悪役令嬢の公開断罪は音を立てて崩れる
そのして――
広場の空気が、音を立てて崩れた。
私は断罪台の上で、静かにその光景を見ていた。
……うん。
知ってた。
こうなるって、知ってた。
だって今、空に浮かんでいる映像の中で——
聖女リリアーナが、
にっこり笑っているからだ。
それも。
今この広場で見せているような、儚くて守ってあげたくなる笑顔ではない。
どちらかというと。
――「計画通りですわ」って顔。
温室の映像の中で、リリアーナは私を見て言った。
『あなたって、本当に便利ね』
広場が、ざわ……と揺れる。
「……え?」
「今……何て?」
私は内心で頷いた。
うんうん、そうなるよね~。
だって、私も初めて聞いたとき同じ顔をした。
映像の中の私は、困惑していた。
『どういう意味ですか……?』
そして、リリアーナは、楽しそうに笑う。
『だってそうでしょう?』
くすくす笑いながら続ける。
『あなたが悪役をやってくれるから、私は聖女でいられるのよ』
……。
……広場、完全停止。
誰も動かない。
誰も喋らない。
あまりにも静かすぎて、遠くの噴水の音が聞こえた。
ぽちゃん。
……うん。
平和だなぁ。
その沈黙を最初に破ったのは——
「……は?」
王太子アルベルト殿下だった。
すごく間抜けな声だった。
いや、気持ちは分かる。
だって今、殿下の腕の中で震えている聖女様が。
映像の中では、完全に黒幕顔だから。
「……リリアーナ?」
殿下がゆっくり視線を落とす。
リリアーナは青ざめていた。
「ち、違うんです……!」
あ、来た。
私は心の中で小さく拍手した。
第一段階、否定
リリアーナはぶんぶん首を振る。
「これは、何かの間違いで……!」
すると、隣から、落ち着いた声が聞こえた。
「間違いではありません」
ノア先輩だった。
この大混乱の中でもこの人、声の温度が一ミリも変わらない。
すごい。
精神構造どうなってるんだろう。
ノア先輩は丁寧に続けた。
「こちらは記憶映像魔法による記録です」
すっと眼鏡を押し上げる。
「改ざんは不可能となっております」
カイル団長が怒鳴った。
「ふざけるな!」
ノア先輩を見る。
「そんな魔法があるわけ——」
「あります」
即答だった。
しかも丁寧。
「私が作りましたので」
広場、二度目の沈黙。
……。
私は小声で言った。
「先輩」
「はい」
「さらっと世界レベルの発明を言わないでください」
「失礼しました」
全然反省してない顔だった。
その間にも、映像は続いている。
温室の中で、リリアーナは楽しそうに言っていた。
『だって、皆すぐ信じるんだもの』
くすっと笑う。
『私が泣けば、誰かが怒る』
そして、指で、私を指した。
『大抵、あなたにね』
広場の空気が凍った。
私は断罪台の上で、ゆっくり息を吐く。
……うん。
やっぱり。
こうして見ると、なかなかひどい。
隣で、ノア先輩が小さくメモを書いていた。
さらさら。
……。
私は横目で見た。
「先輩」
「はい」
「何してるんですか」
ノア先輩は真面目な顔で答えた。
「観察記録です」
さらさら書く。
「“共感支配型魔力干渉、追い詰められると動揺を見せる”」
メモを続ける。
この人――完全に研究モードだ。
「先輩」
「はい」
「今、王国最大級公開聴取中です」
「存じております」
「研究優先ですか」
「非常に貴重なサンプルですので」
……。
この人、絶対宮廷クビにならないのすごいな。
――そのとき。
「エミリア!!」
怒鳴り声――カイル団長だった。
「貴様、何を企んでいる!」
剣の柄に手をかけている。
私は首を傾けた。
「何も」
正直に答える。
「私はただ」
空の映像を見る。
「事実を見せているだけです」
そして、少し微笑む。
「でしょう? ノア先輩」
ノア先輩は頷いた。
「ええ」
穏やかに言う。
「ちなみに」
水晶を軽く振る。
「こちらの記録」
嫌な予感がした。
「まだ9件ほどございます」
広場が爆発した。
「きゅ、9件!?」
「まだあるのか!?」
「聖女様!?」
私は思わず呟いた。
「……先輩」
「はい」
「これでは私でなく、リリアーナさんの公開処刑みたいになってません?」
ノア先輩は少し考えてから答えた。
「いえ」
真顔だった。
「学術発表です」
その瞬間
ノア先輩の一言で、広場の空気が三秒ほど固まった。
