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恋愛要素多め?
……これ、恋愛要素ですよね?
「うっ、ふぇ」
目を開けると視界が滲んでいる。身体が痛くて熱い。頭もがんがんする。
「クレイ!」
焦ったようなヴィーの声がする。
少し低い、だけど艶のあるお腹に響く声。
イケメンは声も良いんだ。
「ヴィ……?」
喉の奥がくっついたみたいになって声が出にくい。
それがわかったのか私を起こし背中にクッションを差し入れたヴィーは、サイドボードの水差しからコップに水を入れて渡してくれる。
「飲めるかい?」
その言葉にこくりと頷きコップを持とうとするけれど、力の入らない手は上手く持てなくて落としそうになる。
「無理をしないで」
優しくそう言ったヴィーはコップの水を口に含んだ。
ぼんやりとそれを見ていた私はヴィーの顔が近付いてくるのに気付かなかった。
すぐに訪れた柔らかい感触。
それから薄く開いていた唇から冷たい水が流れ込んできた。
それを躊躇う事無く嚥下するが、予想以上に渇いていた喉はまだ水を欲している。
「もっと、もっとお水」
霞がかかったような頭は役に立たず、ただ本能のままに言葉を紡ぐ。
それをわかっていたかの様にすぐにもう一度柔らかい感触と冷たい水が私に訪れた。
頬を包んだ手も冷たく気持ちいい。
私はその冷たい手にすり寄った。
「っっ、クレイもっと飲むかい?」
「もういらない。手、冷たくて気持ちいい」
「くすっ、そう?なら暫くこうしていよう。ほらクレイ、もう一度横になって」
頬に手を当てたまま私は再び寝かされる。
私の隣に誰かが入ってきた様な気がするけど、役立たずの頭は理解出来なかった。
「クレイ、眠るんだ。次に起きたら少しは楽になってるはずだから」
すぐ近くで聞こえる囁くような優しい声。
頬にあった手が額に移動し、そのまま髪を撫でていく。
その優しい手つきは母を思い出す。
私が病気をした時、撫でてくれた優しい母の手を。
身体は重く痛いけれど、私は優しい手付きに誘われる様に微睡みに身を委ねた。
◇◇◇◇◇◇
「クレイ?眠ったか……」
黒く艷やかな髪を撫でるのを止め、彼女の華奢な身体を柔らかく抱き締める。
その途端、幼子の様に擦り寄る彼女の意識は夢の中だろう。
だが先程と違い表情は穏やかだ。
それに安心した私は小さな溜息を吐いた。
「殿下……」
戸惑いと不満の入り混じった声はソフィアのもの。
「しっ、やっと落ち着いたんだ。暫くはこのままで。何も不埒な事などしない。君をこの部屋に置いているのはその意思の表れだとわかっているのだろう?」
「ですが、先程の行為は……」
「病人に水を飲ませただけだ。……少し役得であった事は否めないが」
王太子である私に対しても引く事のない真っ直ぐな視線にほろりと本音が溢れ落ちる。
……手近に吸い飲みがあったのを知っているから若干気まずい。
「私も暫く休む。一時間したら起こして欲しい」
「……畏まりました」
残念な事に今日の分の政務が残っている。
このまま一緒にいたいのは山々だか、そうもいかない現状にうんざりした。
私の事に口出しさせない為にも課せられたものは完璧にこなさないと。
……しかもこれからする事は反対されるのが必至の事だ。
だが誰にも何も言わせも、させもしない。
それだけの事を私は今までしてきたのだから。
頭の中でこれからの政務を効率よくする為の段取りを考えながら目を閉じる。
……流石にこれ以上の事を意識の無い状態でする訳にはいかない。
私だって健全な青少年だ。
愛しい少女を腕に抱いているのが平気な程、経験豊富でも枯れてもいない。
だから出来るだけクレイの柔らかく甘い香りを放つ身体を意識しない様に、面倒な政務の事を考えるのだ。
