9
任務を終えた第一騎士団は首都に帰るために朝から大忙しだった。
荷物を積みいれたりと運んで、忙しなく動いているのをイリスはボーっと見ていた。
あの後、真剣なリヒャルトの言葉を信じて今までの暴言を許した。
もうしないと言ってくれた……今でも夢みたいで何だか胸がドキドキとする。
首都に帰っても今みたいに穏やかに話すことができる。
ずっとずっと憧れて、あの人のようになりたいって願って努力して……認めてもらえた。
嬉しくて、嬉しくてたまらない。どうしよう……っ嬉しい嬉しい。
「あぁーあぁ可愛い顔しちゃってまぁ~」
「オイゲン様」
「また様付けだし、ほんと堅苦しいなぁレディは。
別にいいじゃん一目があっても呼び捨てで呼んだって」
「お仕事は終わったのですか?」
「ダー!!さすがだよっまったく聞いてないっ」
地団駄踏んでやるせなさを解消し、はぁっとオイゲンは落ち着かせた。
腰に両手を当てて不満そうに口を尖らせながら用事があると言った。
「リヒャルトが大事な用事があるんだと」
「俺に?」
「そーみたい。宿屋の裏側にいるから来て欲しいってさ」
「はぁ……わかりました行ってきます」
なんの用事なんだろうと小走りで宿の裏へと向かった。
イリスの後姿を面白くなさそうにオイゲンは頭を掻いたが、仕方ないかと呟いた。
キョロキョロとイリスを探すフリッツを親友のよしみで捕まえて二人っきりにさせてやった。
言われたとおりに、イリスは宿の裏側に来ていた。
探さなくともそこにはリヒャルトがいて、やってきたイリスを見て顔を綻ばせた。
「来たか」
「うん。それで俺に用事って?」
心なしかソワソワとしているリヒャルトを怪しみながら近づいた。
リヒャルトは何度か早る気持ちを抑えて、慎重にイリスに問いかけた。
「イリスに言いたい事がある。聞いてくれるか」
「それは勿論」
イリスは素直に頷いた。ドクンッドクンッリヒャルトの心臓が早くなる。
「その……左手を出してくれないか」
「……うん」
何だろうと遠慮がちに左手を差し出した。その手をリヒャルトは掴む。
ぴくっと小さくイリスの手が跳ねた。それが妙に緊張を増幅させていた。
「ここには何もないから、こんなものですまないが……」
リヒャルトは小さな白い花を出して、その花をイリスの左手の薬指に括りつけた。
えっとイリスは目を見開き、つけられた花とリヒャルトの顔を交互に見た。
「貴方を愛してる。
私の側でずっと共に生きてはくれないか」
イリスの左手の甲に口付けを施し、手を絡めてぎゅっと握った。
指輪は首都に戻ればきちんとしたものがある。任務の時はお互いに外していて着けられていない。
だがそれでよかった。偽りの心で結んだ指輪をつけさせたくはない。
首都に帰る前に、プロポーズをしておきたかった。
婚姻を結んだ日もその後も、一度も愛を囁くこともプロポーズもしなかった。
だからあの指輪をつける前にイリスに告白したかった……恋に落ちたのだと。
「……そ……」
戸惑ったようにイリスは体を震わせて、言いかけた言葉を飲み込んだ。
こんなにも真剣な眼差しで言ったリヒャルトに「それは本当の気持ち?」とは聞けない。
熱い眼差し、リヒャルトの性格が表れている真面目で真剣な告白。
かぁ~っとイリスの頬に赤みがさした。
手にも汗をかいて恥ずかしい……すごく恥ずかしくてふわふわする。
「ぁ……の」
「ゆっくりでいい。イリスの気持ちを聞かせてくれ」
「っは……ぅ……」
ぷるぷると震えて喉から上手く声が出ない……。
頭も血が上ってパンクしてクラクラするどうしよう……どうしよう。
もう目が回ってきてフラフラとイリスはリヒャルトに近づいた。
リヒャルトの握られている手をそのままに、間近にまで近づきつま先立ちをして耳元に唇を寄せた。
本当に小さな、小さな声だった。
「ずっと嫌じゃなかった……」
「っ」
「俺……で、いい?……リヒャルト」
最後は切なそうに名を呼ばれた。
リヒャルトはイリスの髪を撫で赤く火照る頬に撫でて……ゆっくりと顎を持ち上げた。
イリスは受け入れるように震える瞳を閉じて、二人は初めて口付けを交わした。
正真正銘の愛を誓う口付け。
お互いの手を放さないようにと強く握りしめた。
「なんか、ヤだなこれ」
「ははっ私も恥ずかしい」
「嘘だ。と言うか俺の方は初めてだったんだから余計に恥ずかしい」
寝ていたイリスにキスをしたことは黙っておこう……。
熱いイリスの体を抱きしめてリヒャルトは、青い髪を撫でた。
そして今度こそ、イリスはリヒャルトの背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
「……出発の時間」
「まだいいだろう?」
「あぁっと俺やることあるし……だから離して」
「仕方ないな」
腕を開放するとすぐさまイリスは逃げ出して、後ろを向いて歩いていった。
その耳が真っ赤に染まっていたのでまぁいいかと呼び止める事はせず、くすりと笑った。
宿屋の裏から出てきたイリスは、受け取った花の指輪にそっと口付けた。
何よりも嬉しいプレゼントだ。イリスは無くさぬようにと大事そうにハンカチに包んだ。
この数時間後、第一騎士団一行は村を離れた。
首都に向かう馬車に揺られながら、過ぎ行く田舎町をいつまでも窓から見続けた。
ここに来なければリヒャルトとの関係はかわらなった。
またいつか来よう。
今度はちゃんとした夫婦として、この村の自然を堪能したい。
受け取った花の結婚指輪を大事そうに膝に上に広げながら今は帰路を急ぐ。
『Engagement Ring』END
と言う事で完結しました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございますっ!
純愛を意識しつつ甘酸っぱさを感じていただければと思います。
もしかしたら続編があるかも……?お色気シーンを入れたいですね。
それではまた何処かでお会いできたらと思います。ありがとうございました!