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最近シリアス続きで難産です。
早く砂糖を投入したい……。
そこで私は覚醒したらしい。
瞼を開けるとそこには憂いをのせた色気満載なヴィーのご尊顔がすぐ近くにあり思わず息をのんだ。
「……っ、ひぃっ!」
「クレイッッ!!」
間髪入れずきつく抱き締められた私は思考停止した。
「クレイ、クレイ、本当に良かった」
抱き締められている為、聞こえてきた声はくぐもっていたけれど微かに湿っている。
ああ、余程心配を掛けてしまったんだと理解した私は強張った身体の力を抜きヴィーに預ける。
「殿下、ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした」
「何処か痛いところや苦しいところは?お願いだから少しでも違和感があれば隠さず教えて欲しい」
抱き締めていた腕を緩め私を覗き込むヴィーは憔悴しきっていて顔色も悪い。
いつも太陽の様に輝く金の瞳は酷く翳っていて悲しくなった。
「殿下、何処も痛くも苦しくもありませんわ、大丈夫です。ですから安心なさって下さいませ」
前世で入院した時も光輝はこんな風に泣くのを堪え私の存在を確かめるかの様に離さなかった事がある。
その時に光輝にした記憶が自然と私を動かした。
迷子になった幼子のような不安げな様子のヴィーを軽く抱き背中を叩く。
「っっ、ク、クレイ」
「あっ」
しまった、やらかした!
私はクレメンティーヌで彼は王太子殿下で、ここは王太子宮だった!
うわぁ、寝起きで前世の記憶と現実がごっちゃになっていたとはいえ、これはない!
「も、申し訳ごさいません!あの、その他意はないのです」
「い、いや、他意があっても全然構わない。私達は婚約者だし、それに嬉し……ってそうじゃなく、と、とにかく謝る必要はないから!」
「へっ?そ、そうですの?それなら問題ないですわね?……問題ないのかしら……」
ベッドであわあわする二人を周りにいた人間が微笑ましく全てを見守っていたいたのを知ったのは暫く経ってからだった。
◇◇◇◇◇◇
ヴィーに絶対安静を申し付けられ、一週間を部屋で過ごす事になった私はやる事が無いのもあって今後について考える事にした。
ヴィーの中身が光輝なのは間違いないと思う。
だけどそれをどうやって本人に確認したら良いのかが問題だった。
もし、万が一ではあるけれど中身が光輝で無かった場合、クレメンティーヌの頭が疑われる。
元々表情の少ないクレメンティーヌが訳のわからない事を言ったなんて事が漏れたら、精神疾患だの何だのとつけ込まれる要素に成りかねない。
確かめる為には私がくれはだと言う事も告白しなければならないし慎重にならざるを得ない。
それに……確信してはいるけれど、もし光輝でなかったら。
私は耐えられるだろうか。
今回倒れたのはただの疲労じゃない。
私は私が死んだ事やこの異世界に転移した事を受けとめられていなかった。
何処か遠くの他人の出来事の様に感じる事で受け止められない現実を誤魔化してきたのだ。
自分をゲームのプレーヤーに置き換えクレメンティーヌの日常を過ごしてきた。
そうしてやらなければならない事を作り、それに没頭する事で考える事を放棄した。
……放棄しなければ狂ってしまいそうだったから。
だって死んだんだよ?
まだやりたい事何もしてないのに。
それを『はい、そうですか』ってすんなりと受け入れられるはずないじゃん。
だけど時間は待ってはくれなくて。
だから逃げた。
うん、現実逃避したんだ。
でもヴィーが現れて、彼が私にクレメンティーヌに与える愛情は傷だらけで砕けそうになっていた心に深く染み込んだ。
それは甘い毒のようだった。
貴族社会において家族の関係は希薄なのは『恋金』でも知っていたしクレメンティーヌの記憶からもわかる。
それにクレメンティーヌの両親は貴族社会では珍しく子供に対して愛情深い。
だがやっぱり貴族社会では、なのだ。
私は『王子』の仮面を被った、ただの成長しきれない未熟すぎる子供だった。
周囲と上手くやる為に必要な術は知っていても、心は他人との距離を上手くとれず言葉という刃をいなせないままだった。
普通成長に伴い自分と他人との距離を上手くとり、他人が発する言動から心を守れるようになっていく。
自分を守る為に人間が習得していくものだ。
人は一人では生きる事は出来ない。
様々なコミュニティに所属し、その中で他人と関わりを持ちながら生きていく。
その為に人間は幼い頃から他人との付き合い方を学んでいくのだ。
それが私には出来なかった。
ある時を境に出来なくなった。
その時に負った傷は治ることはなく今尚じくじくと痛みを伴い私を苛む。
その痛みは他人と触れ合うことを拒んだ。
だから私は家族といる時だけ『王子』の仮面を外して『くれは』として生きることで自分を守ってきた。
他人と触れ合っているのは『王子』だと自分を騙して。
だが自分を騙すのにも限界がある。
何故なら自分は全ての真実を知っているから。
その事実が『王子』の仮面を壊しそうな時、必ず家族が支えてくれた。
だから何とか生きてこれた。
だけど。
この世界に私を愛してくれた家族はいない。
しかも『王子』という仮面も付ける事すら出来ない私は、ひたすらに進むしかなかった。
自分の心を考える時間を与えてはいけない。
そんな時にヴィーと会った。
ヴィーの与えてくれる愛情は家族のそれとは違う。
それにこれはクレメンティーヌに向けられたものでくれはへのものではない。
それがわかっていても私にはヴィーの愛情を欲したのだ。
ヴィーが『恋金』でクレメンティーヌを裏切り断罪する相手だと知っていたのに。
『くれは』が壊れてしまわないようにヴィーの愛情を拒まなかった。
クレメンティーヌは全てわかっていたと思う。
そして全てを私を受け入れてくれた。
そのうえ私を心配してくれている。
ソフィアもクレメンティーヌのように全てをわかっている訳ではないのに私を大切にしてくれる。
なのに私はこれでいいのだろうか?
いや、駄目に決まってる。
もう止めよう。
ぐずぐずと泣いて蹲っているのは。
全ては言い訳だと自分自身が一番良くわかってる。
こんなに私を大切にしてくれる人と出会えたのに今までの私のままでいたくない。
出来る事から始めよう。
『王子』ではない『くれは』が出来る事から。
彼女達は私の一歩を蔑んだりしない。
嘲笑ったりしない。
背中を押してくれる人達だから。
などと考えたのはいいけれど具体的に何をすれば良いかわからない。
ただヴィーの提案は私も思う所がある。
クレメンティーヌは自分の身体と心を酷使し過ぎだから。
ふむ、暫く王太子宮に居候するのも悪くないかな。
クレメンティーヌに健康的な生活をしてもらい且つ楽しむ事も知ってもらおう。
多分それはヴィーでも光輝でも喜々として受け入れてくれるだろうし。
そしてヴィーと多く接する内に光輝である決定的な何かを掴める可能性が高くなる。
その時は怖くても覚悟を決めて聞こう。
もし違っていても私にはクレメンティーヌやソフィアが居てくれる。
そうとなればまずは王太子宮に居候する準備かな?
ソフィアに相談しなきゃ。
明るい未来を想像し、興奮していた私はすっかり忘れてしまっていた。
夢に出てきたある存在のことを。
次回の投稿は12/24(木)です。