第13節・思念体と魔心導師
この学校には死角が少ない。だが、体育館脇にあるプール用のポンプ室と受水槽の間に、俺じゃなきゃ見逃しちゃうねレベルの死角がある。昼休み、教室で昼飯を食い終えてすぐそのデッドスペースへ行き、受水槽の土台のコンクリに腰かけてスマホを見る。人とつるむでもない、他人にも興味が無い俺からするとSNSなんて罰ゲームでしかないが、魔心導師の仕事の一環としてひっそりと活用しているのだ。この仕事は世論に大きく左右される。世論ひとつで人の自制心は方向性を変え、方向性が変われば毛色も変わる。つまり俺は今、世論を確認しているわけだ。仕事のために。
だが勘違いしないで欲しい。俺は仕事が嫌いだ。この仕事に誇りなんて持っていない。誰かがやらなきゃいけない下水処理みたいな仕事。人助けって行動がクソなのに人助けみたいな事をしようとしなければならず、思念体の特徴の都合上ハッピーエンドなどお目にかかれない。そういう仕事。ではなぜそんなクソでファックでうんこな下水処理のために貴重な昼休みを費やしているかというとこっちのほうがラクだからだ。
『じゃあ、清水さんを魔心導師の補助役として契約する申請を出すわね』
「うぐっ」
思い出してしまったのは昨日の事だ。あの戦いの後、愛野が愛野流の説得をかましたおかげとクソババアこと透子の計らいによって、清水を雇用する旨の申請が提出された。因みに真中と愛野は申請と契約は当然完了している。一応魔心導師のお仕事は国が管理しているという事になっているので、お役所的な部分もあるのだ。今回の場合、俺は睦谷町を管理する魔心導師として、まずは睦谷町を擁する永峰郡代表の魔心導師――ほぼ上司だ――に許可申請を提出する。永峰郡の代表から許可されたら次は都道府県を代表する魔心導師に提出され、そこで許可されれば清水との契約が可能になる、という流れだ。
事と次第によっては都道府県より上、諸々を経由して国に申請される案件もあるにはあるが、それは今は無関係なので割愛。
ともかくだ、清水千佳と契約する申請が現在精査されている。可能であればつっぱねて欲しい。面倒ごとが増えるのはごめんだ。責任とストレスは軽いに越した事は無い。何卒申請を却下して頂きたい。そのためなら接待や賄賂だって厭わない心持ちなのだけど如何せんそもそも俺のいわゆる上司ポジションの人間がまずもってそういうの通用しない真面目系オヤジなのでそれは無理な話。残る希望は、県代表のあの堅物ババァが「憑依型思念体により変遷済み。未成年にして飲酒、夜職などの軽犯罪歴有り」と俺がなんとか透子を説得して書き足させた事実を見て突っぱねてくれる事くらいか。
ああ、億劫だ。愛野や真中みたいなコミュニケーション強者とすらもつるむのが面倒なんだぞ、あんな曲者無理だって。
そういうわけで現実逃避のために仕事に力を入れていたわけだが、
「大正解。絶対こっちだと思った」
唐突に話しかけられ、一瞬ビビる。普段なら声をかけられたところでビビる事は無いが、今は精神的に追い詰められているので、些細な事でもビビる。多分舞mytubeの動画に時折挟まる広告が入るだけでも浮足立つ自信がある。
横を見ると、飲み物を持った愛野立っていた。ひょい、とコーヒーを投げてきたのでそれを受け取る。
絶対こっちだと思った、わけだ。最近は屋上を昼休みの居場所にしていたというのに、即日網羅されている。こう考えると愛野も真中も十分曲者か。
「てめぇみてぇに目立つやつに来られると、ひっそり孤独を楽しめる自分だけのスペースじゃなくなっちまうだろ。人気スポットになっちまったらどう責任取んだよ」
と言いながら缶コーヒーを開ける。悔しいが解っている。甘いやつだ。苦いもんも全然行けるが、甘いコーヒーと苦いコーヒーなら俺は甘いコーヒーを選ぶ。
「こんなとこが人気になるわけないでしょ、ほらここ蜘蛛の巣。無理~」
と言いながら、多分人目に着かないようにだろう、無理な蜘蛛の巣に近づいてまで、死角の内側へ入り込んできた。
「昨日の怪我は大丈夫? 結構血が出てたのに今日この後体育でしょ? 大丈夫なの?」
と愛野が言う。まぁこいつならして当然の心配だろう。俺は答える。
「気にすんな、ただの致命傷だ」
