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お砂糖と蜂蜜とメープルシロップとを入れたつもりです。
「っっ、そんな見るな!いや違う、勘違いするなよ。俺だってこういうのに慣れてなんかないんだ。……照れるんだよ」
何それ、何よそれ〜!!
俺様光輝様が照れる姿なんて初めて見た!
……ああ、恋って人を阿呆にするんだ。
うっすら目元を染める男がこんなに愛しいと思うなんて。ぎゅっ、って抱き締めて頭を撫でたい衝動をぐっと抑え込む。光輝みたいなタイプの男に萌える日が来ようとは思いもしなかった。
駄目だ、今はそんな事してる場合じゃない。これ以上構うと光輝が拗ねてしまう可能性が高い。そうなると話は進まないし、光輝は私と違って滅多に拗ねたりしない分なかなか面倒くさいのだ。ここは大人しく真面目に話を聞く姿勢を見せないと。
「んんっ、で理由は何なの」
「……くれは、後で覚えてろよ?まあ、いい。一つ目はさっき言っただろ?」
「さっき言った?」
「ああ。もう忘れたのか?お前が俺を煽ったんだよ」
「煽ったって、ちょっとふざけただけじゃない」
「お前にとってはな。だが毎日ヴィンセントとしてお前に接しなきゃならなかった俺に火を付けたんだ。あのくそ爺が連れてきたプレザント伯爵令嬢に俺が靡くと思った事も許し難い。俺はお前が王太子宮に来てから不安になる様な態度をとった覚えはない。誠心誠意、お前だけに心を込めて伝えてきたはずだ。それに反論があるなら聞くが?」
「そ、それは……」
「俺は光輝としてくれはに本音で本気で想いを込めて接してきた。それが周りからはヴィンセントがクレメンティーヌ嬢へしている様に見えるとわかっていてだ。俺がどれだけその事に焦れていたか。……誰かを演じながらお前に接する事が悔して苦しくてたまらなかったんだ。お前もわかっている通り、俺達は身体の主から主導権を奪った身だ。ヴィンセントとして生活を維持するのを止める訳にはいかなかったんだよ。我慢や忍耐には慣れてるつもりだったが、思っていたよりきつかった。それでも、くれはの傍で今まで伝える事さえ出来なかった心を伝え、少しずつくれはが俺に心を開いてくれる現状は、それを上回るぐらいに幸せだった。前世では近付くことさえままならなかったんだからな」
「………………」
前世で『王子』の仮面を被った私は最低限の関わりしか持たなかった。家族ぐるみで集まる場にも顔を出す程度ですぐに帰ってしまった。そうでもしないと、あの優しい場所では弱い私は『王子』を維持出来なかったから。
「俺はヴィンセントの中に入って痛感したよ。俺はこんな状況になっても何もかも失くしても、くれは、お前だけは失くせない。手放してやれないんだ」
「光輝……」
「話が逸れたな。お前には悪いが俺だって男だ。お前を俺のものだと実感出来る確証が欲しい。だけどお前は……心を開きながらも躊躇って、怖がってる。だから少しずつ怖がらせない様に細心の注意を払って接してきた。俺の心にはお前以外が入る隙間なんてないのに。何故、俺を信じてくれないんだ」
ごめん、ごめんね光輝。
『恋金』の世界だとか、ヒロインだからもしかしたらとか、言い訳だ。私はただ自分が傷付くのか怖くて逃げてた。
恋に絶対なんてない。
明日別れるかもしれない。
皆そんな不安を抱えているに違いない。
それでも。
もしかしたら、この恋が最後の恋かもしれないと大切に大切に育てるのだろう。
喧嘩だってするだろう。
すれ違いだって、きっとある。
でも。
何もしなければ終わりはなくても始まりもしない。
その一歩を踏み出すのが怖かった。
光輝はこんなに全力で、全身で私に伝えてくれているのに。
光輝だって怖いはずだ。
前世であれだけ拒んだ私に心の全てをさらけ出すのは勇気がいっただろう。上手くいかなかった時を想像したりもしたかもしれない。
それでも。
伝えてくれた。
私は甘えてたんだ。
光輝が与えてくれる私の全部を包んでくれる大きな優しさに。
光輝だって私と同じなのに。
何が独りで立てるまでよ!
好きな人に辛い想いをさせる位なら、頼ればいい。私のちっぽけなプライドなんて捨ててしまえば良かった。
遠回りしちゃったし、遅くなっちゃったけど言わなくちゃ。
今すぐに!
「光輝がしゅ、好きっ」
か、噛んだっ!?
何故、この大事な時に?
ああ、もう無理〜!!
余りの醜態と羞恥で熱くなり過ぎた顔はきっと真っ赤になっているはずだ。思わず下を向こうとしたら強い力で肩と顎を掴まれる。
強制的に光輝の方を向かされ、じわりと涙が浮かんできた。
「っふぇ、は、はなして〜」
幼子のように片言になる私に光輝はしっかりと瞳を合わせて言った。
「くれは、お願いだ。もう一度、もう一度言ってくれ」
懇願するように言う光輝は必死だった。
あっ、駄目。今、ちゃんと言わなくちゃ駄目だ。
「光輝が、好きだよ」
「くれは、くれは。もう一度」
「好き、光輝。光輝だけがずっと、ずっと好き」
羞恥に耐え必死に言い募った瞬間、荒々しく光輝に掻き抱かれた。
仕草同様、今までになく苦しい位に抱き締める光輝。
「俺も、くれはが好きだ。ずっと、ずっと好きだ」
ぴったりと合わさった二人の身体からは、どちらのものかわからない大きく速い鼓動が聞こえる。胸がどきどきしすぎて壊れてしまうんじゃないかと思うけれど、それよりも幸せで、これが現実なのか信じられなくて。
「ほんとうに?」
私とは違う固い胸に押し付けられながらも問う。
「くれはこそ。なあ、これ本当に現実なのか?それとも俺に都合のいい夢を見てるのか?」
……げ、現実だと信じたい。
えっ、夢オチは勘弁して欲しい。
もう一度告白しろって言われても無理っ!
生まれて死んで転生して、こんなに勇気を出した事はないのにもう一度は無理〜!!
「ふっ、俺って案外肝が小さかったんだな」
自嘲的な言葉なのに嬉しそうに言う。
「へっ?光輝、壊れた?」
「そうかもな?それでもいいさ」
くっくっと、喉の奥を鳴らすみたいに笑う光輝は腕の力を緩め、ほんの少し隙間を作り私を見下ろした。
心底幸せそうな柔らかな笑顔。
だけどその瞳には希う確かな熱があった。
恋愛経験ゼロの私にもはっきりとわかるその熱に応える為に、私は目を閉じたのだった。
次回の投稿は2/7(日)です。