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公開聴取

午後。

王立学院・大講堂。

普段は式典や講義に使われる広い空間が、今日は異様な緊張に包まれていた。

上段には教師たち。

中央には学院騎士。

そして壇上には、王家の紋章が掲げられている。

そこに座っているのは――アルベルト王太子。

この国の次期国王。

その存在だけで、生徒たちの背筋は自然と伸びる。

講堂にはすでに何百人もの生徒が集まっていた。


 

「まさか本当に公開聴取になるなんて……」


 

「相手、公爵令嬢だぞ?」


 

「でも被害者はリリアーナ様らしい」


 

ざわめきが広がる。

その中央に、私は立っていた。

エミリア・ヴァレンシュタイン。

視線が痛いほど集まっている。

けれど私は、姿勢を崩さない。

公爵家の令嬢として。

そして――自分が何もしていないと分かっているから。


 

「では」


 

壇上から、落ち着いた声が響く。

アルベルト王太子が口を開いた。


 

「本日の件について聴取を行う」


 

静寂が落ちる。


 

「まずは被害を訴えた者」


 

彼は視線を向けた。


 

「前へ」


 

その瞬間だった。

講堂の空気が――変わった。

ゆっくりと前へ歩いてくる少女。

白い手袋。

震える指先。

今にも泣き出しそうな打ち震える瞳。

リリアーナ。

彼女が壇上の前に立った瞬間。

講堂の空気が柔らかくなる。

不思議なくらいに。


 

「……リリアーナ様」


 

誰かが小さく呟く。

彼女が頭を下げた。

その動作だけで、周囲の生徒たちの表情が変わる。

優しい顔。

守りたいという視線。

そして――私を見る目が、わずかに鋭くなる。

私はその変化を見ていた。

まただ。


 私は内心彼女のしつこさにある意味の賞賛さえ覚えた。


 げんなりするけど……

 

リリアーナが口を開く。


 

「わ、私は……」


 

声が震える。


 

「私が悪いんです……」


 

講堂がざわめく。


 

「違う!」


 

誰かが叫ぶ。


 

「君は悪くない!」


 

「そうだ!」


 

「リリアーナ様は被害者だ!」


 

私は目を細めた。

まだ何も起きていない。

まだ何も語られていない。

それなのに――空気が決まっている。

リリアーナは震える声で言う。


 

「図書館で……」


 

涙が『綺麗に』一粒落ちる。


 

「本を読もうとしていただけなのに……」


 

講堂の空気が一気に傾いた。


 

「最低だ……」


 

「公爵令嬢なのに」


 

「いじめとか信じられない」


 

私は静かに思った。


……ああ。


これだ。


私は一歩前に出る。


 

「発言してもよろしいでしょうか」


 

講堂が少しざわつく。

アルベルトが頷いた。


 

「許可する」


 

私は言った。


 

「私、まだ何もしていないんですけど?」


 

一瞬の沈黙。

次の瞬間。


 

「言い訳か」


 

「最低だな」


 

「被害者が泣いてるのに」


 

ざわめきが広がる。

私は少しだけ眉を上げた。


 

「……なるほど」


 

私は静かに呟く。

そのときだった。

後ろから落ち着いた声がした。


 

「興味深いですね」


 

振り向く。

講堂の端――腕を組んで立っている青年。

ノア・アルケイン。

彼は眼鏡を押し上げながら言った。


 

「まだ事実関係が何一つ提示されていない」


 

そして講堂を見渡す。


 

「それなのに、結論が出ている」


 

ノアの目が細くなる。


 

「これは――」


 

彼はゆっくり言った。


 

「とても綺麗な感情誘導ですね」


 

その瞬間。

リリアーナが小さく震えた。

そして――涙がこぼれた。

ぽろり。

その一滴が落ちた瞬間。

講堂の空気が爆発的に傾いた。


 

「やめろ!」


 

「彼女を責めるな!」


 

「リリアーナ様は悪くない!」


 

私はその光景を見て、確信した。

これは偶然じゃない。

噂でもない。

誤解でもない。

『現象』だ。

人々の感情が、まるで糸で引かれるように動く。

私は小さく呟いた。


 

「……世界のバグ」


 

ノアがわずかに笑う。


 

「ええ」


 

彼は言った。

 


「能力ですね」


 

そして視線をリリアーナへ向ける。


 

「無自覚型の感情支配」


 

静かに続ける。


 

共感支配エンパシー・ドミネーション


 

私はリリアーナを見る。

彼女は泣いている。

本当に悲しそうに。

本当に傷ついたように。

でも……

その涙が落ちるたびに――世界は、私を悪役に書き換える。

ノアが小さく言った。


 

「なるほど」


 

そして微笑む。


 

「ヒロインは」


 

彼は結論を出した。


 

「悪役を作る能力者でしたか」


 

