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 手のひらで転がされるくれは。

 

 



 「ヴィー。申し訳ありませんが、この件については時間を頂きたく存じます。それよりわたくしが王宮で暮らす事についてご説明願います。それによっては色々としなければならない事がございますので」


 先程断られたが強目に押し通す。

 此方が隙きを作ればヴィーが押し通すのはわかってきたから。

 だから敢えて強気に出る。


 「……仕方ない。早い内にこの件については話す機会を作ると約束してくれるなら」

 「ええ、お約束致しますわ」

 「わかった。後王宮で暮らす事についてだね?何が聞きたいの?」


 少しだけど時間は稼げた。

 やっぱりヴィーはクレメンティーヌに弱いみたいだ。

 毎回だと効果は無いかもしれないけれど、時々ならこの手は有効だろう。

 後王宮で暮らす事については本当なら最初から事細かに知りたいが相手は忙しい王太子様だ。

 最小限且つ重要な事だけに絞らないといけない。


 「理由、期間、各所の許可があるのか、ですわ」

 「有り難いね、最小限にしてくれて。まず理由だけどこのまま公爵邸に置いてクレイが体調を崩すのをただ見ている訳にはいかないから。公爵邸では君の発言が優先され無理をしても誰も止める者がいない。だからクレイは限界までしてしまう。私の監視下……もとい管理下に置くのはクレイが健康を取り戻す為だと認識して欲しい。次に期間だが一応学園入学まで、と考えている。だけどそれはクレイ次第かな?最後の各所の許可だけどほぼ根回しは済んでいる。……反対意見が出そうなのは、まだ私の妃、もしくは側室に娘をねじ込みたい貴族だろう。心配はいらないよ?完膚無きまでねじ伏せるだけの材料は準備出来ているからね」

 「…………」


 ちょっと待って。

 何やら不穏な単語が何個かあったのは気のせいではない。

 監視下や完膚無きまでねじ伏せる為の材料とか。

 クレメンティーヌには砂糖より甘いヴィーだが、それ以外に対してはゲームの王太子様の腹黒さが健在らしい。

 いや、王太子様だからね。仕方ないとは思うよ?

 だけど私達に見せるヴィーと余りに違いすぎて内容を飲み込みにくいのだけど。

 私の質問にはちゃんと答えてくれたけれど。

 

 ……だけど過保護すぎない?

 いくら婚約者とは言え、体調管理まで?

 確かにクレメンティーヌは頑張り過ぎだとは思うけれど、注意すれば良いのでは?


 「……以後体調に気を付けるのではいけませんの?何も他の貴族の反対をかってまで、わたくしの体調管理などなさらなくてもよろしいのでは?ヴィーはお忙しいのですから」


 やんわりと『帰らせて』と仄めかした私はゲームと同じ、貼り付けた様なヴィーの微笑みを見て固まった。


 「先週の茶会で公爵には苦言を呈した。あれから一週間経ったのに改善されていない、いやむしろ悪化したクレイの体調を目の当たりにして、私がどんな気持ちになったかわかるかな?クレイ、君は未来の私の妃。ひいてはこの国の王妃となる身だ。その大切な身体をこの様に酷使するなど許される事ではない。公爵夫妻は君を溺愛していると聞いていたが、溺愛とは身体を限界まで酷使する娘を放置する事を指すのだろうか?もしそうなら彼等の認識を改めて貰わないといけないね」


 長い返答には静かな怒りが含まれていて、その怒りが魔力と呼応したのか冷気となって漏れている。

 しかも人形の様に美しい微笑みは先程と寸分違わずなのだから、背中に寒気を感じる位恐ろしい。


 「ヴ、ヴィー、落ち着いて下さいませ。魔力が漏れていますわ」

 「ああ、ごめんよ。君が倒れた時の事を思い出して感情が抑えきれなかったみたいだ」


 すぐに冷気は消えたけれど人形の様な微笑みはそのままだ。

 とにかく今はこれ以上刺激しない方が良いと判断した私は渋々ではあるが暫く王宮に滞在する事にする。

 体調が戻れば何かしら理由を作って早々にお暇すればいいのだから。


 「暫く王宮に滞在させて頂きます。ですが学園入学までとはお約束出来ません。そこはご了承下さいませ」

 「……とりあえず今は身体を治す事が最優先だよ。滞在期間についてはフォレスター公爵夫妻を交えて話をするつもりだから。さあ、もうベッドに入って。ソフィア、もう私は行くからクレイを頼むよ。必要なものがあれば控えの間にいる侍女に言うといい。彼女は私付きの古参の者で信頼出来るから警戒しなくて大丈夫。公爵家よりはこの王太子宮は安全だからね。……少なくとも鼠はいないよ」