それに先程のアレは断じてキスでは無い。
私達の初めてのキスがあれではクレイが可哀想だし、私としても不本意だ。
そんな事をつらつらと考えていた私はすぐに眠りに誘われる。
クレイのスケジュールも酷かったが私のも大差は無い。
育ち盛りの時期でも政務は山積みで常に睡眠不足なのだ。
……王族など体のいい働き蟻だ。
自由など無いに等しい日々、常に見られているストレス、片付けねばならない国内外の案件。
まあ、私はいい。男だし、まだ若いから何とかなる。
だがクレイは女性で繊細なのだから、現状は宜しく無い。
成人するまで時間があるのだから、もう少しゆとりのあるスケジュールにすべきなのだ。
王族とまでいかなくともクレイの生活もまた気が抜けず神経を擦り減らすだろう。
その上あれ程の教育を施すなど彼女をどう思っているのか。
……それについては追々調べる事にしよう。
それを最後に私は眠さに身を任せた。
◇◇◇◇◇◇
「うぅん、ふあぁよく寝た。って、あれ私いつの間に寝たっけ?っっ、何で!?」
目の前の彫刻の様な麗しいイケメンの寝顔に度肝をぬかれた私は一瞬で覚醒した。
しかも抱き締められている!
余りの衝撃的な状況に動けず固まっていると近くから小さな声がした。
「クレメンティーヌ様、お目覚めになられましたか?」
「ソフィア?」
ヴィーの首に顔を埋める様に抱き締められている私は声で判断した。
後、『クレメンティーヌ様』と呼ばれた事で此処は公爵家ではない事も理解した。
「はい、お身体の具合は如何ですか?お辛い様でしたらもう一度診察して頂きますか?」
「それより、これはどういう状況なのか説明して欲しいわ。まず、此処は何処?」
「王宮の客間でございます。クレメンティーヌ様が公爵家のテラスで倒れてすぐ殿下が此方に運ばれました」
「……王宮。理由は?」
「公爵家の掛かりつけのお医者様の到着が遅いと殿下が」
「成程。で、何故殿下が私と一緒に寝ていますの?」
「それは……」
「それはクレイが私の手が冷たくて気持ちいいと言ったからかな?」
「殿下!何時から起きておられたのですか?」
顔を上げると先程とは違い気怠さを滲ませたイケメンがいる。
……この歳で色気あり過ぎではないだろうか。
直視に耐えかねた私は下を向く。
ぎゃー!
ヴィーに擦り寄る形になってしまった!
慌てて手で押しやろうとするが細身なのにびくともしない。
「クレイ、落ち着いて。君は病人なのだから、暴れたらまた熱が上がるよ」
「熱?」
「そう、君は高熱で倒れたんだ。今までの疲れや昨日のお忍び、それと今朝は朝食も抜いたと聞いた。色々重なったんだろう。だが侍医が言うにはやはり暫く休養が必要だそうだ」
「申し訳ございません。ご迷惑をお掛けしてしまいました。早々にお暇致します」
そう言っても王太子様の腕は少しも緩まない。
不思議に思い再び顔を上げると、それはそれはにこやかな笑みを浮かべている。
しかし私にはその微笑みは恐ろしく感じた。
だって目が笑ってない!
「クレイ、報告があるんだ」
いや、その恐ろしい笑顔のまま言われる報告なんて、どう考えても良いものじゃないよね?
出来れば聞きたくない。
そして帰りたい。
「その『報告』はまた今度聞くと言う選択肢は……」
「無いね。今聞いて貰わないといけないかな」
被せ気味の強い返答にしおしおと萎れる私。
この王太子様、優しげな容姿なのにかなり強引なのは三回しか会ってない私でもわかる。
報告、というより、もう既に決定事項なんだろう。
もうどうにでもなれ、とばかりに力を抜いた私に王太子様はとんでもない報告を言い放ったのだ。
「クレイ、君は暫く王宮で暮らす事になったから」
次回の投稿は2日空いて11/12(木)です。
王太子様が腹黒なのは鉄板なのです!
……私の中では。