第12節・決着
それっぽい角度で足を揃え、ドスの刃を左腕に浅く当てる。何度も繰り返しているため、切り加減は間違えない。
血しぶきが舞い、しかしそれらは床に落ちず、いくつかの塊になって宙を舞う。ドスを逆手に持ち替える。どこか儀式の舞のような振る舞いをしているのは、そうしたほうが都合が良いからだ。
「貫け」
血塊を自分の身体の周りで何度もレーザーのように走らせる。この血の塊は俺の術によって全力で細く硬くして全力で早く動かせば思念体を貫ける技。この術は俺の中で威力対決二位争奪戦をしている術だ。なんとなくかっこよさは一番だと思うんだが、なんか上品すぎて俺に合ってない気がするんだよな。
抵抗を始めている思念体。俺の首を掴もうとしているのが感触で伝わるため、その都度血塊で薙ぎ払う。
俺にまとわりついていた思念体が弱まるのを感じた。だが、俺から引きはがせた感じはしない。俺はひとつ舌打ちをした。どうやら少し足りなかったようだ。
このドスは縁太刀と呼ばれる、いわくつきの業物だ。縁太刀。すなわち縁断ち。神社なんかでも縁切りの儀で使われる事がある代物だが、これがまた思念体への使い勝手が良い。人と人との縁を切る縁太刀は物にもよるが人の思念を断ち切る。思念を断ち切るのだから思念体にも有効だろうとどこぞの魔心導師が試してみたら効果抜群という事で瞬く間に魔心導師が模造品を愛用するようになったらしい。名家にはだいたい置いてある。因みにうちは元名家らしい。今や盤石たるここら一体の代表甲陽家と肩を並べた時代もあったらしいのでうちにはこれがある。今では高校生が代表やってる消滅間近の家だが。
。
話が逸れた。この縁太刀で腕を切ったため、思念体の憑依、つまり縁も切れるのが常なのだが、他ならぬ清水の思念体だ、多少の事は驚かない。だが、追加で身体のどこかを切ってみなければならない。
俗な言い方をすると、憑依型の思念体が厄介なところは当人の魂と同化する事にある。思念体を攻撃したら実はその部分は被害者の魂でした、魂の一部を破壊されたので気力が下がりました、みたいな事はよくある。なので可能なら縁太刀や対話・その他術を用いてまずは魂と思念体を引きはがす所から始める必要がある。
舞の振りをする行程で、逆手に持った縁太刀で左腕、二の腕の外側を切りつけた。一回目に切りつけたのは左腕、上腕の内側だから、左腕で二か所目だ。
左腕は普段戦闘で補助程度にしか使わないため切り傷で動きが鈍っても問題は無いが、これ以上になるとじり貧だ。利き腕の右は可能な限り万全にしたいが、そうなると次は脚を切る事になる。動きに影響が出るため、どうにか二回目までで済ませたいところだが――憑依していた思念体が剥がれる感触がした。上手くいったようだ。
切り傷の出血を術で緩和しつつ、可能な限り無駄にしないよう操作する。
俺が一度に操れる血塊の数は5つ。既に5つ展開済みなので、それらに出血分を吸わせた。
いつもなら戦闘で血を使い、足りなくなったら二回目の出血サービスという運びのため、今回のように自分へ憑依したやつを剥がすために出血した事は無い。その都合で血塊は倍のサイズとなっている。
「重いな……」
流石に不自由だったため、振り向いて思念体と向き合いざまに血塊のひとつを思念体にぶつけ、浴びせ、そして
「爆ぜろ」
爆発させた。高威力だが一発で血塊を使い切るため終盤まで取っておく術なのだが、今は血を捨てる事が優先。しかし捨てるにしてもドブに捨てる気はない。しっかりと使う。
血塊の爆発で思念体がくたばってくれていればよかったのだが、もちろんそうはいかない。爆発にもがきながらも確かに存在を保持している思念体を目視と音で確認した。
奴が痛みにもがいているうちに、4つの血塊を再分配して5つに分けなおす。いつもよりはまだ重いが、さっきよりは軽くなった。憑依も解除され、血塊の重さもマシになったとあれば、あとはいつも通りの仕事をするだけ。……という算段は楽観的過ぎたようだ。
「……ふざけろ」
思念体は無傷だった。
血塊の攻撃は当てた。爆発も食らわせた。それで無傷というのは流石に理不尽が過ぎる――と思いながら走らせたひとつの血塊は、当たり前のように思念体の身体を貫いた。
「は?」