 「畏まりました」


 先程の姉御と同一人物とは思えない完璧侍女の仮面を装備したソフィアに、若干黒いオーラを滲ませながら話す王太子様。

 見た目は穏やかだが二人ともしっかりと仮面装備なので内心が読めない。

 まだ熱の下がりきらない頭はそろそろ限界らしく、鈍った思考で二人の会話を聞いていた。

 ソフィアが整えてくれた極上の布団は暖かくて私を眠りへと誘う。

 

 「くすっ、クレイ。もうお休み」

 ヴィーが笑いながら頭を撫でる手は優しく瞼が下りていくのを止められそうにない。

 「クレメンティーヌ様、後の事はお任せ下さい。今はゆっくりとお休み下さいませ」

 ソフィアの柔らかい声にも安心した私はとうとう意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇◇



 「……まだ熱が高い。ソフィア、侍医の一人を控えの間に待機させるようにするから、クレイに異変があればすぐ診てもらうように」

 「はい、様々なご配慮感謝申し上げます」

 「お互い大切な人は同じなのだから、もう少し警戒を解いて貰えると助かるのだが」

 「王太子殿下に失礼な態度を取っている自覚はございます。罰なら何なりとお受け致します」

 「成程?クレイに必要なのか……。前回のお茶会からのクレイが今までと違う事とも関係がありそうだが、君はクレイの許可が無い限り何も話さないだろうから聞かないでおこう。……詳細は本人から聞くよ。だけどソフィア、この事を公爵家は把握しているのか?」


 この御方は何処までわかっておられるのか。

 優しげで美しい容姿に騙されがちだが、常日頃から魑魅魍魎を微笑みでいなし巧みな会話で必要な情報を引き出すのを私はクレメンティーヌ様の側で見てきた。

 クレハ様は鈍い方ではないけれど、貴族や王族の様な駆引きなどには慣れておられない。

 王太子様の関心を強く引いた今、隠し通すのは不可能だろう。

 だけど……。


 クレハ様は誰も知らないこの世界でたった一人で、クレメンティーヌ様を救おうと頑張っている。

 まだ15歳の少女が慣れない環境に戸惑い疲弊しながらも諦める事無く全力でだ。

 今回熱を出したのも精神的疲労が大きいのはわかっている。

 それに私は決めたのだ。

 クレハ様の絶対的な味方になろうと。

 クレメンティーヌ様だけを護ると言う誓いを破ってまで。

 だがそれをクレメンティーヌ様も後押しして下さった。

 

 クレハ様は不思議な方だ。

 その言動や行動は15歳の少女そのもので明るく前向きだ。

 だが何処か危うさが見え隠れする。

 それが気になり放ってはおけないと思ってしまう。

 きっとクレメンティーヌ様も同じ様に感じたのだろう。

 そして自ら出来ない分、私に託した。

 

 ならば私のやる事は一つだ。


 「私の口からは何も申し上げる事はごさいません」

 「……王太子である私にも、か?」

 「はい」


 射る様な威圧を含んだ眼差しは重く背筋を汗がつたう。

 次期国王として様々な教育を受けてきたこの御方は15歳という年齢では測りきれない程のものをお持ちだ。

 私の様な貴族と言えないお粗末な知識で渡り合える訳がないのは重々わかっている。


 それでも……。


 「クレメンティーヌ様の許可無く私が何かを話す事は不敬で罰せられようとも、例え殺されようともごさいません」


 クレハ様を裏切ったりはしない。

 


 



 次回の投稿は2日空いて11/17(火)です。

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