「そっか、なら良かっ……良くないほうだ!? 致命傷って事をそんな気軽な事~みたいに言う事って多分普通は無いからね!?」
「ツッコミのほうが長げぇのはダメだな。内容を網羅してるとこは悪くねぇから65点ってとこだ」
「あんたはお笑いの云々より人と人のコミュニケーションの常識を身に着けたほうが良いと思うよホンットウに。若干点数高いし」
一通り愛野で遊ぶ。このノリに付き合ってくれるという信頼ゆえじゃないですか、そんなに怒らないでくださいよ。
「まったく。本当に素直じゃないんだから」
と母親みたいな発言をする愛野。
「…………」
言及するまでも無い。俺が意地悪で素直じゃなくて誠実じゃなくて嘘つきなのはひっくり返しようの無い事実。今更そこをつつかれた所で動く感情は無い。
「なんか元気無いから体調悪いのかなぁって思って一応来てみたけど、来てみてよかった。血が足りないからじゃなくて、自問自答しすぎて元気が無かったんだ」
言われ、精一杯バレないよう表情を強張らせる。ああそうだ、あの程度の出血は思念体と戦っていればよくある事。大したもんじゃない。愛野の言う通り、ああだこうだと脳内で一人語りしていたからぼけぇっとしていたように見えたのだろう。だが、俺は辛うじて言い返す。
「その自問自答は、てめぇの独断で清水と契約する事になったせいでもあるんだが?」
だが、対コミュニケーションにおいて、俺が愛野に勝てるはずが無い。
「望んでたくせに」
張り倒してやろうか、と言いたくなるような妖艶な笑みを浮かべ、Sっ気がある悪戯な上から目線で愛野は続けた。
「――屋上の鍵を壊してまであの思念体を見張るようにして、いつも居るここから屋上に休憩場所を変えてまで尽くしてたんだもん。なんとしても助けたかったんだもんね」
否定はしない。いや、出来ない。
愛野の言う通りだ。屋上の鍵を破壊して屋上に入れるようにしたのは俺自身だ。
飛び降りを想起させる状態の思念体を下から見かけたため、確認するために鍵を破壊して屋上に侵入し、調査していた。そこに愛野が割り込んできた。これが、今回の事の顛末だ。
「食えなくなったじゃねぇか。言われるがままだったお前が」
言い返す。
誠実で、素直で、優しくて、奥手で。だからこそ、その美貌と合わさって、欲望のはけ口にされ、嫉妬され、疎まれ、妬まれ、思念体の被害を受ける羽目になった愛野。当時の段階でこういう真っすぐじゃないやり取りも出来ていれば、もう少しマシだっただろうに。
「透子さんに教わってたら流石にね。こう……憧れちゃうし、教わっちゃうよね、こういうやりとり」
こういう裏を斯くやりとりの仕方も仕込んでやがるというわけか。
「あの腹黒ババァ。余計な事しやがって」
「ばあか」
ツッコミのつもりで発した発言に、ガチの暴言が向けられた。
愛野は言う。
「人を疑おうとする考え方。人を信じようとする考え方。どっちがどっちとは言わないけど、彼方と透子さんから教わったんだよ。だから、こういうやりとりを仕込んだのは透子さんだけじゃなくて、あんたも共犯。あはは、自滅だぁ」
常時なら殴りかかっていたかもしれないレベルで煽られた。おまえ、マジで今俺の元気が無くてよかったな。
「じゃ、あたし、飲み物買いに行くって言って皆から離れただけだから、もう戻るね。最後にひとつ、言い逃げするね」
俺から離れながら、愛野は言う。また言う。いつも通りの、普通の言葉を。
「おつかれさま」
人助けはクソだ。何故なら人がクソだからだ。
クソを助ける行為は無論クソだろう。ならば、人助けはクソであるはずだ。
それなのに、そのクソみないな営みを経たうえで、こんな安い言葉ひとつで納得が出来てしまう。
何ひとつ救えなかった。俺は、物事の英雄にはなれなかった。
そのはずなのに、なぜか満たされた気持ちもある。
ハッピーエンドじゃないのに得体のしれない幸福感を覚えている。何も成しえていないのに達成感を覚えている。俺が俺へ向ける自己評価の高さもクソだ。
クソまみれだ。それなにの、十分だと思えてしまう。
ああ、意味が解らん、人助けなんてしなければこんな意味不明な悩みは抱かずに済んだろうに。
これだから、
「人助けはクソだ」
言い訳のように、俺は呟くのだった。
―――第一章・希死念慮の亡者~完―――




