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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第97話『恨み』

ギチギチとテリアの腕がセリナの首を絞めようとする。セリナのほうが背が高いので足が地面についているから良かったものの、そうでなかったら絞め殺されるくらいの力だ。

その腕と首の間に収まっている自身の腕で、セリナはなんとか呼吸ができるように調整しつつ、それでも笑みは忘れない。


「……私……っ、どこかでお会いしましたか?」

「これが初めてですよぉ。でも恨みっていうのはつのるんです」


理由はわからないが命を狙われたことは何度もあるセリナだ。今考えれば、大半はリアナの洗脳魔法にかかっていた奴らだと思える。


ならば……もしかしたらテリアも洗脳魔法にかかっている……?

そうならば、リアナの洗脳魔法は人間のみならず、他の種族にもかかるという証左になる。


探るか……


「理由は、もちろん聞かせてもらえるんですよね……っ?」


呼吸も難しい中、なんとか声を出す。

ここで問題はテリアはどれくらい洗脳魔法にかかっているのか。そしてそれはこの里の人間にまで及んでいるのか、だ。

テリア相手にもこうなのだ。あのおばちゃんを相手にするとなると骨が折れるだろう。


「理由は一つですよぉ。『聖女』セリナ……貴女のせいで弟は狂ってしまった。だから、私は貴女を許せないんですぅ」

「弟が……狂った?」


テリアの薄い緑色の瞳に怒気がこもる。


「そうですよ!つい最近のことです!忘れもしない、二十五年前のこと!弟はその日荒れた世界に対してこの里を守ろうと戦っていました!」


二十五年前……セリナが産まれた年だ。

そういえばエルンストにも人知れず恨まれていたことを、セリナは思い出した。


「ある時、魔物になったドラゴン族との戦いで血まみれになって返ってきた弟が、近くにいた死体の服を身にまとって帰ってきた。そして言ったんです!『女ものの服って、こんなに良いものなんだな』って!」


………………


「はい?」

「そして貴女が産まれて魔法陣が安定して平和になった!だからですよ!弟は安心して女ものに興味を持ち、どんどんそっちの方向へ行ってしまったのは!なんで!?なんでもう少し遅く産まれてこなかったんですか!弟がその快感を忘れるくらい!できれば五十年くらい!」


待て待て待てっ。それは私のせいか?というか洗脳魔法関係なかった!


セリナが落ち着いて頭で整理しようとするが、脳に酸素があまり回っていないせいか混乱したままだ。

そんなセリナの目に、殺気をぶつけるテリアの奥からなにかが走ってくるのが見えた。


「なぁぁぁああああにしてんのテリアアアアアアアアッ!」

「ぐふぅああっ!」


ものすごい勢いで突進してきたおばちゃん。テリアが避けようとする暇もなく背中に突撃され、壁が壊れその場に押しつぶされる。

当然、その先にいたセリナもだ。

とっさに全身にかかっている防御魔法をさらに強化したが、それでも強い力の圧がセリナに襲い掛かった。テリアの硬い身体が衝撃を緩和してくれていたようだが、一瞬息ができなかった。


