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タガタメファンタジー~魔心導師は愚者と踊る~  作者: 南乗七史
番外・踏み出すべき一歩
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第3節・変態の未来とちょっとした懸念

 晩春の夜道を歩く。周りは民家だが、少し先にいくつか山が見える。


 なんの虫か解らないけれど、何かがどこかで鳴いている。私の家は山の中にあるので虫の声は日常だ。栄えた街に居るよりも、こっちのほうが安心出来る。


「ほんと薄情だよね、コンビニ寄るくらい付き合ってくれたっていいのにさ」

 私の隣を歩く妹弟子(いもうとでし)が、私の顔を覗き込んできた。神様が間違えてアンバーの宝石を入れてしまったんだと思える瞳、柔らかそうな癖っ毛と栗色の髪が、その宝石を優しく包んでいる。一瞬見惚れて、そういえばさっき、声を掛けられたんだっけ、と気づき、言葉を思い出す。


 薄情?


 意味がよく解らなくて首を傾げる。


「こんな可愛い女の子二人を送迎出来るなんて、男の名誉だと思うべき!」

 妹弟子は拳を握ってそんな事を言っていた。確かに妹弟子は可愛い。でも私はどうだろう。解らない。母上が美人だから、母上に似たら私も可愛い。父上に似たら解らない。それと、女の子を送迎しろ、というのも、どうだろう、そういう時代だろうか。ジェンダーバイアスは好まれない気がする。


 そうこう考えて、どれで答えようかって悩んで、時間が経ちすぎたので答えるのを諦めた。


 建物の数が減って、木が増える。虫の合唱が大きくなって、家が近いと把握する。おかえりなさいと言っているみたいで、嫌いじゃない。山の前に鳥居があって、階段がある。今からあれを上ったら、もう家だ。だけど、その階段の前に人影があった。階段を登るか否か悩んでいる背中。どこか見覚えがあるような気がする。


「あれ」ふと、妹弟子が立ち止まって「おーい、真中くん」と手を前方に手を振った。

「え」見覚えのある背中が振り向くと、見覚えのある顔だった。弟弟子候補だ「愛野さん、遥香ちゃん」

 弟弟子候補は振り返って、私達が階段の前まで来るのを待つ。


「お疲れ様、稽古からの戻り? 彼方は?」

「そう、戻り。あの薄情者は先に帰ったわよ。お疲れ様のアイス買いにコンビニ寄ろうって提案したら、『疲れたから帰る、めんどい』だって」

「女の子二人を残して帰るのは、流石にいただけないなぁ」

 ははは、と軽く笑った弟弟子候補は、妹弟子との会話を終えると、中腰になって私と同じ目線になる。


 顔が近づいても毛穴ひとつ認知出来ない綺麗な肌。つややかな黒髪。アーモンド状の大きな目。どれも女が欲しがりそうなパーツ。それらを持ち合わせつつも男である事を忘れさせないオーラと、安心感を与えようと微笑む口元。妹弟子に負けず劣らず顔が良い。


「お疲れ様、遥香ちゃん。今日の稽古はどうだった?」

 聞かれたので思い返す。特に問題は無かったけど、報告しなきゃいけない事も無かったので、首を縦に振って答えた。

「そっか。じゃあよかった」

 会話が終わる。


「それで、どうしたの。真中くんがこの時間に来るって珍しくない?」

 と妹弟子が確認する。言われてみれば、弟弟子候補は兄上から呼び出された時、割と早い時間にウチに来て、遅くなる前に帰る事が多い。家が遠いのかもしれない。でもだとしたら、この時間に居るのはどうなんだろう。8時30頃。あと一時間半で、未成年者が出歩いてちゃいけない時間になる。


「ああ、はは。なんというか……なんだろうね」

 歯切れ悪く言う弟弟子候補。何か悩み事だろうか。

「はっはーん」

 妹弟子が悪戯っぽい声を出すので見てみると、悪だくみします、みたいな顔で私を見ていた。

 そして手に持っていたコンビニ袋を持ち上げて、こう言う。

「アイス、食べちゃお。彼方の分を真中くんにあげてさ。ここで三人で」

 悪くない提案。流石妹弟子。断る理由も無いので、ただ頷く。


「じゃぁ、えっと」

 どこで食べようかと悩む妹弟子。バス停のベンチもあるけど、自転車置き場の隣にもベンチがある。妹弟子の腰をつんつんとつついて、視線がこちらに向いたので、そのベンチを指さした。


「あんなとこにあったんだ。知らなかった」

 と妹弟子が驚く。

「僕たちは着いたらすぐに彼方の部屋に向かうからね。休憩用のベンチが視界に入っても気付かなかったのだかもしれない」

 弟弟子候補は笑う。


「でも、いいのかい? 彼方の分なんだろう?」

「いいのいいの。薄情な彼方より悩める真中くん。ピコは遥香ちゃんのだから、パペコと雪山大福、どっちか選んで」

「え。その組み合わせなら半分こにするしかないんじゃないかな」

「さっすが真中くん、解ってる!」

 2人は機嫌良くベンチへ向かう。


 到着して、妹弟子がアイスを配る。ピコを受け取った私は二人を待つ。


 妹弟子は私の隣に座って、雪山大福を開ける。弟弟子候補は自転車置き場に置いてあった自分の自転車に寄りかかるような立ち方でラクにしつつ、パペコを開けた。パペコも雪山大福も二個入りのアイスで、分け合えるようになっている。二人がアイスの入れ物を分けて互いに渡す。