講堂の空気が、さらに歪んでいく。

そして。

物語は――本当の戦いへと変わり始めていた。

  公開聴取の日、学院の中央広場には人が溢れていた。

 学生。

 貴族。

 騎士団。

 そして王族。

まるで祭りのような人の波の中心に、ひとつの断罪台が立っている。

そこに立たされているのは——エミリア・ヴァレンシュタイン。

かつて王太子の婚約者だった令嬢。

そして今は、聖女をいじめた“悪女”。

広場のざわめきが広がる。


 

「ついに裁かれるのね……」


 

「当然だろう。リリアーナ様を泣かせたんだ」


 

「王子殿下まで怒らせたらしいぞ」


 

 視線は冷たい。

だがエミリアは、ただ静かに立っていた。

 まるで。

 最初からこの場所に立つことを知っていたかのように。

やがて、王太子が立ち上がる。


 

「エミリア・ヴァレンシュタイン」


 

 アルベルト王子。



「お前は聖女リリアーナに対し、度重なる嫌がらせと侮辱を行った」


 

 隣で、白いドレスの少女が震えている。

 聖女リリアーナ。

 大きな瞳に涙を浮かべ、今にも崩れそうに見えた。


 

「……私は、ただ……」


 

 か細い声。


 

「皆と仲良くしたかっただけなのに……」


 

 その瞬間――広場の空気が一斉にエミリアへ向く。

 怒り。

 軽蔑。

 憐れみ。

 騎士団長カイルが一歩前に出た。


 

「言い訳は不要だ」


 

 低く、重い声。


 

「エミリア・ヴァレンシュタイン。貴族としての品位を失い、聖女を傷つけた罪——」


 

「その前に」


 

 私は静かに口を開いた。

 誰もが息を呑む。

私は、少しだけ首を傾けた。


 

「ひとつだけ、質問してもよろしいでしょうか」


 

 王子が眉をひそめる。


 

「……何だ」


 

 私は、リリアーナを見た。

私の瞳はは、怒っても泣いてもいない。

ただ、冷静だった。


 

「あなたが泣けば」


 

 ゆっくり言う。


 

「誰かが悪役になる」


 

 広場が静まり返る。


 

「それって」


 

 私は聖女に負けない無垢な微笑みを向けた。


 

「どれだけ残酷なことか、分かりますか?」


 

 ざわめきが起こる。


 

「な、何を……!」


 

 カイルが声を荒げる。


 

「まだ言い逃れを——」


 

「言い逃れではありません」


 私は首横に振った。


 

「確認です」


 

 そして。

私は後ろを振り返った。


 

「ノア先輩」


 

 その名に、再びざわめきが起こる。

人々の視線の先。

黒いローブの青年が、静かに歩み出てきた。

宮廷魔法使い。

学院の首席魔導研究者。

ノア・アルケイン。

彼は一礼した。


 

「お呼びでしょうか、エミリア嬢」


 

 丁寧な声だった。

まるで講義でも始めるかのように落ち着いている。

王子が険しい顔をする。


 

「ノア……お前までこの茶番に関わるのか」


 

 ノアは穏やかに答えた。


 

「茶番かどうかは、これから確認できるかと存じます」


 

 そして、手に持っていた水晶を掲げた。


 

「皆様に、一つだけお見せしたいものがあります」


 

 カイルが睨む。


 

「何だそれは」


 

 ノアは微笑んだ。


 

「記憶映像魔法の記録媒体です」


 

 ざわめきが広がる。


 

「記憶……映像?」


 

「ええ」


 

 ノアは淡々と続けた。


 

「人間の視覚情報を魔力で保存し、再生する魔法です」


 

 そして少し首を傾ける。


 

「簡単に申し上げれば」


 

 静かに言った。


 

「その場で実際に起きた出来事を、もう一度見ることができます」


 

 広場が凍りついた。

王子の表情が変わる。


 

「……何?」


 

 ノアは続けた。


 

「つまり」


 

 水晶を掲げる。


 

「物語ではなく」


 

 一瞬、ノア先輩は私を見る。

そして言った。


 

「事実を確認できる、ということです」


 

 リリアーナの顔が、わずかに強張った。

だがアルベルトは笑った。


 

「いいだろう」


 

 自信に満ちた声。


 

「やってみろ」


 

 彼はリリアーナの肩を抱く。


 

「リリアーナが嘘をつくはずがない」


 

 ノアは軽く頷いた。


 

「ええ」


 

 とても穏やかな声で言う。


 

「私も、そう思っております」


 

 そして。

水晶に魔力を流した。

光が広場に広がる。

空中に、ひとつの映像が浮かび上がった。

 それは——学院の温室。

エミリアとリリアーナが、初めて二人きりになった日の光景だった。

そして、映像の中で。

誰もいないことを確認したリリアーナが、ゆっくりと笑った。

 ——その瞬間。

広場の空気が、音を立てて崩れた。

 空気が、凍った。

 

――あ。


 その瞬間、私は確信した。

物語が、壊れる。

広場の上空に浮かぶ記憶映像。

そこに映っているのは、学院の温室。

私とリリアーナが、初めて二人きりになった日の光景だ。

――そして。

誰もいないことを確認した彼女は――笑った。

今まで一度も見たことのない顔で。

柔らかくて、儚くて、守ってあげたくなる聖女の笑顔ではない。

 冷たい。

 計算された笑みだった。


 

