでだった。


 光を灯さない、硝子の様な瞳の美しい人形のみたいなくれはを見るまでだったんだ。


 



 次回の投稿は2/16(火)です。

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