「それで、どうしたの。彼方に会いに来たみたいだけど、なんか不安な事?」

 と妹弟子が聞く。

 弟弟子は答えた。

「いや……今日、クラスメート達とカラオケに行ったんだけど、その面子の中に清水さんも居てね」

「え``」

「ってなるよね。僕も驚いた。それで帰りに少し話をして……」

 そこまで言って、弟弟子候補は言葉を止めて、手のひらを開いて閉じる仕草を何度か繰り返す。背後の虫の鳴き声で今にもかき消されてしまいそうな表情だけど、この弟弟子候補は中々出来る人間なので、心配はいらないと思う。


 いくらかの沈黙の後、弟弟子候補は言った。


「僕も魔心導師の術を習いたい。そう、相談しに来たんだ」


 弟弟子になろうとしている弟弟子候補。いつ修行を始めるんだろうと不思議だったけど、ようやく決心したらしい。


 それにしても、今までいったい何に悩んでいたんだろうか。中学生の私には解らない、複雑な高校生心というやつだろうか。


「だけど、少し怖くてね」

 弟弟子候補はまだ候補の予防線は外せないらしい。

「怖い? 何が?」

 怖い? 何が? と思っていたら、私の変わりに妹弟子が、私の思っていた事を言ってくれた。流石私の妹弟子。出来る妹弟子。姉弟子として誇らしい。

「彼方の迷惑になる事が、さ」

 神妙な面持ちで真剣に悩んでいる風だけど、何を言っているんだろうこの弟弟子候補は。


「彼方は、責任感が強いだろう? だから、僕がより深く今やっている事に関わろうとしたら、重荷になってしまうんじゃないって思うと、踏み込めないんだ。もし踏み込んで、それが彼方にとって嫌だったとしても、あいつは素直じゃないから、我慢させてしまうんじゃないかって。そうなるのが怖くて……ここまで来て、止まってた」

 はは、と空っぽな笑い方をする弟弟子候補。兄上が素直じゃない? 私の知る兄上はとても感情的で素直だ。どうしてあんな素直な人の行動を信頼できない、みたいに言うんだろう。


「確かに、あいつほんと素直じゃないよね」

 と、妹弟子が言う。妹弟子失格。兄上は素直。

「でも」と妹弟子は続けた「言葉だけだよ、それ。行動はだいたい心の赴くままって感じ」

 妹弟子合格。解ってる。


 人は嘘を吐く。そんなものは前提。

 心の内は見えない。言葉は意味が無い。なら、行動だけがその人だろう。

 ただ、やる。それだけがその人の全てだと私は思う。


 妹弟子、兄上検定2級あげちゃう。


「あとは、真中くん次第だと思うな。あたしは歓迎だけど、透子さんの負担が増えるのかな。でも透子さんなら絶対大丈夫。ってなると後は彼方次第なのかな。うん、真中くんと彼方次第」

「そっか……。うん、そうだよね」

 話は落ち着いた――かと思ったけど、弟弟子候補はまだぐだぐだと言い出した。


「……口論で勝てる気がしないのだけど、どうやったら彼方を説得できるかなぁ」

「……確かに真中くんは相性悪いかも」

 どういう意味だろう。と首を傾げたら、それに気づいた妹弟子が私に説明してくれた。


「彼方って、物は言いようでああ言えばこう言う、みたいな、なんにでも反論出来るでしょ? 真中くん、その反論もいちいち全部真摯に受け止めちゃうから、熱量で勝てないかもなんだよね」

 確かに兄上は口が上手い。でもそれだけだ。


 言葉は意味を成さない。行動だけ見れば良いのに。


「ちょっとシミュレーションとかしたほうが良いかな。僕がこう、術を習いたいですって言ったら、どう返してくると思う?」

「おっけー、私彼方ね。てめぇに術が要るかっての。言われた事だけやってろ」

「言いそう」

 2人が笑う。

「今より少しでも力になりたいんだ」

「今でも十分役に立って……は、言いそうにないか。えっと……今更一年二年やったって変わらねぇよ。今できる事に情熱注げ」

「愛野さんらしさが抜けないなぁ」

「彼方の捻くれ再現、難しい……」


 2人が言葉を尽くして対策を練る。ピコを食べ終えてしまって暇なので、ピコを食べるためのアイスピックで箱に何度も穴を空ける。


「ねぇ遥香ちゃん、どうしたら彼方を説得出来ると思う?」

「僕でも彼方に言い合い出来る、良い伝え方って無いかなぁ」

 2人が私に話を向ける。


 見ると、二人も既にアイスを食べ終えていた。


 私は少し考える。母上が兄上をやり込める所を何度も見ているから、そういうアドバイスも出来ると思う。


 でも、私は違うと思った。それじゃないって思った。


 だから私は、私の言葉を、弟弟子に送る事にした。


「言葉、要らない。…………待ってる」


 姉弟子たるもの、妹弟子や弟弟子にアドバイスをしたら反応を待たずにかっこよく去るもの。私は妹弟子の袖を摘まんで、立ち上がり、歩き出す。


 家までの階段を見上げる。


 家に帰りたいなら、階段を登るんだ。行きたい場所があるなら、行くんだ。やりたい事があるなら、やるんだ。


 行動が全てだ。行動だけがその人だ。


 私は知ってる。妹弟子も、弟弟子も、ちゃんといつも行動してる。行動出来る人なら、行動で自分を語れる。


 言葉は要らない。


 いつの間にか私達を追い越して、200段近くある階段を走るように駆け上がる弟弟子の背中を見送って、私は確信する。


 弟弟子の気持ちは、ちゃんと兄上に届く。

ここまで読んでくださった方が居ましたら、心よりお礼申し上げます。


正直打ち切りでございます。同時並行している作品にいったん注力いたします。


ここまでを気に入ってくれた方、よろしければ他作品で再会出来ればと思います。


それでは。

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