……学術発表。
いや、確かに。
映像あるし、証拠あるし、解説付きだし。
形式だけ見れば、完全にそれだ。
――ただ問題は、発表場所が王国中央広場で、聴衆が王族と騎士団と国民数百人なだけである。
私は小さくため息をついた。
「先輩」
「はい」
「学会の規模が少し大きすぎませんか」
「大規模検証は研究の信頼性を高めます」
「そういう意味ではありません」
その時だった。
「もうやめろ!!」
叫んだのは——王太子アルベルト殿下だった。
さっきまでの余裕は消え失せ、顔は真っ青だ。
殿下は、腕の中のリリアーナを見下ろした。
「……リリアーナ」
声が、かすれている。
「これは……何だ?」
リリアーナは震えていた。
「ち、違うんです……!」
またそれだ。
第二段階、涙。
ぽろぽろと涙まぁ、綺麗に涙が落ちる。
「私はそんなつもりじゃ……!」
……あ。
私は眉をひそめた。
周囲の空気が、ほんの少し揺れた。
怒りと、戸惑いと、同情。
やっぱり残ってるなぁ、この能力。
その時――隣でノア先輩が小さく言った。
「興味深い」
メモ。
「共感支配、弱体化はしているが完全には消失していない」
「先輩」
「はい」
「実況解説やめてください」
「申し訳ありません」
全然申し訳なさそうじゃなかった。
その時だった。
「……エミリア」
低い声。
カイル団長だ。
さっきまで怒鳴っていた人とは思えないほど、声が重い。
彼は私を見ていた。
じっと――そして言った。
「……これは、本当なのか」
私は少し首を傾げた。
「団長」
「……」
「今、空に出ているの、何だと思います?」
団長は答えなかった。
代わりに、ゆっくり剣の柄から手を離した。
その瞬間――広場のあちこちで、ざわめきが広がる。
「団長……?」
「まさか……」
カイル団長は、深く息を吐いた。
「……俺は」
言葉を探すように止まる。
「……今まで、リリアーナと出会う前は、お前を守っているつもりだった」
私は苦笑した。
騎士として、公爵家の令嬢であり、第1王子の婚約者を守るのは当然だ。
まあ、私が転生してからは、ずっと当たりが強かったが。
「そうですね」
とりあえずの肯定。
「だが」
団長の拳が震えている。
「俺は——お前を断罪した」
沈黙。
……うん。
やっと気づいたか。
遅いけど。
その時。
「エミリア」
別の声。
私は振り向いた。
そこにいたのは——幼なじみのルイス・バーミリオンだった。バーミリオン侯爵家の跡取り。
そして、ずっと中立だった人。
ルイスは少し困った顔をしていた。
「……一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「君、最初から知ってたの?」
私は少し考えた。
「半分くらい」
「半分?」
「残り半分は」
空を見上げる。
「先輩の研究成果です」
ノア先輩が軽く会釈した。
「どうも」
ルイスは眉を押さえた。
「……エミリア」
「はい?」
「君、昔から頭いいとは思ってたけど」
ため息。
「敵に回したくないタイプだったんだね」
「光栄です」
彼の言葉に私は最上級の笑みを浮かべて応えた。
その時だった。
「……エミリア」
震える声。
王太子アルベルトだった。
殿下は、私を見ていた。
さっきまでの怒りも、自信も、全部消えている。
「……私は」
言葉が続かない。
私は待った。
数秒後。
殿下は、ゆっくり頭を下げた。
広場がどよめく。
「私は……君を疑った」
静かな声。
「君の言葉を、一度も聞かなかった」
顔を上げる。
「……すまない」
……おお。
私は内心で少し驚いた。
ちゃんと謝れるんだ、この人。
その時、ルイスが小さく言った。
「エミリア」
「はい?」
「今、王太子が謝ってる」
「見えてます」
「普通の令嬢なら感動してる」
「普通じゃないので」
私がにっこり笑うと、ルイスは吹き出した。
「だよね」
その時、ノア先輩が静かに言った。
「エミリア嬢」
「はい」
「そろそろ次の映像を」
広場が凍った。
アルベルト殿下が顔を引きつらせる。
「ま、まだあるのか?」
ノア先輩は頷いた。
「あと8件ございます」
私は顔を覆った。
「先輩」
「はい」
「今日はもう十分だと思います」
ノア先輩は少し考えた。
「……確かに」
そして真顔で言った。
「続きは第二部にしましょう」
広場がまた爆発した。