「げほっ!げほげほっ!」

「……あら?やだアタシったら。ごめんなさいねセリナちゃんっ」


おばちゃんがテリアの下敷きになっているセリナを抱え上げて起こす。

お腹を押さえてフラフラと立つセリナの服の汚れを、パンパンと叩きながら落としていく。


いや、そこじゃない……


自然回復では無理そうなので、お腹に当てた手で癒しの魔法を使って回復する。口を拭うと手に血がついた。

そんなセリナの後ろでは、テリアが同じく口から血を出して気絶している。

この様子を見て里の者たちは笑っている。『またやってるよ』という声も聞こえてきた。それが日常だと言わんばかりに。


……なんだこの里、怖すぎる……


「ふーん。なるほどねぇ」


小さくつぶやくおばちゃん。それをセリナは聞き逃さなかった。


「なにがですか?」

「あらやだねぇ。聞こえてたの?」


おばちゃんがセリナから離れて手を横に振る。


「なんもないから忘れていいよぉ。おばちゃんになると、ひとりごとが激しくなってねぇ。困ったもんだよ、全くもうねぇ」

「……そうですか。では、私の魔力を観察していた理由を聞かせてください」


ぴくりとおばちゃんの笑顔が動いたのをセリナは見逃さなかった。


一瞬だけ感じた違和感。それはおばちゃんからもたらされたものだとわかったのは、さきほどのおばちゃんの一言だ。それがなければダメージも相まってスルーしていただろう。


セリナはにこりと笑い、おばちゃんの言葉を待つ。


ややあって――

おばちゃんは大きくため息をつく。


「しょうがない子だねぇ。ちょっとついておいで」


おばちゃんはセリナに背を向けお玉を肩たたきの代わりにしながら歩いていく。セリナはおとなしくそれについていくことにした。


もちろん、最大の警戒をしながら。


先ほどのダメージはもうない。魔力を使ったが少しだけだ。問題ないだろう。

だが、相手はあの老人と渡り合ったおばちゃんだ。見た目に惑わされるな。


「やだよぉ、もうそんな警戒なんてしなくていいべさ。おばちゃん、可愛い女の子にはなにもしないって決めてんだ」


じゃあ先ほどのダメージはなんだ?

そう言いたいがやめた。にこりと笑いながら大人しくついていく。


里の奥に続く廊下のような場所。そこを歩いていく。

地面も壁も全てが土で出来ているところは洞窟を思い出させるが、そこらへんにある装飾や里の者たちがここをそうじゃないと告げている。

人懐こい者が多いのか、セリナを見かけた者はなにかと声をかけてくる。老若男女問わずだ。


「お!ようこそ里へ!ゆっくりしていきんさい!」

「あらぁ、めんこい子だぁ」

「こんにちはーっ」

「あ、おばちゃんと綺麗な人!」


それに対しておばちゃんも声をかけていく。


「あんたこの前腰やったって言ってたけどもう治ったの?治るまではおとなしくしとかんと。クセになるよ?」

「綺麗な子だろぉ。おばちゃんの若い頃にそっくりだっ」

「はい、こんにちは。挨拶できてえらいねぇ」

「こらこらっ。おばちゃん『も』綺麗な人だべ?それより宿題はもう終わったの?やってから遊ぶんだよ」


みな笑顔で優しい雰囲気に包まれている。まるで、この里の者が一つの家族のような……


「……ふふ」


そこまで考えて、セリナは思わず笑ってしまった。

家族?なにを言っているのだろう。セリナに今思い浮かべた一般的な家族の経験などない。


しつけと称して殴ってくる親。金と地位に目がくらみわかりやすく調子に乗る親。妹だけを可愛がる親。

そして……誰からも愛される妹。


あぁ、バカだな。あの人たちとは縁を切られたのだ。もう家族ではない。

そう思って、今度は心の中で笑った。


「さ、ついた。ここだよ」


そう言うおばちゃんの目の前には大きな左右開きの扉があった。その奥から感じたことのない魔力のようなものが流れてきて、セリナの肌を撫でる。

この感じ……今のセリナならわかる。この力はきっと……


「さぁっ、はりきっていくよぉっ!」


おばちゃんが力任せに扉を開ける。それくらい重い扉……この里の者でもなかなか開けることができないのではないだろうか?


そして開いた扉の先は、今までの景色とは一変していた。


石で作られた大きな部屋。壁から地面まで緑にあふれ、前後左右にいくつかドアが見える。

ここがもし地上なら、陽の光が差し込んでもっと美しい光景になっていただろう。


おばちゃんは扉を『よいしょおっ!』とかけ声をかけて閉めると、セリナを通り越して前へ進んでいった。一番奥にある部屋に向かっているのがわかる。

セリナはおばちゃんについていき、そのドアが簡単に開けられるのを確認して……足が止まった。


先ほどの部屋のように葉や花で彩られた部屋。中心には男と女の像があり、その手が持つ瓶から水があふれ出て、地面に大きな泉を作っている。

泉は丁寧に円形に石で囲まれていて、水は透明でキラキラと光っていた。


おばちゃんがセリナの背中を押し、それに促され中に入ると、おばちゃんはドアをすぐに閉める。

するとさきほどの力がますます溢れてセリナの全身を包むようだ。

おばちゃんはすたすたと歩き、セリナの前に来てニカッと笑う。


「精霊に試されし『聖女』セリナ。ようこそ小人の里へ。ここは小人族が守る『大地の精霊』様への入り口だよ」

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