普通に攻撃は食らうようだ。絶対防御ではない。さっきの攻撃が当たるなら全部回避していたわけでもない。となると残るはひとつ。
俺は一瞬、清水を横目に見た。
清水は神にでも祈るかのように手を組んで、目を輝かせてこの戦闘を見ていた。どうなってんのかは知りたくもないが、清水の感情が、思念体に思念を供給し続けるがゆえに、回復しているようだ。
普通ならば考えられない現象だが、相手は清水千佳だ。思念体によって心のブレーキがぶっ壊れ、好奇心のためなら自殺も他殺も厭わない人格へとなってしまった清水。あいつの心が枯渇するまで、戦闘に飽きるまで、ほぼほぼ無限回復ってわけだ。
幾度か思念体との攻防を繰り広げながら考える。思念体は強くは無い。だが、何時間もこうしていられるわけではない。俺の体力が尽きるのが先か、清水の興味が尽きるのが先か。後者はおそらく無い。となれば、俺は透子と協力して、清水の心が枯渇するまですり減らすしか無いわけだ。
数分、戦いは続いた。思念体との闘いとしてはかなり長いほうだ。これでも命の取り合い。本当なら数分もやれば疲弊しきるもんだろうが、現状はそうはなっていない。俺は命をかけていないからだ。
俺の血塊が思念体を貫くも、思念体はすぐさま回復する。思念体が俺に手を伸ばしても、その手は何も無い空間でただちに払われる。透子が部分的に一瞬だけ結界を発動させる事で、俺は自由に動けるが思念体の攻撃だけは弾かれるような状態になっている。
余裕はある。余裕はあるが、決め手が無い。
どうすべきか悩んでいた時、動いたのは俺でも透子でも清水でも無い――愛野だった。
「ねぇ、清水さん」
いつの間にか清水の隣まで来ていた愛野。透子が居るから安全ではあるが、部屋の隅よりは危険な場所。何をする気か気が気じゃないが、これでも大事な戦闘中。耳を傾ける事は出来ても、口を挟む事は出来なかった。
「私ね、彼方の仕事の手伝いしながら、彼方のお母さんの透子さんに術とか教えてもらってるんだ。すごいでしょ、ほら――今数秒消えたでしょ? これ、こういう術なの。超常を求めてたんだよね。こういうの好きなんでしょ? 確かに今、目の前で起きてる戦いに興味を惹かれるのも解るんだけど、この戦いが無事に終わったら、清水さんも術を使えるようになるかもしれないよ?」
おいおい待て待て、と口を挟む余裕は無い。変わりに透子のほうへ目くばせをした。するとそのアイコンタクトを受け取った透子は余裕しゃくしゃくでサムズアップを見せつけてきた。くそ、解ってて止める気が無いらしい。
「この戦いよりずっと興味深いって思わない? 清水さんも超常の関係者になる未来!!」
愛野のコミュニケーション能力は高い。多分今、清水の状況を見て、清水の心を動かせる表情をしているのだろう。俺には出来ない技術という不快感と、それ、後始末は俺に投げつけてないか、という不快感が押し寄せる。だが、その不快感を緩和したのは、思念体への攻撃だ。今までどんなに攻撃してもすぐに修復されていたのが、傷が残るようになった。思念体の動きも鈍くなっていく。その快感が、不快感を超えてテンションを引き上げる。
一転攻勢。数秒も要さず、思念体は消滅した。
いつもより少し多めの血を使ったが、まぁ大した出血では無い。
透子を見る。相変わらず余裕のサムズアップ。
真中を見る。胸をなでおろしたのち、脇に置いておいたらしい救急セットを持って俺のほうへと駆け寄ってきた。
遥香を見る。ぽかんとしている。
愛野を見る。清水に向かってなんやかんやとプレゼンみたいな事を語っている。
清水を見る。……どうやら、そういう事になりそうだ。
一件落着というには敗色が強く、いきあたりばったりで、結局俺一人の手では何もできなかった事実に打ちのめされる一件だった。落着には納得するという意味も含まれているらしい。ならばやはり落着はしていない。納得なんて出来ない。どれだけの時間と労力をこいつに費やしたと思ってる。
それでもだ。
「勝手に話進めんな」
「いだっ」
愛野の頭を小突いて止める。
わーきゃーと喚く愛野。俺の治療をしたいから座れと急かす真中。他言無用の誓約書を清水に渡す透子。大喜びでサインをする清水。何もしていない遥香。
今後どうなるかは解らないが、これで決着だ。