「……え?」


 

 広場のどこかで、誰かが声を漏らした。

当然だと思う。

だって、あのリリアーナが。

あんな顔をするなんて。

誰も想像していなかったはずだから。

映像の中の彼女は、私を見て言った。


『あなたって、本当に便利ね』


 いゃー!あなたの影の顔は立派でしたよ。


 当時を思い出して、私は頷て見せた。

 ざわめきが走る。

 私はゆっくり息を吐いた。

 胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなる。


 ——大丈夫。


 ここまでは、予定通り。

アルベルト殿下の声が響いた。


 

「……これは、何だ」


 

 信じられない、という声だった。


 ――いや、ある意味貴方も、いや、関わった皆が被害者なんですよ。


 私はそちらを見ない。

代わりに、隣に立つ人を見る。

ノア先輩。

彼はいつものように静かだった。

騒ぎ立てるでもなく、得意げになるでもなく。

ただ、観察している。

まるで研究対象を見る学者みたいに。


 

「殿下」


 

 ノア先輩は丁寧に一礼した。


 

「こちらは先ほど申し上げた通り、記憶映像です」


 

 落ち着いた声。


 

「編集も、改変も行っておりません」


 

 少し間を置いて。


 

「つまり」


 

 淡々と言う。


 

「実際に起きた出来事でございます」


 

 広場がざわめく。


 

「嘘だ……」


 

「リリアーナ様が……?」


 

「何かの間違いでは……」


 

 でも――映像は止まらない。

映像の中の私は、ただ困った顔をしていた。


 

『どういう意味ですか……?』


 

 そう聞く私に、リリアーナは笑った。


 

『だってそうでしょう?』


 

 くすくす笑いながら言う。


 

『あなたが悪役をやってくれるから、私は聖女でいられるのよ』


 

 広場が、完全に静まり返った。

私は目を閉じる。あの日。

この言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

怒りとか悲しみとか、そういう感情じゃない。


 ただ。


 世界がひっくり返ったみたいだった。


いやー!リリアーナ嬢は大した役者でしたよ。


 あの時の驚きは今も忘れられない。

でも。

今は違う。

私はゆっくり目を開ける。

視線の先。

リリアーナが震えている。


 

「ち、違う……」


 

 小さく首を振っていた。


 

「これは……」


 

 涙が浮かんでいる。


 ああ。


 まただ。


 私は静かに口を開いた。


 

「泣くんですね」


 

 リリアーナの肩がびくりと揺れる。

広場中の視線が私に集まる。

私はゆっくり言った。


 

「あなたは、いつもそうでした」


 

 一歩、前に出る。


 

「困ったら泣く」


 

 また一歩。


 

「そうすれば、誰かがあなたを守る」


 

 さらに一歩。


 

「そして……」


 

 リリアーナの目を真っ直ぐ見た。


 

「誰かが悪役になる」


 

 彼女の顔が青くなる。

 私は静かに笑った。


 

「今回は」


 

 少し首を傾ける。


 

「誰が悪役になるんでしょうね?」


 

 その瞬間。


 

「エミリア!」


 

 怒鳴り声が響いた。

カイル団長だった。


 

「聖女に対してその態度は何だ!」


 

 私はちらりと彼を見る。


 

「団長」


 

「黙れ!」


 

 剣の柄に手をかける。


 

「映像など、いくらでも偽造できる!」


 

 ああ。


 やっぱりそう来るんだ。


 私は肩をすくめた。


 

「そう思いますよね」


 

 そして、隣を見る。


 

「ノア先輩」


 

 ノア先輩は小さく頷いた。


 

「ええ、当然の疑問です」


 

 彼は一歩前に出る。

 そして、丁寧に説明を始めた。


 

「記憶映像魔法は、第三者の魔力干渉を受けると崩壊します」


 

 静かな声が広場に広がる。


 

「つまり」


 

 指を一本立てる。


 

「改ざんは不可能です」


 

 さらに続ける。


 

「加えて、この映像は複数の視点から保存されています」


 

 水晶がもう一つ浮かぶ。


 

「エミリア嬢の記憶」


 

 もう一つ。


 

「そして——」


 

 ノア先輩は少しだけ微笑んだ。


 

「私の観測記録です」


 

 広場がどよめいた。

私は思わず小さく笑う。


 ……本当に。


 この人は容赦がない。

ノア先輩は、リリアーナを見る。

そして、とても丁寧な声で言った。


 

「聖女リリアーナ様」


 

 一礼する。


 

「もう一度だけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 

 広場中が息を呑む。

ノア先輩は穏やかに言った。


 

「あなたは」


 

 ほんの少し首を傾ける。


 

「本当に、何もしていないのでしょうか?」


 

 その瞬間。

リリアーナの顔から、完全に血の気が引いた。

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